第三話 そこ退けそこ退け、弾丸の凱旋だ
僕が顔を覗かせた時には、ちょうどおじさんが、テツヤを羽交い絞めにしていたところだった。
「今時ラブレターとは、また古風な。今度は一体どんな奥ゆかしい子が誘ってきてくれたんだ? やっぱ俺みたいな純血はモテるムググッ!?」
「大人しくしろ」
手袋をした手で彼の口元をハンカチで塞いでいる。しばらくジタバタと抵抗していたテツヤだったが、やがて糸が切れた人形のように動かなくなった。
「ターゲットを確保。これより搬送に」
「はーい、そこまで」
もちろん、そんな光景を見て止めに入らない訳もなく、僕は悠々と顔を出してみせた。こちらを見たおじさんの顔に、一気に驚きが満ちていく。頭頂部は薄く、中肉中背。皺と出来物の多いその顔は、見たところ働き盛りの五十代ってとこかな。
「ちょーっと見させてもらったけどさ。おじさん、無理やりどっかに連れ去ろうとしてない? それ、犯罪だよ」
「チッ。見られたからには生かしておけん。死ねェッ!」
問答無用のまま、おじさんがナイフを投げてきた。切っ先は僕の胸めがけて飛んできており、突き刺されば致命傷もあり得る。
「ま、そんなこったろうと思ったよ。【
僕は尻ポケットに入れていたライトニングホークを抜き、飛んでくるナイフに向かって弾丸を放った。僕の
「なァッ!?」
「民間人の意識を無理矢理奪った暴行。僕に対する殺人未遂。清掃員を騙って学校に入ってきた不法侵入等、諸々の罪で現行犯逮捕だ。【
驚いているおじさんに向かって、僕は続けて弾丸を放った。
「クソッ、警察の上に、テメーも
おじさんは身を屈めて弾丸を避ける。同時に細長くて短い黒い笛を取り出して、息を吹き込んだ。音は聞こえなかった。
途端に、おじさんの足元から白緑色に光る何かが現れる。四足歩行で身体の至るところからトゲのような突起が生えており、顔にあたる部分に至っては縦に割れ、鋭い牙が覗いていた。どう見ても神話生物にしか見えない。その生物を狙って僕は再度通常弾を放ったが、縦に開いた口であっさりと噛み切られてしまった。
「やれ、ポチッ!」
「GUAAAAAAAAAッ!」
「どんなポチだよ。【
あの見た目で元は犬なのかよ。咆哮を上げて突進し、噛みつきにかかってくるポチ。僕はリロードもしないまま、通常弾から鉛製の散弾に切り替えて何発も放ったが、縦に開いた牙に全て防がれた。
「チィッ」
飛び掛かってこられたが、何とか身を屈めて横に飛んで回避する。地面を転がった僕が舌を打ちつつ顔を上げると、ポチと目が合った。
「いいぞポチ、やっちまえッ!」
「GUAAAAAAAAAッ!」
飼い主の激励を受けたポチが、再び僕に噛みつこうと口を開いて飛びついてきた。起き上がったばかりの僕はロクに身動きできなかったので、噛みつきを左腕で受け止める。
「痛ゥッ」
縦に開いた口が一気に閉まり、僕の左腕を噛み切ろうとしている。身体から飛び出しているトゲの所為で下手に蹴りも入れられないが、この状況は僕にとってもチャンスだ。
「【
「KYAUNNッ!?」
ひと噛みで噛み切れなかったのが、運の尽きだ。僕はポチの口内に銃身を突っ込むと、容赦なく引き金を引いた。放たれる何発もの散弾がポチの体内を無慈悲に貫いていき、甲高い悲鳴のような鳴き声が上がる。
「貯蓄の一角はふっ飛んだけど、買って正解だったね」
ポチの牙が離れ、破れた僕の学ランの袖の下からは灰色のチョッキが現れた。防刃防弾の万能チョッキ、これで命が拾えるなら安いもんだ。噛まれた左腕の部分がボロボロになっちゃったから、また買い直しだけれども。
「ポチッ、ポチッ? しっかりしてくれッ」
「【
