第十三話 秘密はバレるか打ち明けるもの
海からの帰り道。爆睡しているツギコをローズに任せ、僕はクレハさんを送っていくことになった。今の僕は、白いポロシャツにジーンズ姿。彼女は黒いロングスカートのワンピース姿だ。
本当は僕がツギコを送っていく体で、クレハさんとは離れたかったんだけど。事が終わった後、何かを察したローズが、さっさとツギコを連れて行ったのだ。ちなみにクレハさんとあれこれしている間に、あのおじさんは取り逃がしてしまった。抜かった。
「今日はごめんなさい、ハジメ君」
二人きりとなり、将来学院まで戻ってきて。学校の敷地内を二人で歩いていた際、不意に、彼女が口を開いた。
「その、いきなりあんなことになって……迷惑、だったわよね? 本当にごめんなさい。私なんかじゃ」
自分を卑下するように、後悔しているかのように俯いているクレハさん。僕はそこで、はたと気が付いた。あのお香の所為とはいえ、女性から求められたのに、僕は拒絶した。つまり、彼女を傷つけてしまったのではないか、と。
「そ、そんなこと、ないさッ! クレハさんが魅力的じゃないから、断った訳じゃない。僕はただ、お香の所為で変になってるから」
「ううん、違うわ。結局は、私なんか」
自己嫌悪に陥っている彼女を見て、僕は段々とバツが悪くなってきた。誰の所為かと言われたら、百パーセントあのマッサージジジイの所為だけど。彼女を受け入れなかったのは、僕でもある。それも、酷く個人的な理由で。
「あー、うん。違うんだクレハさん。違うんだよ」
もう話そうと、僕は思った。周囲を見やると、学校の敷地内ということで学生の姿はあったけど、姿は遠い。この距離なら聞かれないだろう。
「今回のことは、本当に僕の都合だけなんだ。君はとても綺麗だし、魅力的な女性だ。水着だって似合ってたし、僕なんかには、もったいないくらいの人だよ」
「き、急にどうしたのよ、ハジメ君?」
クレハさんが戸惑っている。そりゃ今まで邪険にしてた輩が、いきなり褒めちぎり出したら、困惑もするよね。でもそれは、僕の本心でもあった。
「だからこそ、僕は君を受け入れられない。前に劣っている男をどう思うか、って聞いたのは覚えているかい?」
「ええ、覚えているけど。ハジメ君が劣っているところなんて、どこにも」
「僕は男子失格なんだ」
無意識の内に、僕の視線は下がっていた。
「それってクラスの子がつけてた、嫌がらせのあだ名じゃないの?」
「そうさ、嫌がらせのあだ名だ。だけど悲しいことに、僕にピッタリでもあるんだよ」
クレハさんが顔をしかめている。まあ、当然だろうね。でもこの事情を知れば、納得せざるを得ないだろう。
「ッ」
一度口を開こうとしたけど、喉が詰まった。僕はもう一度、息を吸い込んだ。
「……僕は子どもが作れない身体なんだ」
「っ!」
遂に、僕は告白した。自分の持っている、一番大きなものを。
「男性器自体は不能じゃないし、ちゃんと出すこともできる。でもその中に、子どもの種となるものが全く存在しないんだ。恋愛が義務になって、子どもを作っていこうっていうのが今の社会。そんな中で誰と交わったとしても、子孫を残すことができない奴なんて。ほら、男子失格だろ?」
一度口にしてしまえば、後はもう勢いのままに話すことができた。子どもを作れない男。それが今の世の中で、どういうことになるのか。
「だから僕は、ツギコ以外の女の子と仲良くしたくないんだ。仲良くなって、万が一付き合ったり、結婚したりしても。僕は子どもが作れない。そうなると補助金だって、免税だって、できない」
「で、でもッ! 不妊治療の補助金だって、たくさん」
「もちろんそれもあるよ。ただ僕の場合は先天的なものらしくて、治る見込みがないんだ。今だって通院してるけど、進捗はサッパリ」
みんなが当たり前に利用している制度が、何一つ使えない。
「こんな僕と一緒になることはないよ。仮に結婚までこぎつけたとしても。幸せには、なれないから」
第三次ベビーブームの到来とも言われている今、僕みたいな人間は不要なんだ。
「このことを、ツギコちゃん、は?」
「言ってないよ。余計な心配かける訳には、いかないからね」
クレハさんは目を見開いたままその場で立ち尽くしている。仕方ないだろうさ。許嫁にした相手が、男子失格だったんだ。なんていう奴を選んだんだろうって、後悔もするだろうし。僕は視点の定まっていない彼女に、一歩近づいた。
「だから、さ。僕が悪いんだ。今日のことだって、君を受け入れたところで得られるのは、一時の快感だけ。普通の人が描ける未来は、絶対にあり得ないんだ。そう思ったら、何も、できなかった」
「ハジメ、君。あなたは」
「クレハさん、本当にごめん」
もう一度、僕は頭を下げた。深々と下げた。
「クレハさんは魅力的な女性だから、きっと良い出会いがある。今はちょっとドラマチックなことがあって、僕のことが良く見えてるかもしれないけど。ほら、ローズみたいなカッコイイ奴も、いっぱいいるしさ。僕に固執することはないよ」
「こんなことって、あるの? まさか、私と……もしかして、彼なら、本当に」
頭を上げてみると、クレハさんは一人でブツブツ呟いているばかりで、あんまり僕の話を聞いてくれていないような気がした。
「ッ。じゃあ、僕は先に帰るね」
彼女のその姿を見て、思わず拳を握りこんでいる僕がいた。情けない。僕は何かを、期待していたんだろうか。そんな弱い心を振り払ってしまおうと、僕は踵を返して歩き出す。
「ま、待って、待ってハジメ君っ!」
すると突然、クレハさんが駆け寄ってきた。
「どうしたのクレハさん? あっ、許嫁の解消かな。何なら今からでも」
「違う、違うわ」
振り返った僕の想定は彼女の力強い口調と、横に振られた頭の動きで否定された。
「私は構わないっ!」
「ッ!?」
その瞳に、言葉に、僕は身体を震わせた。飲み込んだ筈の期待が、湧き上がってくる。
「嘘、だ。こんな僕なんか、受け入れられる筈」
「嘘じゃ、ないっ。だって私、私ね。実は、あなたと」
「おや、どうしたんですか?」
いきなり声をかけられた。二人して振り返ってみると、そこには白髪交じりのオールバックで人の良さそうなおじさん。小柳津キョウシ先生がいる。
「卜部君に後見人関係のことでお話があったんですが。お邪魔でしたかな?」
「ッ。いいえ。大丈夫です、先生」
驚きつつも、僕は極めて冷静に返事をすることができた。第三者が来てくれたお陰で、茹っていた頭が冷えたからかもしれない。
「じゃあ、僕は先に帰るから。また学校でね、クレハさん」
そのまま僕は、逃げるようにその場を後にした。同情や安い慰めのつもりだったのかもしれないと、彼女の言葉を心から信じることができない。僕が居ても人並みの幸せを得られないのなら、いっそ最初から付き合わない方が、よっぽど彼女の為だ。
クレハさんは両親のこともあって、ずっと辛い目に遭ってきたんだ。今から幸せにならなければ、帳尻が合わない。そこに僕みたいなのがいたら、邪魔以外の何者でもないだろう。
「は、ハジメ君っ!」
僕はさっさと男子寮へ歩いて行った。自分を呼んでくれた彼女の声を、無視して。
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