第2話 舞い込んだ縁談

 華やかな社交界。上流階級が集うここは、貴族にとって重要な場である。政治的な派閥、家同士の結びつき、情報交換など、この場が持つ意味は様々。

 そんな煌びやかな会場に足を踏み入れたのは、眉目秀麗な男女であった。


「あら、ウェルズリー家のご姉弟きょうだいよ!」

「お二人ともお美しいわ。」


 北の国境くにざかいを治めている、ウェルズリー辺境伯家。貴族の中でも上位にあたり、侯爵家とさほど変わらない影響力を有する家柄である。


 そして社交界においてウェルズリー家の双子の姉弟は有名人だ。二人とも同じ、灰色の瞳と青みがかった銀髪、ましてや綺麗な顔立ちも同じように受け継いでおり、周りからの注目の的であった。姉・クリスティーナは社交界の殿方を魅了しながら誰にもなびかない『氷の薔薇』と称され、一方で弟・アランは王立学院の優等生である事から、将来有望と噂されている。


「相変わらず殿方に人気だね、姉さん。視線が痛いよ。」

「興味無いわ。」

「うわ、かわいそ〜。」

「誰に好かれても何とも思わないもの。」

「ま、姉さんはそうだよね。では、一曲踊ってくださいますか、レディ?」

「えぇ。」


 会場で流れる音楽に乗り、ワルツを踊る美男美女は、その場に居た人々を魅了した。一曲目が終われば、次の曲を是非にというダンスの誘いが絶えず、二人とも上手くかわすのに苦労するのであった。


 ようやっと終わったと思い、バルコニーに出たクリスティーナを待っていたのは、茶髪の美男子。彼は月明かりの下で、クリスティーナににこりと微笑む。


「やぁ、クリスティーナ嬢。今日も綺麗だね。雲一つ無い空の満月すらも、君の前では霞んでしまう様だ。」

「もったいなきお言葉です、ウィリアム王子殿下。」


 第二王子ウィリアム・シェラード。人当たりが良く、整った顔立ちもあって女性からの人気が高い。見た目はまさにおとぎ話に出てくるような王子様である。


「今日も誰とも踊らないのかい?」

「えぇ。ダンスは不得意ですので。」

「本当かな?以前踊った時はとても上手かったと思うのだけれど。」

「お褒めいただき光栄です。」


 基本的に誰とも踊ろうとしないクリスティーナだが、王子からの誘いを断れるわけは無い。前に一度ウィリアムの誘いで踊ったことがあるが、美男美女でお似合いだっただけにその一度で結構な噂になった為、以来互いに踊る事は無くなった。


「最後にお誘いしようかと思ったのだけれど、困るかい?」

「最後と言いますと?」

「次はパートナーと来るだろう?」

「パートナー…ですか?」

 クリスティーナが首を傾げると、ウィリアムは目を見開く。

「もしかして聞いていないのかな?」

「何の事でしょうか?」

「おっと…。」


 ウィリアムは驚きの表情を見せてから、眉を下げて苦笑いを浮かべる。


「だとしたら、悪い事をしてしまったね…。」

「何のお話でしょう?お教えいただけますか?」


 クリスティーナの鋭い目力めぢからに、ウィリアムは困った表情を浮かべる。逃げられないと悟った彼は、諦めて理由わけを話すのだった。



 屋敷に戻ったクリスティーナはドレスを着替えると、すぐさま書斎へ向かった。


「お父様、少しよろしいでしょうか。」

「入りなさい。」


書斎に入ると、辺境伯・ハロルドが仕事椅子に腰掛けていた。クリスティーナの後ろには、帰りの馬車で話を聞いたアランも居る。


「お父様。お聞きしたいことがあるのですが、私に縁談が来ているというお話は本当ですか?」


 娘の言葉に、ハロルドは眉を上げる。


「おや、言っていなかったか。てっきり伝えたものと…。誰から聞いたんだ?」

「ウィリアム王子殿下です。」

「なるほど。殿下のおっしゃる通り、確かにお前への縁談が来ている。」

「お相手はどなたなのですか?」

「グレンヴィル侯爵家のルイス卿だ。」

「えぇっ⁉︎」


後ろで聞いていたアランが、思わず声を上げた。


「ルイス卿って、ウィリアム殿下の側近の⁉︎」

「あぁ。悪い話じゃないだろう?」

「確かにそうだけど、ルイス卿は滅多に社交界に出て来られない方でしょ?」


 ルイス=グレンヴィルとは、国の重鎮の一人・グレンヴィル侯爵の長男である。第二王子ウィリアムとは幼少から親しい仲で、今や側近と呼ばれている青年だ。しかし体が弱く、滅多に社交の場には出ないため、ウェルズリー家の二人とはほとんど縁が無かった人物だ。


「また急になんで⁉︎」

「なんでも、本人は縁談を断り続けているが、このまま独り身という訳にもいかず、本人が断りにくい相手ということで我が家に話が舞い込んできたらしい。」

「え、侯爵鬼かよ。」

「こら、アラン。」


下品な言葉をポロッと口にしてしまったアランが、自分で自分の口を塞ぐ。


「もちろんクリスティーナが断りたいのならそれでも構わないが、どうする?」

「お父様が良いと思われるのであれば、私は構いません。」

「姉さん動じなさすぎ。そんなにあっさりでいいの?」

「お断りする理由は無いもの。どうぞ進めてください。」

「分かった。」


 娘の言葉に頷くと、ハロルドは引き出しから手紙を取り出した。その封蝋は黒く、百合の模様の印璽が施されている。


 それを見た瞬間、二人の目付きが変わった。クリスティーナは目を細め、アランは口角を上げる。


「ほら、夜会のお誘いだよ?」


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