第六話 イケメンには裏がある


 日付は変わって、次の日のお昼休み。僕は隣のB組に顔を出す。ちなみに二年生は、AとBの二クラスしかない。中にいた一人の男子生徒に声をかけ、人がまばらにいる中庭へと呼び出した。


「で、まーたオレに依頼かい?」


 一緒になって空いているベンチに腰掛けたその男の名前は、樫宮(かしみや)ローズ。イタリア系日本人の父とブラジル人の母を持つ、ミックスルーツのイケメンだ。金髪で少し長い前髪を真ん中で分けたセンターパートに、サイドに隠しツーブロックを入れた髪型。細い黒目に、クレハさん以上の高身長を持った細マッチョ。同じ学ランの上着のボタンを全て外しており、白いVネックのシャツが見えている。

 人当たりも良い人格者でイケボすらも持っており、ルックスと相まって評判も良い。恋人も多く、おおよそイケメンが備えるべきものを全て兼ね揃えているという、非の打ち所を探さなければならないタイプの人間だ。


「あっ、ローズ君だ。おーいッ!」

「やあ、今日も可愛いね。思わずキスしたくなっちゃうよ」


 すれ違う女子学生に、歯の浮くようなセリフを平然と並べているこのイケメン。ある種の尊敬を抱くけど、今は仕事の方が大事だ。適当に会話を切り上げてもらった後に、僕は早速本題を出した。


「依頼内容は、この春に転入してきた卜部クレハさんの過去を、洗いざらい。期限は今週中ね」

「お前無茶苦茶言ってる自覚ある?」

「どうせ大体はすっぱ抜いてるんだろ?」

「まあ、そうだけど。貰うもん貰わねえとなあ。オレへの依頼の基本は?」

「前払いだろ。ほら、たった今送ったから」

「オーケーお客様。お望みの情報、謹んでお渡しさせてもらうぜ」


 表舞台でも十分に生きていけそうなそんな彼だが、実は裏で情報屋を営んでいる。自身が持つ人脈とコネで周囲の情報を集めに集め、高く売っているのだ。本人曰く、一番儲かるから、とのこと。

 金さえ積めばちゃんと教えてくれるので、僕も結構懇意にさせてもらっている。ただし、支払いは前払いのみ。コイツにツケという概念は存在しない。スマートウォッチでさっさと送金を済ませると、ローズは意気揚々と話し始めた。


「卜部クレハが学校に届け出た内容くらいは知ってるよな?」

「一通りは」

「そこから一部、情報が改ざんされている。まず彼女の両親だが、今は行方不明だ。とっくの昔に解雇されてるし、行方を知ってる輩はいない」


 周囲で談笑する他の学生らの声の中、僕はローズの話に耳を傾ける。内容を一回で覚える為に。


「働き手が慢性的に不足してるこのご時世にリストラ? 何したの、彼女の父親」

「そこはまだ解らんが、おそらくは法律に抵触する内容だったんだろう。多分、金握らせても誤魔化せない程のやつだ」


 ちなみに警察の民度が下がった今、賄賂が横行するようになってるのが現実だ。この前、性質の悪いナンパの近くにいた警察官がそうだったように。


「で、おそらくは海外への逃亡を図ったんだろうが、その際に裏組織と接触したっぽいんだ。多分だが、彼女自身はその時に」


 雲行きが怪しくなってきた。彼女のところもロクでもない親だと分かり、僕は無意識のうちに奥歯を噛む。


「あれ、お兄ちゃんにローズ君じゃん。おーいっ!」


 続きを聞こうかと思った矢先に、二人して声をかけられた。顔を上げてみると、一人の滅茶苦茶可愛らしい女の子が、こちらに向かって手を振っている。短い黒髪に碧眼。目と同じ青いリボンを頭につけ、学校指定の黒基調のセーラー服に赤いパータイをした、同じくらいの背丈の女の子。僕の双子の妹である、上運天(かみうんてん)ツギコだった。あれが天使か。


「お兄ちゃん達よく一緒にいるよね。仲良しなの?」

「そうだよツギコ。僕とローズはマブダチなのさ」

「いや、店と客の関け痛ァッ!?」


 駆け寄ってきてくれたツギコに、僕は笑顔で返した。可愛らしい顔立ちと控えめな胸。彼女の可愛さの前には、スタイルの良し悪しなんて二の次だ。胸なんて飾りさ、偉い人にはそれが解らないんだよ。

