第十二話 夏だ、海だ、テントを張れ
週末。僕の貴重な休みを潰して朝っぱらからやってきたのは、街の外れにある海水浴場だった。初夏の眩しい太陽に映える白い砂浜と、青い海が広がるここで、僕はまたため息をついていた。隣には既に水着に着替え終えたローズの姿がある。
「で、海にやってきた、と。学内のプールじゃダメだったのか?」
「ツギコが行きたいって言ったから」
青いブーメランパンツ姿なんだけど、ムキムキのコイツが着てると妙に似合っている。イケメンってずるい。黒いトランクスタイプの海パンに、日焼け防止の為にと灰色で長袖のスポーツウェアを着た僕とは、雲泥の差だ。
今日は俗に言うダブルデートってやつだ。クレハさんと二人っきりとか面倒くさいので、ツギコという天使を入れて中和するしかない。おまけで添えられたこのローズも、良い味を出してくれるだろう、という目論見だ。
「ごめんなさい、待った?」
「お待たせー、二人ともっ!」
僕らの元に、二人の女性の声がかかった。目をやってみるとそこには、水着姿になった天使の姿がある。僕は泣いた。
「お、お兄ちゃん、なんで泣いてるのっ!?」
「なんでも、ないよッ」
神々しい、これが芸術というやつなのか。ツギコは小ぶりで可愛い胸をフリルのついた白いオフショルダービキニで包み、紺色のデニム生地のパンツを合わせた姿だ。短髪の彼女のボーイッシュさと可愛さを両方引き出す、見事なコーディネーションと言えるだろう。
惜しむらくは、これが僕以外の人間の目にも映るということだろうか。こんな天使が衆目に晒されているなんて、やるせない気持ちで胸がいっぱいだ。
「おー、可愛い水着だなツギコちゃん」
「ありがとうローズ君っ! ほら、この前買ったおそろいのペンダントもしてるの。見て見てー」
「あー、あれ防水製だったか。失くすと嫌だから、オレは置いてきちまったよ」
「おそろいのペンダント、だと?」
僕は目に血が走るのを感じた。おい待て、なんだその羨ましいペアルックは。黒くて丸い宝石のようなペンダントを嬉しそうに見せてくれるツギコだが、僕はその話を聞いてないぞ。早速ローズを問い詰めねば。
「それよりもハジメ君」
そんな僕の視界を塞ぐようにして現れたのは、クレハさんだった。
「私の水着姿はどうかしら、許嫁君?」
僕より背の高い彼女が少し屈み、両腕で胸を挟むポーズを取ってみせた。白黒で牛柄の三角ビキニ姿の彼女が胸の谷間を強調してくるその姿は、まるでグラビアアイドル。巨乳で腰のくびれもあるスタイル抜群の彼女だからこそ、許されるポーズだ。
鼻の横一文字の傷も、銀の首輪もかすんじゃうくらいの彼女のその姿は……刺激的だった。僕は思わず目を背けていた。
「……あー、うん。綺麗だと思うよ」
「あら、意外ね。反応してくれるの」
例に漏れず、僕も思春期の男子だ。こみ上げる生理現象について、とやかく言うつもりはない。
「あっ、お兄ちゃん照れてる」
「なーんだ、スカしてると思ったが、そーゆーところは男の子なんだなお前も。クレハさん綺麗だもんなー」
「どうでも良いね。早く泳ぎに行こうよ」
僕はさっさと歩き出した。海の家で借りてきたパラソルを立てないといけないし、やることはたくさんある。ここで時間を無駄にして遊ぶ時間がなくなったら、ベルさんへの報告にも影響が出ちゃうからね。致し方なし。
「案外可愛いところがあるのね、びっくりしたわ」
「お兄ちゃんってば素直じゃないんですよ。苦労すると思いますよー?」
「ええそうね。でもその方が、愛し甲斐がありそうだわ」
「尻に敷きたい癖に尻に敷かれる方が似合ってそうだもんなあ、ハジメの奴」
誰かノイズキャンセリング機能付きのワイヤレスイヤホン持ってきて。外野がうるさい。耳に届く言葉を全部無視して、僕はクーラーボックスやパラソルの準備に取り掛かっていた。