「や、やめろォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「ぐあッ!?」
地面に倒れ伏したポチにトドメを刺そうと、僕が銃口を向けたその時。走ってきたおじさんが僕に向かって体当たりをしてきた。僕は既に引き金を引いており、銃口が明後日の方向を向いた直後に散弾が放たれる。ピキ、っというガラスにヒビが入ったかのような音が聞こえた。
「ぎゃあッ!?」
突き飛ばされた僕が顔を上げると、犬笛を持っていた右手の甲を抑えているおじさんがいた。破れた手袋の合間から垣間見えている、白く浮かび上がっているヒビの入った紋章も。あれは、まさか。
「お、俺の
大きさは様々だが、
「ああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
いつの間にか、ポチが掻き消えている。おじさんは金切り声を上げていた。
「違う違う違う違うッ! 俺は、俺はそんなつもりじゃなかったんだポチッ。アイツらが、アイツらが悪いんだ。見せしめにしなきゃ納得しなかったんだ。お前は良い子でお座りしてくれてただけのに、しかもアイツらは自作自演だなんて抜かしやがって。結局は関係なかったなんて。お前さえ信じていれば。俺は、俺はぁぁぁああああああああああああああああああああああああああッ!」
両手で頭を掻きむしりながら絶叫しているおじさん。その姿に圧倒されてしまい、僕は全く身動きが取れずにいた。
あれが、
「あ――……っ」
少しして、おじさんはパタリと倒れて動かなくなった。念のためにと近づいて脈を確認してみると、まだ生きてるみたいだ。
「午後16時35分、犯人確保。テツヤも無事だね」
僕は懐から取り出した手錠を、おじさんにかけた。これが、僕の仕事。警視庁治安維持部
深刻な少子高齢化と治安の悪化に伴って、僕たちのような日本人の少年少女の存在価値は上がった。労働力に、免税や補助金目当てに、愛玩に。利用用途はいくらでも考え付く。彼らを保護しようと将来学院が作られたが、このおじさんみたく侵入して誘拐しようとする輩は後を絶たない。特に純血が多いA組の子どもなんかは、更に価値がつり上がる。
そんな魔の手から密かにみんなを守るのが、僕に課せられた任務。可愛い我が子が安心して学校生活を送れるようにという、上級国民様からの直々のお達しだ。だから例えこのテツヤだろうが、同級生というだけで無条件に僕の守護対象になる。虐めてくるコイツでさえ、僕は守ってやらなきゃいけないんだ。
薬をかがされた彼の容体も確認してみたけど、規則正しい寝息が聞こえてくるばかりで異常は見られない。どうやら眠っているだけみたいだ。良かった。
「でも念のために検査はしておいてもらわないとな。早くベルさんに連絡を」
「見ちゃった」
誰かの声がした。僕は急いで振り返り、ライトニングホークを向ける。視線を向けると、そこには。
「卜部、さん?」
「こんにちは、上運天君」
ちょっと前に転入してきた彼女、卜部クレハさんがいた。
「なんで、ここに?」
「お散歩してただけよ。こんなに広い学校初めてだから、色々と気になっちゃって。そしたら変な声が聞こえてきたから、覗いてみたら」
どうやらさっきのおじさんの絶叫を、聞きつけられたみたいだ。事情を知られた以上はこのままにしておく訳にもいかない。まずは説明を。
「……まさか上運天君が、私と同じ
「なッ」
と思ったら、卜部さんが僕に向かって突進してきた。その右手に、虚空から現れたハサミを構えて。
「あなたの
僕はすぐに倒れている二人から離れて、彼女を迎え撃った。彼らを巻き込む訳にはいかない。手に持ったライトニングホークでもって、ハサミを受け止める。