 空気を読めないイケメンの脇腹に肘を入れると、視線で指示を飛ばす。オラ、お前には金払ってんだからな、しっかりやれ。


「そ、そうだよツギコちゃん。お兄さんとは、仲良くさせてもらってるぜ」

「そうなんだ。二人が仲良しなら、わたしも嬉しいっ」

「ツギコが嬉しそうでお兄ちゃんもすっごく嬉しいッ!」

「このシスコンが痛ァッ!?」


 僕は先ほどと寸分違わない位置に肘を入れてやった。誰がシスコンだ、家族愛が深いと言え。お前だって家族の為に情報屋してんだろうが、一緒だよ。


「そうそう、聞いたよお兄ちゃん。わたしに隠れて許嫁を作ってたなんてっ!」

「うぐッ」


 ツギコに痛い部分を突かれ、苦しい声が漏れる。クレハさんのことは背後関係が不明過ぎるので、彼女には何も話していなかったのだ。言わなきゃバレないと思っていたが、どうも前日のキス事件で一気に有名になってしまったらしい。


「ご、ごめんねツギコ。じ、実はな、お兄ちゃんも色々といきなり過ぎて、心の整理が全然」

「ふーんだ。それならそうと相談してくれれば良かったのに」


 ツーンとした態度のツギコ。うーん、可愛い。脳内SSDに永久保存しておかなきゃ。


「ねー、酷いよねー、ローズ君」

「そうだな、酷いぞお義兄ちゃん」

「誰がお義兄ちゃんだ僕は認めないぞ次そう呼んでみろ貴様に明日の朝日は拝ません」

「もー、そんなツンケンしないでよー。ローズ君はわたしの彼氏さんなんだからー」


 実はツギコとローズは付き合っているのだ。Pカードに恋人登録も済ませている、公式カップリングというやつだ。もちろん、僕が間に入った。何処の馬の骨とも解らん輩にツギコを取られるくらいなら、いっそこちらであてがってやった方が安心する。そう思った僕はベルさんに相談し、彼女がローズを紹介してくれた。

 彼はモテるし、何よりも守銭奴であるが故に、金さえ払っておけば義理は果たしてくれるという信用もあるらしい。紹介されたままに僕は金を積み、彼氏役をお願いすることにしたのだ。下手に手出しもさせないようにと、手を繋ぐより上のことをしたら殺すと契約書もまとめてある。これで一安心だ。もちろんツギコには言っていない。


 と言うか、僕はツギコに隠し事をしまくっている。つい昨日からなくなりはしたものの、クラス内で虐められていたこと。警察に就職してクラスメイトを守っていること。彼氏であるローズを雇っていること。心的蓋章トラウマのこと。僕はツギコに対し、何一つとして明かしていなかった。それもこれも何の為か。


「僕はお前に幸せになって欲しいだけなんだッ!」

「気持ちは嬉しいんだけどさぁ」


 全てはツギコの為だ。僕に残された、たった一人の家族。降りかかる危険からツギコを守っていく為に。彼女の生活費や諸々を支払っていく為に。僕は彼女の為に生きていると言っても、過言ではない。


「じゃあ、そろそろ行くね。二人ももうすぐ行かないと、授業に間に合わないよー」

「おっ、本当だ。ありがとうツギコ」

「ローズ君も、またデート行こうねー。じゃあ、わたしはこの辺で。お兄ちゃんも頑張ってね」


 バイバーイと手を振って、ツギコは駆けていった。


「んじゃ、あとの情報はチャットでよろしく。もし期限を破ったら、そのイケてる面をハチの巣にしてやるからそのつもりで」

「あいよ。ったく厳しいクライアント様だぜ」

「あとツギコとデートに行った話は聞いてないので、報告書にまとめて送るように……まさかキスしてないよな?」

「してねーって、オレは金の絡んだ契約だけは破らねーからッ!」


 ふむ、確かにこの様子なら何もしてなさそうだね。一応、後でツギコにも事実確認はしておかねば。頭の中でやることをまとめつつ、僕は教室へと戻っていった。

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