第四話 誰がスカッとジャパ●しろっつった


 次の日。僕が敷地内の学生寮から登校すると、男女を問わずにクラスメイト達が一斉に群がってきた。なんだなんだ。


「聞いたよ上運天君ッ、卜部さんと許嫁になったんですってッ?」

「許嫁になった決め手は何ですの? 是非教えてくださいましッ!」


 矢継ぎ早にかまされる質問に、僕の頭が追い付いてこない。順番に回答すると、卜部……違った、名前呼びだった。クレハさんと許嫁になったのは本当で。決め手は彼女の背後関係について、詳しく調査する為だ。うん、こんなこと素直に言える訳もない。


「おーおー、男子失格よぉ?」


 すると不機嫌な顔のテツヤがやってきた。彼が来たことで、クラスメイト達が僕から離れていく。後ろにはジュンヤとノブの姿もあった。昨日襲われた癖に元気そうだ。保健室のベルさんのとこに放り込んできたけど、どうやら異常はなかったらしい。


「テメーが卜部さんの許嫁だぁ? ふざけんじゃねーよッ!」


 テツヤは僕の胸倉をつかみ上げると、大声で威圧してくる。


「なんでテメーみてーな野郎が卜部さんの許嫁なんだよ、はぁぁぁ?」

「まあまあ、落ち着いてくださいよテツヤさん。どうせ金か暴力で無理矢理とか、そんなオチに決まってますって」

「そーそー」


 テツヤのがなり声に合わせて、ジュンヤとノブが調子を合わせている。お金は違うけど暴力には心当たりがあるから、なんとも微妙な心地だ。


「ま、どーせジュンヤの言ったこったろうがよぉ。おい、男子失格。今すぐに別れろ」


 メンチを切るレベルで僕に顔を近づけてきたテツヤは、僕にそう凄んできた。


「テメーと卜部さんじゃ、釣り合わねーんだよ。彼女には俺みてーな純血でレベルの高い人間こそ相応しい。だからさっさと別れて、俺と卜部さんが許嫁になるように仕向けろ。いいな?」

「いやー、それは」


 僕は言葉を濁した。心的蓋章トラウマ持ちのクレハさんだけは、君に任せる訳にはいかない。


「あ? なんだテメー、俺の言うことが聞けねーのか? あああッ!?」


 色よい返事が聞けなかったことで更に怒ったテツヤが、僕を突き飛ばした。壁に激突した僕は背中を強かに打ち付け、弾みで壁に埋め込まれている掲示物用の液晶パネルが揺れている。痛い。


「変な音がしたけど、どうかしたのかしら?」


 ちょうどその時、クレハさんが教室に入ってきた。


「ああ、卜部さん。何でもねーよ、そこの男子失格が転んで、壁に激突しただけだからよ。なあ?」

「あらそうなの。大丈夫、ハジメ君?」

「なッ!?」


 テツヤがいつものように適当な誤魔化しをしたが、その直後に驚きが入ることになる。クレハさんが僕を心配して、しゃがみ込んだからだ。


「痛くない? 何処か怪我はしてないかしら? 念の為に保健室で診てもらいましょう。何かあったら大変だわ」

「う、卜部さんよォッ!」


 僕らのやり取りに割り込んでくるのが、テツヤであった。


「き、聞いたんだけどよ。そ、そこの男子失格の許嫁になったって、マジ?」

「ええ本当よ、ほら。私、彼の許嫁になったの。惚れちゃったのよ」

「ほ、惚れたァァァッ!?」


 証拠にとPカードを見せたクレハさんに対して、テツヤが素っ頓狂な声を上げている。クラスメイト達もにわかにざわつき始め、教室内に動揺が走った。


「こ、こんな奴の何処に?」

「彼、意外と力も強いし、話も洒落が効いてるし。共通の話題もあって、私と相性ピッタリ」


 力が強いのは訓練しているから。洒落が効いてる話は、昨日の軽口の応酬。共通の話題とは、おそらく心的蓋章トラウマのことだろう。


「ち、力なら俺の方がスゲーぜ? ユーモアだってあるし、共通の話題ならいくらでも作ってやるからよ。こんな奴止めて、俺にしておかねえ? な? な?」


 クレハさんに未だに未練があるのか、テツヤが猛烈に露骨なアピールをしている。


「ありがとう、気持ちは凄く嬉しいわ。でも、ごめんなさい。私ね、もう彼にゾッコンなのよ」

「そ、そんな。こ、こんな美人が、男子失格なんかに」


 めちゃくちゃ落ち込んでいるテツヤもそうだが、僕にも戸惑いしかない。


「こんなことしちゃうくらいには」

「ッ!?」


 不意打ちを食らった。衆人環視の中、僕はクレハさんにキスされたのだ。テツヤやその他男子が絶望的な声を上げ、女子からは黄色い声が上がっている。僕の神経は当たっている彼女の唇と温かい吐息、口の中を這い回る舌に全てを持っていかれていた。柔ら、かい。


「しちゃった」


 すっと唇を離された後。上手く言葉を紡げないでいる僕に向かって、クレハさんがしてやったりといった顔で笑いかけてくる。ペロリ、とご丁寧に舌を出して。


「う、嘘だァァァッ!」


 テツヤが声を上げながら教室を後にした。おい待て、勝手にいなくなるな。僕の心配を他所に、クレハさんは妖艶な笑顔を向けてくる。


「ハジメ君。不束者だけど。これからもどうか、末永くよろしくね」


 教室内に歓声が湧いた。ヒューヒューというからかうような声や、キャー素敵ー、なんて黄色い声を上げる女子もいる。


(本当に何なんだ、この人。勝手に、キスなんか、してきやがってッ)


 僕はニッコリと笑っている彼女の前で、キスされた唇を袖で拭うことしかできなかった。湧き上がるのは、疑念のみ。彼女の目的は何なのか。クラスメイトに仇なす存在なのか否かを、早急に見極めなければならない。

 加えて、僕の中には一つの確固たる思いがある。問答無用で襲い掛かってきて、こちらの事情を汲みもしないままに許嫁を強制され。挙げ句の果てにはキスまでされたんだ。いくら彼女が美人とはいえ、これで好意を抱けっていう方が無理ってもんだろう。


 何が言いたいのかというと、僕はクレハさんのことが大っ嫌いだ。

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