第二話 ボーリング玉は使い捨て
テツヤの一声で、卜部さんの歓迎会が始まった。場所は将来学院の敷地内にあるボーリング場だ。他の客たちがピンをなぎ倒す甲高い音が響く中、クラスメイト達はそれぞれのレーンに分かれていく。
「さあて、今日は卜部さんの歓迎会だッ! 思う存分に騒ぐぞーッ!」
ちなみに僕も呼ばれはしたけれど、どのレーンにも入れてもらえていない。わざわざ病院の予約もキャンセルしたってのに、この仕打ちだ。いつものことだけど。
「ボーリングなんて初めてよ。楽しみだわ」
「マジかよ、卜部さんやったことねーの? よーし、この俺が手取り足取り教えてやるぜ」
主役である卜部さんが、テツヤにウザい形で絡まれている。彼とその取り巻きに囲まれている彼女を見ながら、僕は事前情報にあった内容と照らし合わせていった。
卜部クレハ。十七歳。昨年の健康診断の結果では、身長175cm。体重61kg。スリーサイズはセンシティブだから割愛して、転入試験は全て模範解答と一致するという全教科満点を叩き出し、A組に転入が決まった。兄弟姉妹はおらず、父親は外資系企業に勤めるサラリーマン。母親はそこの受付嬢で純血の日本人。収入的に裕福と言えない中流階級の家庭だが、娘の異常な成績の良さと学費が免除になることもあって、他県からこの将来学院に転校してくる。
現在は親元を離れて、街中のアパートで一人暮らしを始めたと、こんなところかな。経歴について、特に怪しい部分は見られない。勉強できる子がこの将来学院に入って一発逆転を狙うのは、今の世の中じゃありふれたことだし。ちなみに彼女の中でひと際異彩を放っている首輪は、そういうアクセサリーらしい。うん、まあ。趣味趣向は人それぞれだよね。
「それで卜部さん。彼氏はおりますの?」
テツヤ達と共にボーリング玉を選んでいる中、歩み寄ってきたマギーさんが目を輝かせていた。今の世の中、恋人の有無は最早聞いて当たり前の話題だ。
「実はね、今いないのよ。だから彼氏募集中よ」
「おっ、マジかよ。なら俺なんかどうだい? 現内閣を組織する、塩々崎大臣の一人息子で、両親共に日本人の純血。今は九人の恋人と四人の許嫁がいるが、君ほどの美人なら許嫁でも良いぜ?」
話を聞きつけたテツヤが、右腕にあるスマートウォッチでこれ見よがしにPカードを出した。空中に表示されたPカードには、純粋な日本人にのみ許された純血の文字。更には恋人欄に9、許嫁の欄に4と書いてある。ハーレムが合法化したからって凄い数字だね。
今の世の中、恋人の数は一種のステータスだ。一人の人を生涯愛しますっていうのもなくはないけど、統計上は比較的少数派らしい。
「ありがとう、とっても嬉しいわ。でもまだ出会ったばかりだし、ゆっくり考えさせてね」
卜部さん、あしらい方が上手だなあと思った。やがてゲームがスタートする。ストライクを出してガッツポーズをしたテツヤの後で、卜部さんの番となった。
「まずはやってみようぜ。最初から意外と上手く転がせることもあるし……って卜部さん。ず、随分重たいやつ選んだんだな」
「そう? これ、そんなに重いかしら」
一番重たい黒色のボーリング玉を構えた卜部さんを見て、テツヤが顔を引きつらせている。首を傾げている彼女だが、意外と力持ちらしい。レーンの前に立った彼女はゆっくりと歩き出し、手に持ったボーリング玉を振りかぶった。
「ん?」
僕は引っかかりを覚えた。気のせいか。卜部さん、ボーリング玉の穴に指を入れないまま、普通に振りかぶっていなかったか。まさかあれ、握力だけで握っているんじゃ。
「えい」
「うわぁぁぁああああああああああああああああッ!?」
卜部さんが放ったボーリング玉はレーンを転がることなく、宙を舞った。テツヤ達が悲鳴を上げている。放物線を描いて飛んでいくボーリング玉は、並べられていたピンの全てを粉々にし、激しい音を立てながら奥へと吸い込まれた。表示されたスコアはストライクだった。
「あら、壊れちゃったわ。もしかしてピンとボールって、使い捨てだったのかしら?」
「「「 」」」
心底不思議そうに呟いている卜部さんに対して、僕らは言葉を発せずにいた。やがてすっ飛んできた店員に対して、テツヤが事故だったと必死になって説明をしている。うん、なんか、同情するわ。
その後は要領を掴んだらしい卜部さんとクラスメイト達で、普通にボーリングを楽しんでいたのだが。異常な怪力を見せつけてしまったが故に、彼女は敬って遠ざけられるという、何とも微妙な立ち位置になった。ただ、黙っていれば美人だ。諦めの悪いテツヤ等の一部の男子は、果敢なアタックを仕掛けている。彼女に上手く受け流されてはいたけども。
「クレハさん、おはようございますわッ! 教えていただいた小説、素敵でしたわーッ! 次はわたくしにも紹介させてくださいまし」
「もちろんよ、マギーちゃん」
「卜部さん。何かわからないことがありましたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「……ありがとうございます、小柳津先生」
そんな中でも人の良いマギーさんは、彼女とよく話していた。更には小柳津先生も、彼女のことを気にかけてくれている。少し気になる点としては、先生と話す時の彼女がぎこちなさそうに見えたことかな。
「っと、あれは?」
ある日。授業も終わった僕が高等部の校舎内を見て回っていると、テツヤが校舎裏に消えていくのが見えた。彼の後を追うようにしてついていった、清掃員の服を着たおじさんの姿も。
「へー」
もちろん、僕もついていった。言っておくけど、これはただの興味本位じゃないよ。あのおじさんの立ち振る舞いが、一般人のそれじゃなかったからさ。
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