第4話 暗殺者はもう一人

 クリスティーナのお見合いの日取りが決まった。善は急げということで一週間後に設定され、アンナを始めとしたメイド達はかなり焦っていた。


「お嬢様、ドレスはどのお色にいたしましょう?」


 日時が決まった翌日。庭に出るクリスティーナについて来たアンナは、主人に尋ねた。


「何でも良いわ。適当なものを選んで。」

「えぇっ!ご希望は無いのですか⁉︎」

「その場に相応しいものであればどれでも構わないわ。」

「そんなぁ!婚約なさる方にお会いするというのに…。」

「婚約するならドレスなんて関係無いでしょう?同じ物を着るわけじゃないんだから。」

「そういう問題じゃありません!第一印象は大事なんですよ?」


 まるっきりおしゃれに無頓着なクリスティーナに、アンナは呆れ顔でため息を吐いた。


「ふふっ。」


 庭の木の影から笑い声が聞こえ、クリスティーナとアンナは同時にそちらを向いた。


「誰か居るの?」

「あっ…ごめんなさい。」


 出て来たのは、黒い髪が首にかからない程度の長さで、女子のような可愛らしい顔立ちの少年だった。

 名はセシル。ウェルズリー家の使用人であり、庭の手入れをしている庭師見習いだ。


貴方あなただったの?」

「すみません。クリスティーナ様とアンナさんの会話が面白くて、つい…。あっ、盗み聴きのつもりは無かったんですけど…。」

「別に疑っていないわ。」


 わたわたと慌てて弁解するセシルに、クリスティーナが言う。それを聴いたセシルは、安堵のため息を吐いた。


「そうだわ。貴方あなたは何が良いと思う?」

「と、言いますと…?」

「ドレスの色よ。」

「えっ、僕に尋ねられても…。そんな重大な事に意見できませんよ…。」

「良いから言ってみて。」

「そんなぁ…。」


 クリスティーナの無茶振りに、セシルは頭を抱える。


「えっと…濃い青色とか…?クリスティーナ様のおぐしは青みがかった銀色ですし…。」

「どう思う、アンナ?」

「宜しいと思いますよ!」

「ではそれで。」

「かしこまりました。」


 意見が採用されたセシルは、再びホッと胸を撫で下ろす。彼はそのまま仕事に戻ろうと、一礼して去ろうとした。

 しかしその彼を見て、クリスティーナは思い出したように声をかけた。


「待って、セシル。」

「は、はい。」


 呼び止められ、慌ててセシルは踵を返してクリスティーナの方を向く。


「今夜は夜会があるの。貴方あなたも準備をしておいてくれる?」


 クリスティーナの言葉を聴いたセシルは、ハッと驚きの表情を一瞬浮かべ、次の瞬間に真剣な眼差しでひざまずき、頭を深々と下げた。


「仰せのままに。」


***


 その夜のこと。クリスティーナとアランは、いつも通りの黒服で仕事をこなしていた。


「こっちは終わったよ、姉さん。」

「分かったわ。」


 標的を仕留めたアランが、その場に居た者達の口封じをしていたクリスティーナに声をかけた。

 彼女は最後の一人の喉をナイフで斬り、事切れたのを確認して倒れた身体に背を向ける。


「今日のお仕事終わり〜。」

「まだよ。気を抜かないように。」

「はいはい。それにしても、姉さんと仕事ができるのもあと少しか〜。」

「どうして?」

「だって婚約するんでしょ?結婚したらこの家業から足洗うじゃない。」


 アランに指摘されて初めて、クリスティーナはその事に気づいた。


「そういえばそうね。」

「姉さん、今気づいたでしょ…。でも、姉さんがいなくなったら俺一人か。寂しくなるな〜。」

「思ってもないことを。」

ひどっ!思ってるよ〜!」


 歩いて行くクリスティーナの後ろから、アランはぶつぶつと抗議する。


「私が居なくなったら、今より自由に仕事できるでしょ?」

「まさか!逆でしょ。今より絶対不自由になる!」


 クリスティーナが首を傾げると、アランは深々とため息を吐いた。


「分かってないなぁ、姉さん。信頼できるパートナーが居るから、心置きなく楽しめるんじゃない。一人になったら真面目にならなきゃいけないじゃん!」

「なら、新しいパートナーをスカウトすることね。」

「そんな無茶な。」


 屋敷の廊下を歩いていた二人は、とある部屋の前で立ち止まった。コンコン、とノックすると、中から静かにドアノブが捻られ、扉が開いた。

 ひょっこりと顔を出したのは、目から下を黒い布で隠したセシルであった。


「そちらはどう?」

「大丈夫です。ぐっすりですよ。」


 部屋の奥には、眠り薬を含んだ香によってベッドの中で眠る子供二人と、隣で倒れているメイドが一人。

 子供は殺めないというのが、今回の依頼内容の一つであった。


「こちらも終わったわ。帰りましょう。」

「はい、承知しました。」

「そうだわ、アラン。パートナーはセシルに頼んではどう?」

「え。」

「何の話です?」


 セシルは首を傾げるが、アランは説明しないまま目を細めてセシルをじーっと見る。

 アランに見つめられて緊張した表情を見せるセシルだったが、何を見たのか、突然目を見開いた。


「失礼します、アラン様!」

「うわっ⁉︎」


 アランを手前に引いて頭を下げさせたところで、セシルはアランの肩を踏んで飛び上がる。その向こうには、ピストルを構えるこの屋敷の執事が居た。

 ピストルから弾が発射されるが、セシルに踏まれてそのまま床に臥したアランには当たらない。連発できないピストルに、執事は下唇を噛んだ。

 セシルは空中で注射器のような針付きの武器を取り出し、そのまま執事を飛び蹴りで倒してしまった。


「許しませんよ?」


 執事を押さえ込んで耳元で囁く声は、幼い容姿に反して低い声であった。しかしその声は、アランにもクリスティーナにも聞こえない。

 静かな怒りを帯びた低い声に執事が身を震わせるのを待たずして、セシルは針を首の血管に刺した。

 それから針を抜いて立ち上がると、執事は倒れたまま体をジタバタさせて悶え苦しむ。セシルはその様子を立ったまま見下ろすように観察し、しばらくして静かになると、満足したように口角を上げた。


「うわ、えげつな…。セシルってキレると姉さんより怖いよな〜。」


 アランが先程蹴られた肩を摩りながら立ち上がって言う。それに気づいたセシルは、すぐにアランの前に戻って頭を下げた。


「申し訳ございませんでした、アラン様…!」

「僕を蹴るなんて良い度胸じゃん?」


 先程と打って変わって縮こまるセシルに、アランは言う。怒っている素振りは見せるが、彼がそれくらいで怒る人物ではないことを、そばで見るクリスティーナは知っていた。

 しかし、使用人の立場であるセシルはそうもいかず、頭を下げたままビクついている。


「ま、これからもよろしく!」

「は、はい⁉︎」


 アランが笑ってセシルの肩を組む。セシルはアランが怒っていなかったことに安堵するも、結局クリスティーナとアランの話の内容を知る事は無く、ただアランのテンションに困惑したまま連れて行かれるのだった。

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