第3話 縁談のお相手

「おはよー、姉さん!」


 朝早くにクリスティーナの部屋を訪ねて来たのは、アランだった。クリスティーナはまだ髪を整えている最中で、メイドのアンナが髪を梳いている。


「あれ、まだ支度中だった?」

「別に構わないわ。何か用?」


 クリスティーナの問いに、アランは不敵な笑みを浮かべる。


「ルイス卿についてちょっと調べてみたんだよね〜。」

「全く、学院が休みだからって…。遊びすぎではないの?」

「良いじゃん、せっかく寮じゃなくて家に居るんだからさ。それに、気にならないの?婚約するかも知れない相手だよ?」

「別に。」


 貴族の結婚は、そのほとんどが政略結婚。本人の意思は関係無く、家同士の利益の為に結婚するのが普通である。故に、それがわかっているクリスティーナは何も言わないし、知ろうとしない。相手がどんな人であろうと、父が是と言えば婚約は確定するようなものなのだから。


「アンナは知りたくない?」

「えっ、わたくしですか?」


急に話を振られたアンナは、思わず聞き返す。


「姉さんの相手だよ?男を寄せ付けないあの姉さんだよ?」

「えっと…確かに気にはなりますが…。」

貴女あなたまで…。」


アンナの言葉に、クリスティーナは大きくため息を吐く。


「そもそも、どこで調べたの?」

「そんなの、友達から聞いたに決まってるでしょ?」


 アランの言う友達が何を示すのか、クリスティーナは敢えてかなかった。


「言いたいなら早く言いなさい。」

「ふふっ。まず、ルイス卿のプロフィールから。まぁ、これは大体知ってると思うけど、ルイス卿は陛下の腹心であるグレンヴィル侯爵の長男。下に妹が一人居る。ウィリアム殿下とは旧知の仲で、公言しているわけじゃないけど事実上の側近。頭脳明晰で、頼りなさげなウィリアム殿下をいつも助けている。」

「こら。」


 ウィリアムはああ見えて公務に不真面目で、令嬢達はともかく、貴族からの評判はそこまで良くない。

 ただ、無能な王として擁立することで自分が権力を持とうとする貴族も一定数居り、その所為せいで王位争いが勃発しているのだが。


「世間の評判だから。僕の意見じゃないよ。」

「それでも不敬よ。」

「はいはい。で、話を戻すね。そんな完璧超人なルイス卿だけど、その最大の弱点が体の弱さ。何かの病気ってわけじゃないけど、定期的に体調を崩す為、仕事以外には姿をほとんど見せない。」

「噂通りね。」

「ま、これくらいはね。でも俺が興味を持ったのはそこじゃない。」


 アランはまるでイタズラを考えるかのように、ニヤリと笑う。


「問題は、学生時代の話。これは学院の友人に教えてもらったんだけどね?ルイス卿はテストの成績が常に上位の優秀な生徒だったらしい。でも、体質が災いして年に一回は数ヶ月休学してたから、総合成績はあまり良くなかった。だから、僕みたいに世間からもてはやされることは無かったんだって。羨まし〜。」


 王立学院とは、貴族子息の大半が通う寄宿学校である。それは王都に位置しており、あらゆる地域から人が集まる。成人前の令息達はここの成績が評判を生み、将来一人前になった時の役職、または残すであろう功績の指標として世間に見られることとなる。


 アランは現在王立学院の二年生だが、文武両道で成績優秀な優等生である。その上、世間から名門貴族と呼ばれる家の子である為、将来有望だとしてこの上なく注目されている。

 しかしそういった周囲の関心や評判に興味の無いアランはそれらを鬱陶しく思っており、表面上は笑顔で上手くあしらうものの、内心面倒を感じていた。


「でも、それ以上に気になるのは…これ見て。」


 そう言ってアランが出したのは、一枚の紙。そこには、数年前の王立学院一年生の実技訓練の成績が記載されていた。


「こんなものどこから持って来たの?」

「この程度の資料を手に入れるくらい、僕には造作も無いよ。」


 とは言っても貴族の内情は大事な機密であり、そう簡単に得られるものではない。自慢気なアランに、クリスティーナは呆れ顔である。


「で、一位を見てほしいんだけど。」


 そう言われて一位の欄を見ると、そこにはルイス=グレンヴィルの名があった。ちなみに二位は、第二王子のウィリアムである。


「そしてこれも。」


 もう一枚アランが出した紙には、ルイスの成績記されている。出席不足で総合成績はあまり良くないが、最も成績が良いのは剣術や体術などの実技科目であった。

 体が弱いと噂の彼からは、想像できない特技である。


「体が弱いなら、体力もそこまで無いと考えるのが普通でしょ?ウィリアム殿下は教科成績は普通だけど、剣の腕は近衛騎士と戦えるレベルらしい。それより上なんて相当だよ?あの体でどうやって訓練したらそうなるのか気にならない?ウチみたいな脳筋一家じゃあるまいし。」


 グレンヴィル侯爵家は武官というよりは文官向きの家系で、騎士ではなく政務官を多く輩出している。現侯爵が国王の側近であるのも、その頭脳を買われたからである。


「ね?気にならない?」


 嬉々として言うアランは、自分が持って来た資料を見ながら笑顔を浮かべる。しかし、その目は純粋な喜びとは程遠い、どこか含みのある笑っていないだった。


 どうせまた何か企んでるのだろう、とクリスティーナは思った。弟のす事に口を出す気は無い彼女は、アンナが淹れた紅茶のカップを取る。


「別に関係無いわ。」


 所詮は政略結婚。愛の無い婚約だ。そしてそもそも、自分は人を愛するような温かい感情を持ち合わせていない。


 弟が持って来た資料を横目に、クリスティーナは表情を一切変えないままただ紅茶をすするのだった。

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