第十七話 船上の鬼ごっこは無許可上等
放った焼夷弾から生じた炎で拘束していたロープを焼き切った僕は、銃の形をした右手をクレハさんに向けた。手は少し火傷したけど、このくらいなら問題ない。
「【
「【
即座にハサミを生成した彼女は、僕の放った弾丸を切り裂く。
「銃の依代がなきゃ、発動できないんじゃなかったのかしら?」
「うん。だから僕は、右手を依代にしたのさ」
僕の
右手を彼女に向けたまま、僕は左の人差し指でこめかみに触れた。良かった、スマートチップは無事だ。これなら信号が送れる。
「お願い、ハジメ君。大人しく捕まっててくれないかしら? そうすればあなただけは、助けられるから」
「お断りだよ。僕の仕事は、クラスメイト達を守ることだ。おそらく、ツギコも捕まっている。お兄ちゃんとして、彼女も助けなきゃいけない」
「そう。なら、仕方ないわ」
クレハさんは両手に万能ハサミを生成して、真っすぐと僕に向けてきた。
「無理やりにでも、大人しくさせてあげる。痛かったら、ごめんなさいね」
「じゃあ僕は、無理やりにでも逃げるね。【
僕は弾丸を生成し、事を終えた左の人差し指から放った。狙ったのはクレハさんではなく、扉の鍵の部分。撃ったのは着弾と同時に強力な電磁波を発生させる特殊な弾丸、電磁パルス弾だ。海でマジックミラー号にした時と同様に、電子錠をオシャカにしてやるのが狙いだ。
目論見は上手くいき、出入口の扉の鍵が明滅したかと思うと、カチャっという音が聞こえてきた。僕は走り出し、躊躇いなく扉を蹴り破って外へ出る。
「うわッ! な、なんだお前」
「【
「「うッ!?」」
扉を出た両側に見張りの男性がいた。迷彩服に身を包んでおり、顔全体を黒いマスクで覆って隠している。
そんな彼らに向けて僕は両手で銃の形を作り、向かって右にいた奴には右手から、左の奴には左手から弾丸を放った。麻酔弾を受けた彼らが、床へと崩れ落ちる。
「逃がさないわっ! 【
「クッ!? 【
直後。僕の背後から無数のハサミが飛来した。振り返った僕は両手の人差し指を向けて、迫りくるハサミを撃ち落としていく。
そのまま僕は駆け出した。後からクレハさんが追ってくる。ここはどうやら従業員専用デッキだったみたいだ。船員と思われるスタッフが慌ただしく動いている中を、僕らは駆け抜けていく。
「【
「うわぁぁぁッ!」
クレハさんは船員がいようが関係なくハサミを投げつけていた為、騒ぎへと発展していった。周囲から小型ライフルを構えた迷彩服姿の構成員と思われる輩が現れ始める。
「【
このままじゃ囲まれる。そう思った僕は弾丸で鍵を破壊すると、上の階へと通じる階段を駆け上がっていった。エレベーターだと先回りした際に逃げられないと思ったからだ。
上の階は天井の一部が吹き抜けとなっている、プール&ジャグジーだった。ご老人達が優雅にデッキチェアに寝そべっていて、巨大モニターを背にした中央のステージではミュージカルが上演されている。とても人身売買の競りを行おうとしている場所とは思えない。もしかして、民間人が楽しむ中で密かに行われる、という感じなんだろうか。
「【
「いたぞ、あそこだッ!」
とはいえ、彼らにはそんなこと関係ないみたいだった。同じく階段で上の階に上がってきたクレハさんに、エレベーターで先回りしたらしい構成員達。彼らは僕を見つけるや否や、容赦なくその武力を行使してきた。
「うわぁぁぁああああああああああああああああああッ!」
「な、な、なんだこいつらはぁぁぁッ!?」
放たれた銃声と飛来するハサミに、一斉にパニックに陥る人々。様々な人が我先にと逃げ惑うが為に、僕も人波に飲み込まれそうな心地だった。
「クソッ!」
このままじゃ彼らを巻き込むことになる。僕は舌を打ち、人込みをかき分けて中央のステージを目指した。ステージ上にいた演者も逃げ出した為に、今はもぬけの殻だ。僕が壇上に上がれば、向こうの銃口も上へと向く。これなら流れ弾だって最小限になる筈だ。舞台に立って振り返った僕は、両手で銃の形を作った。
「【
民間人もいなくなり始めた頃。僕はクレハさんと集まってくる構成員らに向けて、マシンガンのように麻酔弾をばら撒いた。一人一人を狙い撃ちする余裕はない為に、来ている方角を目掛けて、絶え間なく弾丸を放っていく。
点じゃ駄目だ、今は面で攻撃しないと対応できない。何人かは持っていけたみたいだが、敵はまだまだ湧いて出てくる。
「怯むな、相手は一人だ、撃てェェェッ!」
もちろん、相手も黙って撃たれるばかりではない。四方八方に散った相手は物陰に身を隠し、僕の射撃が向いてない時を見計らって撃ち返してくる。生憎、ステージ上には遮蔽物になりそうなものはなかった。なので僕は、とにかく動き回りながら撃ち返すという、何とも危ない綱渡りを成功させる他になかった。
「【
「う、嘘だろ、あれは」
「ろ、ロケットランチャーだァァァッ!?」
そんな綱渡りをし続ける程、僕も馬鹿じゃない。体内の生命力(イド)を練って生成した対戦車擲弾を両の人差し指の前に生成し、容赦なく放った。流石に危険だと察知したのか、隠れていた敵は散り散りになって逃げていく。直後。二か所で爆発が起こり、炎と共にこうこうと煙が上がり始めた。
「クッ! か、肩が」
「早く観念して、ハジメ君っ!」
