第二十九話 聞き分けの悪い女の子は強引に


「名演技だったね、クレハさん。今回の主演女優賞は確実じゃない?」

「私、こんな才能があったのね。女優の許嫁って、素敵だとは思わない?」

「女優は素敵だけど、許嫁だけは勘弁したいね」


 キョウシの沈黙を確認した後、僕はクレハさんと笑いあった。よくもまあ即興で、ここまでの演技ができたもんだ。


「それにしても本当に効いたのね、そのジャミング装置」


 クレハさんに言われて僕が取り出したのが、ベルさんに持たされていた黒いキューブだ。多種多様な妨害電波を周囲に発生させて、無線通信を妨害するこの装置。要はこれを起動させておけば、リモコンの電波が彼女の首輪に届かなくなり、起爆されなくなるという仕組みだ。装置のスイッチは、もらった時から作動しっ放しだった。


「子どもに甘いのがベルさんだからね。信用しててよかったよ」

「本当にびっくりしたわ。いきなり殺して欲しいなんて言ったかと思ったら、口パクで『三文芝居の嗜みはあるかい?』、なんて」


 キョウシに向かってクレハさんとキスさせてくれって頼んだ時の、僕の口パクだ。彼女が察してくれたお陰で、僕の口元をキョウシから隠すように立ってくれた。

 最初のだけはバレないかひやひやしたけど、勝ちを確信してたアイツは気がつかなかった。キスがしたいっていう僕の突拍子もない提案も、奴の思考に隙を作るのに一役買っただろう。


「まあ後は、その洒落にならないくらい血っぽい液体が飛び散るジョークグッズを、こんなところまで持ち込んでるとは思わなかったけどさ。学ランが真っ赤っかだよ」

「それっぽくなったでしょう?」


 後は口パクで作戦を伝え、クレハさんのジョークグッズで僕を切り裂いて殺したように見せかけて。奴が万が一爆破させようとしても、ジャミング装置で妨害。諸々に引っかかって隙を晒したアイツに麻酔弾を撃ちこんで、事が終わったって訳だ。


「さてと。んじゃ、逃げよっか。ローズ、生きてる?」

「……生きてるわ、勝手に殺すな」


 僕が声をかけると、ローズが返事をくれた。水も滴るイケメンが、立ち上がってくる。


「ローズ君っ! よく生きてたわね、撃たれたのに」

「ああ。ツギコちゃんが守ってくれたよ」


 クレハさんの疑問に、彼は胸ポケットを漁ってみせた。取り出したのは、キョウシが放った弾丸が突き刺さっている丸いペンダント。ツギコがプレゼントしてくれたという話の、あれだった。


「これも彼女の愛だな。まあ痛みは酷かったから、しばらく立てなかったのもマジだが」

「お、お前。ツギコのペンダントで九死に一生とか、そんなドラマみたいな助かり方しやがってッ!」

「うおいッ! なんで胸倉掴んでくるんだよ?」

「そろそろ脱出しないと、危ないんじゃないかしら?」


 ツギコを抱き上げたクレハさんから、苦言が呈された。この羨ましいイケメンに八つ当たりをしたい気持ちは大いにあったが、状況的に厳しそうだね。いつの間にか、海水は僕らの膝くらいの高さまで来ている。仕方なく僕は手を離すと、ツギコとキョウシを脱出艇に乗せ、ローズに準備をさせた。


「あれ、どうしたのクレハさん?」


 乗り込もうとした僕は、何故か乗ろうとしないクレハさんに声をかけた。


「いえ、大丈夫よ。私は乗らないわ」

「どういうこと?」


 クレハさんが何かを言い出した。眉をひそめた僕は、脱出艇を降りて彼女の前に立つ。


「さっきも言ったじゃない。私はあなた達を騙して、クラスメイト全員を危険に晒した。お偉いさん達の子ども達を、見ず知らずの金持ちに売ろうとしたのよ。その責任を、取らなくちゃいけないわ」


