第9話 早めの婚約発表

「婚約発表の祝賀会…ですか?」


 父の口から出た単語について、クリスティーナが尋ねた。


嗚呼あゝ。その名の通り君達の婚約を公表して、それを祝う場だ。」


 他の令嬢の婚約発表の場に呼ばれることは多々あったため予想はしていたが、話が出るタイミングはクリスティーナが思っていたよりも早かった。


「それにあたって侯爵家から連絡が来ていてね。相談したいから近いうちにグレンヴィル邸を訪ねてほしいそうだ。」

「分かりました、お父様。」

「結構急な話だね。こんなに早いものなの?」


 廊下で話を盗み聴きしていたアランが、ひょっこりと顔を出して言う。


「盗聴するのか普通に聴くのかはっきりしたらどう?」

「良いじゃん。どうせ二人とも気づいてるんだし。」


 クリスティーナもハロルドも暗殺者の為、人の気配には敏感である。


「決まったのはついこの前なのに、早いよね。」

「確かにそうかもしれないが、あちらのご意向だからね。」

「へぇ…。」

「アランはそんなに気になるのか?婚約するのはお前じゃないぞ。」

「はぁ⁉︎分かってるよ!ちょっと気になっただけだし!」


 アランは怒ったように顔を赤くすると、頬を膨らませてハロルドから目を逸らした。


「ともかく、分かったね?クリスティーナ。」

「はい。しかし、具体的にいつ頃行けば良いのでしょう?」

「できれば明日にでもと書いてある。行けるならすぐに連絡しよう。」

「分かりました、それでは明日伺います。」


 グレンヴィル家への連絡を頼み、クリスティーナはハロルドの書斎を出て自室に引き上げた。


「ねえ、本当に気にならないの?」

貴方あなたが気にしすぎなのよ。大した事じゃないわ。」

「そうかもしれないけどさー。なんか焦ってる感じがしない?お見合いもまぁまぁ早かったし。」


 縁談の話を父に持ちかけられてから、まだ十日しか経っていない。アランが気にするのも可笑おかしいことではなかった。

 アランをあしらうクリスティーナも、全く気になっていないわけではない。ただ、差し障りが無いから気にしていないだけだ。


「あちらのご都合なのでしょう。気にする事はないわ。」

「…ま、姉さんが良いならそれで良いけど。」


 とは言いつつも、アランの表情は険しい。双子の弟が考えている事はなんとなく分かるクリスティーナだったが、直接何か言う事はなかった。



***



「えっ、明日⁉︎早くない⁉︎」

「別にそこまで驚くことじゃ…。」


 王宮にて声をあげたウィリアムに、ルイスは言う。


「いやいや…。話聴いたの一昨日だぞ?婚約発表するのは分かってたけど、流石に早すぎないか⁉︎」

「…父がうるさいんだよ。せっかく捕まえたんだから逃すなって。」

「その言い分は分からなくもないけど。」


 今まで縁談を軒並み断ってきたルイスだ。侯爵からしたら、ウェルズリー家よりも息子の心変わりの方を恐れているのだろう。


「侯爵も大変だな…。」

「何か言った?」

「…別に。」


 状況を推察したウィリアムは、侯爵に同情のため息を吐く。

 聞き取れなかった為に訊き返したもののはぐらかされたルイスは、首を傾げながら仕事に戻った。


 黙々と仕事を熟すルイス。その一方で、ウィリアムは手を止めたままじっとルイスを観察し始めた。


「そのまま仕事を全部僕に回すつもり?」

「…。」


 ウィリアムは一言も返さず、いぶかしげな目でルイスを見ていた。


「全く…。言いたいことがあるならはっきり言って?」

「じゃあくけど。…お前、俺に何か隠してる事無い?」


 いつに無く真剣な様子で、ウィリアムは尋ねる。尋ねられたルイスは拍子抜けしたかのようにきょとん、とした表情を見せた。

 少しの間が空き、ふっ、とルイスが吹き出す。


「…ふふっ。どうしたの?急に。」


 ふわりと笑うルイス。しかしそれを見たウィリアムは、不機嫌そうに軽く舌を打った。


「何を怒ってるのさ?」

「白々しい…。理由が分からないお前じゃないだろ。」


 ルイスは何も答えず、にこにこと笑みを浮かべるだけだ。笑みを向けられるウィリアムは、険しい表情を緩めないまま盛大にため息を吐く。


「そんなに分かりやすくため息を吐かなくても。」

「吐かないで居られるかよ。…分かりやすくはぐらかされてさ。」


 二人の付き合いは長い。故に一方が何か隠していても、相手がそれを察していることすら分かってしまう。だからこそルイスは無理に隠すことはせず、分かりやすくはぐらかすのである。

 『君が知る必要は無い』とでも言うように。


「ほんと、こういう時のルイスって嫌いだわ。」

「酷いな!」

「だって胡散臭いんだもん。そしてそういう時に限って…。」


 『大事な事を隠してる。』ウィリアムはその言葉を飲み込んだ。

 問い詰めたとて口を割るタイプではない事を、ウィリアムは知っている。どんなに重大な事も、自分一人で抱え込んでしまう。それがルイス・グレンヴィルという男だ。


 ちらりとルイスを見ると、『わざわざ言わなくても分かるよね?』とでも言いたげな目でこちらを見ていた。

 唯一無二の友人ではあるものの、その点だけは全く気に入らない。


「…分かったから!そんな目で見るな!」


 ルイスの視線に耐え切れなかったウィリアムの反応に、当の本人はクスクスと笑う。ウィリアムは分かったと言いながらも不機嫌な様子は変わらず、笑うルイスを睨んでいた。


「…一応言っておくけど、お前は自分で思ってるより分かりやすいからな。覚えとけよ?」

「はいはい。」


 聴き流すような反応に、ウィリアムは不服そうに口を尖らせる。その一方で、ルイスは仕事の手を速めるふりをしながら、誰にも聞こえない声でぼそっと呟いた。


「…ごめんね。君にだけは、知られるわけにはいかないんだ。」

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