反動から生じた苦痛に顔を歪めていたら、観客席からクレハさんが飛び上がってきた。壇上に着地した彼女は両手に生成した万能ハサミを持ってして、僕に突進してくる。
「【
「【
僕は彼女を近づけさせまいと、両指から弾丸を放った。今の僕はライトニングホークを持っていない。ハサミを持ったクレハさんと接近戦なんて、秒で倒される未来が見える。撃ちながら逃げ回る以外に、僕に選択肢はなかった。
煌めく彼女のハサミを紙一重でかわせば、ステージ上の巨大モニターを一刀両断される。横一閃の後にモニターの上半分が倒れ、派手な音を立てて砕けると共に、壇上に粉塵が舞った。チャンスだ。
「【
「っ! 煙幕っ!?」
僕は足元に発煙弾を二発放ち、辺り一帯を白い煙で覆った。砲弾形式で敵の視界を遮断することを目的とした、黄リンタイプのやつだ。こんな狭い壇上で逃げ続けられる訳もないし、視界を遮ればステージ外からも狙われにくくなる。
その時、さっき送った信号の返事もあった。もうちょっと、か。
「待って、待ってハジメ君っ! お願い、行かないでっ!」
煙の向こうから、クレハさんの悲痛な声がする。その声色が真に迫ったものであると、僕には感じられた。
「君がどういうつもりかは知らないけど、僕は」
言葉の途中で、ステージ上に何かが飛来した。真上から降ってきたそれは爆音と共に着地し、ぬらり、とその巨体を起き上がらせる。煙の向こうに影だけ見えるその存在は、パッと見て三メートルはあろうかという大きさだ。なんだ、こいつは。
「――【
「ガハッ!?」
次の瞬間。僕の全身に衝撃が走った。巨体が長い腕を振るったからだと気が付いたのは、自分の身体が吹っ飛び、下半分になったモニターに叩きつけられた時だった。
視界がチカチカし、右のコンタクトレンズが外れ、全身の力が抜けていく。力なくうつ伏せに倒れ伏した僕の背中を踏みつける、青白い人影があった。
「お前、は。小柳津、先せ」
「ほう、私の
煙が晴れてきた頃。顔を上げた僕の視界に入ったのは、白髪交じりのオールバックである壮年の男性、小柳津キョウシ先生ともう一つ。
僕の身体を押さえつける、青い巨人だった。巨大な手は冷たく、表面はすべすべしているのに弾力があって、まるでスライムのように感じられる。その力はかなり強く、全く身動きが取れる気がしない。
「キョウシ、様」
小柳津先生……キョウシは、視線をクレハさんへと移した。そのままツカツカと、彼女の元へと歩み寄っていく。
「失態だな、卜部君。上運天ハジメを逃しただけには飽き足らず、一般客にバレるまで騒ぎを大きくするとは。どうしてくれるのかね?」
「も、申し訳ありまうぐっ、あぐぅっ!?」
キョウシはクレハさんの鳩尾に蹴りを入れ、頭が下がったところを殴りつける。身体をくの字に折った彼女は、続けざまに顔面を殴られたことで、ステージに倒れ込んだ。
「言った筈だ。このような体たらくなら、自由になんてなれるとは思わないことだと。お前も一緒に競売にかけてやろう。
「えっ?」
倒れ込んだクレハさんの胸倉をつかみ上げ、ニタニタと笑っているキョウシ。そこには学校で見る、人当たりの良い雰囲気は欠片も感じられない。
「
「う、そ。じゃあ、私は、一体何の為に?」
「何の為に、なんか決まっているだろう?」
一層深く顔を歪ませたキョウシ。悪意でもって人を陥れた時に表に出てくる、汚らしい笑みだった。
「お前は売られたあの日から、腕を振って、腰を振って生きてきた。それは全て、私の為だったんだよ。ご苦労だったな」
「っ!」
その言葉に、笑顔に、クレハさんの顔から血の気が引いていく。掴んでいた胸倉が離されても、目を見開いた彼女には力がない。俯いてしまい、全く立ち上がる気配を見せなかった。満足気にそれを見た後で、キョウシは彼女の顔を張り倒した。彼女は意識を失い、ステージ上で倒れ伏してしまう。
「……お前が、クレハさんを、ここまで追い詰めたのか?」
目の前で繰り広げられた光景に、僕は心に火が灯ったのを感じた。指先どころか身体全体に力が入り、わなわなと震え始めている。食いしばった歯はむき出しになり、飛び出しそうになるくらいまで見開いた目で、キョウシをギロリと睨みつけていた。
「強引に、卑怯に、彼女を騙して。挙げ句には、全部がお前なんかの為だった、だって?」
自分の声とは思えないくらいに低いトーンだった。それを聞きつけたキョウシが、訝し気に僕の方に目をやってくる。同時に、僕の中での認識を改めていく。近寄ってきて、欺いて、裏切って。そんな彼女に、言いようのない思いを募らせていた。
しかし違った。僕は間違っていた。彼女はただ、踊らされていただけだった。本当の、全ての元凶は。
「小柳津、キョウシッ!」
「ああ、
キョウシはそんな僕に構いもせず、自分の都合でのみ話を進めていた。僕は心を決めた。
「僕はお前を逮捕する、絶対に許さないッ!」
「そうかい。【
「ガッハッ!?」
キョウシがそう口にすると、僕を抑えている青白い影が腕を振るい、頭を叩きつける。床と振るわれた手にサンドイッチにされるという強烈な一撃によって、僕はあっさりと意識を手放した。
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