第13話 街で見たもの

「…それでは、このご注文の通りに作らせていただきます。」

「宜しく頼みます。」


 装飾品の打ち合わせが終わり、クリスティーナとルイスは店の外へ出た。外は日が照って明るいが、太陽は傾きつつある。


「お気をつけてお帰りください。」

「ありがとうございます。それではまた。」


 アーサーの見送りを受け、二人は店を後にした。


 大通りに出ると一気に人が多くなり、賑やかな声が其処彼処そこかしこから聞こえてくる。

 自分の故郷は王都と遠く離れている上に、馬車で通ってもなかなか自分の足で通りを歩く機会のないクリスティーナにとっては新鮮であった。


「クリスティーナ嬢。」

「はい。」

「馬車に戻る前に少し寄り道をしても?」


 ルイスは街の本屋に何やら用があるらしい。クリスティーナは首を縦に振り、二人はルイスの目当ての本屋へ足を進めた。


「こちらへはよくいらっしゃるのですか?」

「はい?」


 珍しくクリスティーナの方から飛び出した質問に、ルイスは思わず間の抜けた声を出した。


「街に慣れていると思いまして。行きつけの本屋さんもお有りのようですし。」

「なるほど、そういう事ですか。」

「お尋ねしてはいけない事でしたか?」

「いえいえ!全くもって問題ありませんよ。一応ここだけの話で留めていただければ。」


 歩きながら話すルイスは人差し指を立てて口許にあてる。


「無理にお話しいただかなくても良いのですが…。」

「いえ、別に重大な事ではないんです。念の為、というだけで。」


 ルイスはそう言って苦笑いを浮かべる。雰囲気からしてやましい事ではなさそうだが、隠し立てが必要なことからして穏やかでもない。


「実はウィル…いや、ウィリアム殿下が、よく仕事を抜け出して城下町にいらっしゃるんです。」

「それは…。」


 ルイスの話を聴いたクリスティーナは、いつものポーカーフェイスに珍しく驚きの色を見せた。

 社交場で会うウィリアムはいつも大人らしい余裕を見せているので、公務をサボるような子どもっぽさは一切感じられないのである。ただ世間的には“無能王子”と言われている為、不思議ではないのかもしれないが。


「一国の王子ですから一人で行かせるわけにもいかず、私もついて行くんですよ。こう見えても剣術は使えるので。」

「なるほど…?」


 以前のアランによる調べでルイスが剣を得意とすることは知っていたが、王子と侯爵令息が二人だけというのも危険ではないかと、クリスティーナは突っ込みたくなった。


「もちろん、ちゃんと見た目は誤魔化してますよ?」


 クリスティーナの様子を見てすかさずルイスが付け足すが、何のフォローにもなっていない。

 フォローに失敗したことを察したウィリアムは、ハハハ、と乾いた笑いを見せた。


「放っておくと一人で行ってしまうので…。逃げられるくらいならということで、いつもついて行くんです。ただ、もちろん良いことではないので、秘密にしておいていただけますか?良からぬ事を考える人達も居ますから…。」

「心得ました。」


 王子が常習的に城を出ているなんて知られたら、命を狙われる可能性が高まる。それでなくてもこの国の後継争いは激しい。万が一王太子派に知られる事があれば、ウィリアムの身が危うくなる。

 その事についてはよく理解しているクリスティーナは、秘密を口外しないことを躊躇なく承諾したのであった。



 それから少し歩くと、二人は目的の本屋に辿り着いた。建物に扉は無く、通りすがりに立ち寄りやすいように店の外側にも本が並べられている。


「すぐ済ませて来ます。」

「承知しました。」


 ルイスが中へ入っていくと、クリスティーナは外に並ぶ本を見始めた。そこには小説や子供用の絵本などが並んでおり、クリスティーナは手に取ってパラパラと流し読みして暇を潰す。


 クリスティーナの目に留まったのは、“人気”の札が付いた恋愛小説だった。

 クリスティーナは流行にも恋愛にも疎いため、一種の勉強と思って手に取ったのである。


「…こういうものが人気なのね。」


 クリスティーナが速読した小説は、貴族令嬢とその使用人が許されざる恋に落ちる話。それを見たクリスティーナは本を閉じ、表紙を眺めながらため息混じりに呟いた。


「…分からないものね。わざわざ抗おうとしなければ、苦しまずに済んだのに。」


 二人は駆け落ちするが結局見つかってしまい、男は主人公が連れ戻される際に殺される。相手への想いを捨てきれなかった主人公は、家に戻ってから心を病んで死んでしまうという悲しい結末を迎える。

 一般的には可哀想な主人公として見られるが、お家中心の価値観を持つクリスティーナにとっては貴族令嬢が家に背くなど以ての外。創作と言えど自分勝手な振る舞いをする登場人物の気持ちも、その話が良いとされる世間の流れも、クリスティーナには理解できなかった。



  クリスティーナが本を元に戻したその時、背後の道路を馬車が通る音がした。クリスティーナは接触しないように中に入ろうとするが、小さな男の子が道に取り残されているのが目に入った。


 このままでは轢かれてしまう。クリスティーナが助けに入ろうとしたところで、別の女性がその子を守るように抱きしめた。子供を瞬時に抱き抱えて避けるような身体能力を、その女性は持ち合わせていなかったのである。


 気がついた馬車の御者は馬を止めようと手綱を引く。急ブレーキがかかった隙に、クリスティーナは二人を掴んで道の真ん中から移動させた。少し引き摺る形になってしまったが、それどころではなかった。


 びっくりした子どもが泣き、女性が子どもの身体を確認している中、クリスティーナが尋ねる。


「お怪我は?」

「はい、この子も私も大丈夫です。何とお礼を申し上げれば良いのでしょう、本当にありがとうございます…!」

「ご無事で何よりです。」


 クリスティーナは涙を浮かべながら頭を下げる女性とその腕に抱かれる子どもを見て、口許を僅かに綻ばせた。


 しかし次の瞬間、クリスティーナの背後の馬車から荒々しい怒号が飛んできた。


「誰だ!私の馬車を止めたのは!」


 馬車の小窓から、クリスティーナ達を見下ろす男の目が見える。それを見たクリスティーナは、今日一番の深いため息を吐いたのであった。

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