 思いつめたような表情で、彼女は言葉を続けていた。


「一度許してもらって、もうしませんって言った後でよ? 流石に二度目は許されないわ。生きて帰ったところで、私を死刑にすべきだっていう話だって出てくるでしょうし。最悪は密かに暗殺者が派遣されて、殺されることすらあり得る」


 クレハさんの言葉も最もだ。何せ今回は、学年全員が誘拐されるという大事件。防げなかった僕やベルさんもかなりの処分が想定されるし、実行犯の一人である彼女は相応に重い処分が下されるだろう。

 いくら彼女が未成年だからとはいえ、やったことが大きすぎる。場合によっては処せという圧力がかかってくることも、十分に考えられた。


「せめて最後は、自分で終わりをつけたいの。実行犯の一人、卜部クレハは船と共に沈みました。今まで散々、何も思い通りにならなかったんだもの。最後くらい、ワガママを言わせてくれないかしら?」

「クレハさん」


 その時の彼女の口角は、上がっていた。彼女の目じりは、悲し気に下がっていた。


「お願い、ハジメ君。あなたは私なんかにはもったいないわ。ほら、私が死ねば許嫁も解消される。あなたの望みだって叶うじゃない。良いことばかりね、私が死ぬのって」

「…………」

「私はあなたが好きよ、ハジメ君」


 彼女の頬を、一滴の雫が伝った。僕はまだ、何も言わない。


「好き、好き、大好き。愛してるって、言っても良いわ。私と同じの、愛しいあなた。どうしてあなたと、もっと早くに出会えなかったのかしら? そうしたら、私だって、もっと」


 いつしか雫は、とめどなく彼女の両目からあふれ出してきている。言葉に詰まっても、彼女は調子を崩さなかった。凛としたその顔は、涙に濡れていても美しい。


「ごめんなさい、取り乱したわ。もう時間も、ないのにね」


 流れ込んでくる水の勢いが増していった。僕らの膝くらいだった水量は、腰の辺りに迫ろうとしている。


「あなたは幸せになってね。キョウシを捕まえたんですもの、悪くは言われないでしょう。子どもができなくても、あなたなりの幸せはきっとある筈。ちゃんと見つけないと、化けて出てやるわ。私はあなたが幸せになるって約束してくれるだけで、十分だから」


 最後に、彼女はもう一度笑った。


「バイバイ。私の初めての許嫁君」

「ッ!」


 涙を流すまま、精一杯の笑顔を。その姿が、酷く僕に似ている気がして。僕は密かに拳を握り込み、奥歯を噛んだ。


「クレハさん。僕の答えはこれだ」


 だから僕は、彼女に返す言葉を決めた。君の提案、君の話、全部を聞いて、理解したうえで。僕が君に言えるのはこれだけだ。


「――お断りだよ。【弾丸凱旋バレットパレード】」

「うっ!?」


 僕はクレハさんに弾丸を放った。弾丸は彼女の右肩に突き刺さり、彼女はよろける。


「ハジメ、君。なん、で?」

「……君は僕の特別なんだ」


 彼女は水の中に倒れ伏した。水しぶきが上がると同時に、僕は息を吐く。


「それに僕の任務は、クラスメイト全員の護衛だ。クラスメイトってことは、当然君も入ってるんだよ。勝手に悲劇のヒロインになんか、させないよ」

「おい、どうしたんだよ。何で彼女を撃ったんだ?」


 彼女の身体を起こしていると、ローズが出入口を開けてこちらを見ていた。


「なんでもないよ。ちょっと聞き分けのない女の子を、無理やり幸せにしようと思ってね」

「はあ?」

「ほら、さっさと脱出するよ。手伝って」


 首を傾げたままのローズを手伝わせて、クレハさんを中へ押し込む。全員が乗り込み終わった後、僕は脱出艇の出入り口を閉めた。

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