第12話 瞳色の宝石

 クリスティーナとルイスは、街の宝石商を訪れた。王都の市街地にあるにしては小ぢんまりしていて、宝石商らしからぬ素朴な店であった。

 部屋に通されて客用ソファに腰掛けていると、店主と思われる年配の男性が現れた。白鬚を蓄えて小さな丸眼鏡をかけた男性は優しく微笑み、丁寧に一礼する。


「これはこれは…。よくお越しくださいました。」

「突然押しかけて申し訳ない。」

「いやいやとんでもない。侯爵家の皆様には御贔屓にしていただいて、ありがたい限りでございます。大通りの店ではなくこちらに来たところを拝見すると、ただのお買い物ではなさそうですな。」


 どうやら他に大衆向けの大きな店舗があるらしい。道理で宝石商らしからぬ佇まいだったわけだ。


「えぇ。実は…。」

「お祝い申し上げますよ、ルイス坊ちゃま。」

「えっ…⁉︎」


 ルイスが話す前に、店主は微笑んで祝いの言葉を送った。祝われた本人は驚きで思わず目を見開く。


「この歳になると、大体の事は分かるものです。それに坊ちゃまが女性を連れてここへ来るのは初めてですからな。そちらがお相手の方なのでしょう?」

「全く…貴方あなたには敵わない。」

「ふぉっふぉっ。伊達だてに歳を取ってはおりませんよ。」


 店主は自分の長い髭を触りながら嬉しそうに笑う。するとクリスティーナに目を向け、またにこりと微笑みかけた。


「申し遅れました。私はアーサー・クレマー、この店の主です。と言っても店の大半は息子に任せておりますがね。」

「クリスティーナ・ウェルズリーと申します。」

「おや、ウェルズリーと言うと、マルスの領主様の…!」


 マルスとは、ウェルズリー家の領地にして国の北部に位置する都市である。辺境と言えど規模は大きく、王都には遠く及ばないがある程度は発展した街である。


「それはそれは…。私の妻はマルスの出でしてな。そちらにも支店があるのですよ。里帰りの際は是非お立ち寄りください。妻が快くお迎えすることでしょう。」

「ご丁寧にありがとうございます。」

「それで、今回は贈り物を買いに?」

「そうとも言いますね。婚約式用のものを。」

「なるほど。少々お待ちください。」


 アーサーが人を呼ぶと、従業員が宝石を乗せたカートを押して入ってきた。


「店でも選りすぐりの物達です。」


 カートの上に並ぶ数々の宝石。くすんでいるものは何一つ無く、純度が高いものばかりだということが分かる。


「どうぞご自由にご覧ください。」

「ありがとうございます。クリスティーナ嬢、どれかご希望のものはありますか?」

「いえ、その…。」


 何か言った方が良いのだろうが、どれも甲乙つけ難く、クリスティーナは何も言えなかった。


「…ルイス様のご希望は?」

「私は特に。」

「そうですか…。」


 互いに意見を出さない為、馬車同様再び沈黙の時間が始まる。そんなところを微笑ましく眺めていたアーサーだったが、流石に埒が明かないので助け舟を出した。


「では御二方。相手に似合うと思うものを互いにお選びなさいませ。自分以外の相手になら選び易いでしょう。」

「なるほど…確かにそうですね。」


 ルイスが賛同し、クリスティーナも頷く。

 クリスティーナは改めて宝石を見て、ルイスに合うものを探し始めた。


 ルイスにはどんな色が似合うのだろう?

 似合うものを探すなら、まずは観察すべきだと思い、クリスティーナはルイスに視線を向け、じっと見つめた。


「く、クリスティーナ嬢…?」


 突然見つめられて緊張し始めたルイスを他所に、クリスティーナはルイスの顔をまじまじと観察する。

 色白な肌に、色が強すぎず若干赤みがかった金髪、青とも緑とも言える深緑ふかみどりの瞳。どの色も悪目立ちすること無く、良い塩梅に整っている。


 しばらく観察してから、再びクリスティーナは宝石に目を向ける。そして目に入った宝石に、腑に落ちたような感覚を覚えた。


「…私は決まりました。ルイス様は…。」


 クリスティーナがルイスへ視線を戻すと、彼は顔を真っ赤にしながら両手で顔を覆って俯いていた。


「ルイス様、どうかなさいましたか?」

「えっ⁉︎あ、はい!」

「やはりあまり体調が良くないのでは…。」

「いえ、決してそんなことはありません。大丈夫です!」

「そうですか…。」


 見る限り大丈夫ではなさそうなのだが、本人が必死に否定するので、クリスティーナはそれ以上突っ込むことはなかった。

 婚約者と言えど知り合ったばかりでそこまで親しいわけでもない。あまり踏み込むべきではないだろう。


「ふぉっふぉっ、若いですなぁ。」


 そう言ってアーサーは笑うが、クリスティーナにはその意味が全く分からなかった。


「それで、坊ちゃまは選ばれましたか?」

「あ…はい!」

「ではお二人とも選んだ物をお聞かせください。」

「えっと…、」

わたくしは…、」


「「これを。」」


 二人が指を差したのは、同じ宝石。青緑色のエメラルドであった。


「おやおや、仲がよろしいことですな。見たところ、お二人ともお互いの瞳の色から選んだようで。」

「二人とも…ですか?」


 確かにクリスティーナがその宝石を選んだ決め手は、ルイスの瞳の色と似たものだった。しかし、クリスティーナの瞳は紫色で似ても似つかない色。それなのに同じ宝石を選んだことを、クリスティーナは疑問に思った。


「えぇ。この宝石は当たる光で色が変わるものでして、紫色に変化するのです。坊ちゃまはそれを知っていてお選びになったのでしょう。」

「そうなのですか?」

「…はい。以前来た時に見た事があったので。」


 ルイスは気恥ずかしそうに笑う。今度は顔よりも耳が赤くなっていた。


 アーサーはカーテンを閉めて蝋燭を灯し、宝石を近づける。すると緑色だった宝石は、赤みがかった紫色に変化した。


貴女あなたの瞳の色にピッタリだと思いまして…。別の候補もあったのですが、そちらは傷付きやすくて普段使いには向かないものでしたから。」

「なるほど…。」

「では、婚約指輪用の宝石はこれで宜しいですかな?」

「はい、お願いします。」


 アーサーの指示で、宝石は店の奥へ移動された。


「それでは次に…。」


 ルイスとアーサーはテキパキと次の話題を進める。その間もクリスティーナは、先程選んだ宝石を思い浮かべていた。


 一見ただのエメラルドにしか見えなかった、鮮やかな緑色。しかしそれは場所が変われば、一瞬で別の色に変わる。

 ルイスの瞳とウェルズリーの瞳にも重なったそれは自分を表している気がして、クリスティーナは何とも言えないモヤモヤとした気分になった。


 将来の自分は、どちらの色に染まっているのだろう…?


「クリスティーナ嬢?」

「…っ、はい。」

「大丈夫ですか?」

「えぇ、問題ありません。」


 何を関係無いことを考えているのかと、クリスティーナは心の中で自分を叱責する。


 何も考える必要は無い。だって自分が生涯を捧げる相手は、遠に決まっているのだから…。

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