第五話 年老いた女上司とのハワイはお断り


 虐められっ子がカースト上位の男子を差し置いてスタイル抜群の美少女と付き合い始め、クラス中にキスまで見せつける。ある種のどんでん返し的な展開を終えた、その日の夜。僕は学校の保健室内にて、保健室の先生兼自分の直属の上司であるベルさんに報告と要請を出した。


「という訳で、早速人員を集めて彼女の背景について探ってよ、ベルさん」

「人手不足だよ、自分で調べな」


 即行で拒否られた、解せぬ。彼女の本名は、ベル=シャーウッド。顔に刻まれたシワ。セミロングの白髪頭で前髪を真ん中でわけて丸眼鏡をかけ、黒基調のロングワンピースの上に白衣を着ている、長身のお婆さん。昔ならとっくに退職しているような歳の癖に背筋は曲がっておらず、白兵戦では未だに一回も勝てていないという、僕の師匠でもある。


「にしても。女子を無視してたアンタに許嫁ができて、キスまで済ませてくるとはねえ」

「なんでそこまで知ってんだよ」

「他人の恋愛は他人の娯楽さね。特にマギーちゃんなんか、たいそうびっくりしてたよ」


 女子の噂ネットワークの恐ろしさを、僕は上方修正した。いずれは光速を超えるかもしれない。


「事情があるとはいえ、浮いた話を意図的に遠ざけてたアンタがねえ。お婆ちゃん嬉しいよ。今夜はお赤飯だね。ああ、ファーストキスはレモンの味だったかい、チェリー坊や?」

「話を戻すぞクソババア」


 ニヤニヤと笑っているこのクソババアに殺意を覚えつつ、僕は強引に口を開く。


「資料にはクレハさんが心的蓋章トラウマ持ちなんて書いてなかったし、さっさと調べなきゃ不味いでしょ。他のクラスメイトに何かあったらどうするのさ?」

「それを何とかするのが、アンタの仕事だろうが。このご時世、人手なんてどこも足りてないんだよ」

「この前も大量に雇ってたよね?」

「意識の低い、仕事のできない野郎共でよければ、いくらでも送ってあげようかい? この前、アンタが通報してきたようなさ」


 深刻な少子高齢化で労働人口が激減した結果、就職活動は企業による奪い合いへと発展した。まさに売り手市場であり、民間企業は如何にして新入社員をゲットするかに躍起になって、給料や福利厚生のオンパレード。一方で給料が安い警察等の公務員は、見向きもされなくなった。

 その結果、公務員試験を受けるのは移民や難民等の一般企業に入れなかったグループが受けるようになり、合格基準点数と共に民度が下がった。公務員側も人手不足の為に雇わざるを得ない状況であり、背に腹はかえられない有様だ。


「そんなことしてるから、治安が一向に良くならないんじゃないか」

「ワタシらの給料を上げると、各所からクレームが来るからねえ。今はレベルの低い輩か、アンタみたいな訳ありでもない限り、警察なんざにはこないさ。ま、どっちにしろ送れる程のヤツはいない。上に話は通しておくから、情報屋に金積むなりして、何とかしな」


 話が行くからって、ほとんど丸投げじゃねーか。信じられねえ。


「ワタシも報告だなんだで忙しいんだよ。ったく、さっさと現役なんざ退いて、隠居したいんだけどねえ」

「またまたぁ。あと50年は働けるでしょ」

「ワタシを何だと思ってるんだい?」

「オーバーハイスペックババア」

「オーケー解った。歯を食いしばりなクソガキ」


 来るか、と僕が身構えたその瞬間。保健室内にあった各種の備品が一人でに浮き上がり、同時多発的に僕の元へと飛来した。これは、まさか。


「【弾丸凱旋バレットパレード】」


 即座に尻ポケットのライトニングホークを抜き、飛来する人体模型や机椅子等の什器。その他の錠剤が入った瓶なんかを撃ち落とした。多過ぎる。部屋のもんほとんど投げつけてきたんじゃないか、これ。一発で二つ撃ち落とすくらいしないと、間に合わないぞ。ならば。


「演算完了、【弾丸凱旋バレットパレード】。この角度なガッ!?」


 脳内で跳弾の角度を計算したが、失敗した。跳ね返った弾丸の方が外れてしまったのだ。一直線に飛来したタブレット端末が、僕の眉間にヒットする。あまりの痛みに、僕はうずくまった。痛い、痛すぎる。下を向いた僕の頭上から、ため息が落ちてきた。


「ハア。そのくらい対応できなきゃ、アンタ死ぬよ?」

「こんな無茶苦茶な訓練ばっかやるから、僕以外に教え子がいないんじゃないか」

「意外と元気だね。ハワイでも行くかい?」

「観光地名で脅せるのはアンタくらいだよ。いつかそのすまし顔に、徹甲弾撃ち込んでやるッ」

「砲弾の類はアンタが耐えられないだろうが。止めておきな」


 応援部隊が別にいるからといって、この部署には人が少ない。その理由は、このクソババアが原因な気がしてならない。なおハワイとは、訓練と称してベルさんに連れて行かれた地獄の名前だ。綺麗な青い空と白い砂浜で真っ赤な血を吐いた思い出は、今でも脳裏にこびりついている。


「どう考えても人手が足りないんだよ、何とかしろ」

「少人数と安月給を現場の工夫で何とかするのが、この国の伝統芸能さ。つべこべ言ってんじゃないよ」

「僕もうこの国を出る」

「逃がしゃしないよ。さっさと仕事しなクソガキ」


 生まれる国を盛大に間違えた気がしている。ただ文句言いつつも、何とかするという選択肢しか今の僕にはない。いつかこの上司に一泡吹かせることを心に決めつつ、僕は今後の動きを思案するのだった。

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