「あら、ずいぶん頑丈ね。ただのモデルガンかと思ったんだけど、本物なの?」
「なあに、ただのモデルガンさ。ちょっとばかし、改造しただけだよ」
僕は卜部さんから距離を取ろうとしたが、彼女はそれを許さない。そのままハサミでもって、接近戦を仕掛けてきた。縦横無尽に振るわれるハサミを、僕は右手のライトニングホークだけでなんとかしのぐ。この距離じゃ、構えて撃つ隙がない。
「クラスじゃおどおどしてたけど、あれは演技だったのね。随分と饒舌で、ダンスがお上手じゃない?」
「君みたいな、綺麗な人とは、社交ダンスとか、踊りたかっ、クッ!」
何とか軽口を返すけど、実際はいっぱいいっぱいだ。ボーリング玉を握力だけで掴んで放り投げた程の馬鹿力に加えて、この技量。卜部さん、明らかに戦い慣れてる。いつの間にか左手にもハサミを持っており、両手からの攻撃で苛烈さが増していた。駄目だ、このままじゃジリ貧だ。
「【
「きゃあっ!?」
僕はハサミによる剣閃を防ぐ中で、無理やり地面に向けて発砲した。着弾した地面から放たれたのは、眩いばかりの閃光。こうなることが解っていた僕はまぶたを閉じていたが、彼女はそうはいかなかったみたいだ。目が眩んだことで視界が塞がり、攻撃されないようにと、やたらめったらにハサミを振り回している。その隙に、何とか距離を取ることができた。
「へぇ。モデルガンっていうよりは、放たれる弾丸の方があなたの
「ご明察。ま、君ほどの相手に隠したまま勝てるとは思ってないさ」
僕の
「っていうか、もう見えるようになったの?」
「ええ。ありがとう、心配してくれてるの? 優しいのね」
「目くらまししたの僕だけどね」
下がりながら撃ってやろうかと思ったのに、卜部さんはもう目を開けていた。回復早いね。
兎にも角にも、距離を取ればこっちのものだ。彼女の
「で、降参する気はない? 距離はこっちの味方だし、僕としても同級生を撃ちたくない。陽も暮れてきたし、今なら取り調べ室でカツ丼も出すよ」
「夕食付きなんて、とっても魅力的な提案ね……でも」
卜部さんは両手いっぱいに万能ハサミを出現させた。あっ、嫌な予感。
「まだ十二時の鐘は鳴ってないわっ! 【
流れるような動きで、卜部さんは両手に持ったハサミを、一斉にこちらへ投擲し始めた。彼女の両手が振るわれる度に、数多のハサミが襲来する。
「【
僕も
一端身を引くか。いや、下手に下がったら校舎裏から身体を出してしまいそうだ。これ以上他の誰かに見つかれば、いよいよ言い逃れができないかもしれない。クラスメイトや他の学生に極力気が付かれないようにという、クライアントの意向もある。なるべく内密に終わらせなければならない。
諸々を考えた結果、僕も卜部さんに突進した。事情に加えて、引いたら負けるというそんな予感もあったからだ。撃つ僕と投げる彼女。二人の距離はどんどん近くなっていき。
「チィッ」
「んふ」
接触する前に、互いに動きを止めた。卜部さんのハサミはこちらの喉元に突き付けられ、一方で僕も彼女の眉間に銃口を突きつけている。ああ。卜部さん、本当に強い。嫌になるくらいだ。
「気に入ったわ、ハジメ君」
「お気に召したなら恐悦至極。いきなり名前で呼ばれると、こそばゆいね」
「あら、案外シャイなのね。ますます気に入ったわ……だからね、ハジメ君」
ハサミを下さないまま一呼吸おいて、彼女は微笑んだ。
「私の許嫁にならない?」
「ならない。僕は君が嫌いだ」
「でも私は好きよ」
これが齢十七歳にして受けた、僕の人生初のプロポーズだった。そうだ、こんな感じだったな。
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