あとローズ、お前には聞きたいことがある。後で男子トイレに来い。僕は覚えているぞ。
・
・
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「それじゃ、二人とも力を抜いてー」
「はーい。でもこっちから外が見えるなんて、なんか恥ずかしいですね」
「すぐに慣れるよ。そっちのお嬢さんも、準備は良いかい?」
「大丈夫よ」
今、クレハとツギコの二人は、海辺に停まっていたトラックの中のベッドにうつ伏せで横たわっていた。トラックの外からは中が見えなかったのに、中からは外の海辺が一望できる作りになっている。良い香りもしてきており、お香がたいてあるのが分かった。
午前中を海辺で遊び、海の家でお昼ご飯を食べた後の午後。ハジメがローズを呼び出して、共にお手洗いに消えた後。二人きりでいた彼女達に、声をかけてくるおじさんがいた。
「ねえねえ君たち、無料のマッサージに興味はないかい? 今なら若者特典で、疲労によく効くオイルもつけちゃうよ?」
「えっ。無料でマッサージが受けられるんですかっ!?」
(ふーん)
派手な赤い海パンに青いアロハシャツ姿のおじさんの話を聞いたツギコは、降って湧いた美味い話を無邪気に喜んでいた。一方で、ちょうど小柳津先生からのチャットを確認したクレハは、顔を上げて何も言わないままに微笑んでいる。
そのまま二人はおじさんに連れられてトラックに入り、入口でスマートウォッチも外して、ベッドに横たわることになったのだ。スマートウォッチを外す直前、クレハはチャットの予約機能を設定した。
「はい、じゃあ背中の紐を取るね」
「きゃっ」
「大丈夫大丈夫、うつ伏せになってたら見えないから」
「は、はい」
おじさんによって、水着の背中の紐がほどかれた。ツギコはびっくりして声を上げていたが、クレハは特に動じた様子はなかった。
「じゃあオイルかけまーす。ちょっと冷たいからねー」
「きゃっ。冷たいっ、ヌルヌルするー」
「ははは、冷たいって言ったでしょ? じゃあ、広げていくねー」
「あぁぁ、気持ち良いぃ……すぴー」
「も、もう寝てるッ!?」
いやらしく笑ったおじさんは仰天した。ツギコが即座に寝息を立て始めたのだ。
「ま、まさかもう寝ちゃうとは。じゃ、じゃあ君からやっていこうかな」
「ええ、お願いするわ」
戸惑ったおじさんだったら、それならばと言わんばかりにクレハへと移った。彼女の背中に塗ったオイルを、彼は手で塗り広げていく。
「ああー。クレハちゃん、ちょっと凝ってるねえ。ほぐしていくよ」
「んっ、あっ」
おじさんがクレハの背中を揉み始めた。ツボを刺激されたからか、彼女は声を漏らしていく。
「んん……ふう。あっ」
「我慢しなくても良いからねえ」
肩、背中、腰と順番にほぐされていき、クレハは溜まった疲れを抜いていくかのように息を吐いた。
「はーっ、はーっ、あっ、んんんっ」
いつしか、クレハは息を荒くし始めていた。顔が蒸気し、汗が流れ始める。暑くなってきたのか、息遣いの合間に舌を出していた。
「んんっ!? そ、そこ、は」
おじさんはクレハのお尻の周囲を揉み始めていた。お尻にこそ触ってはいないが、付け根や太ももの裏側を丹念にほぐしていく。あまりの気持ちよさに、彼女はピクっと身体を震わせていた。
「あっ、あんっ! んん、く、ふぅぅぅっ」
「お香も効いてきたねえ。遠慮しなくて良いからね、どんどん気持ちよくなって」
「【
すると入り口のところから声が響き、直後に扉が開いた。そこから一人の男が、中へと侵入してくる。
「こーんにちはー」
びっくりした彼が顔を上げると、入口の所にはニッコリと笑ったハジメの姿があった。ただし、目は笑っていなかった。
・
・
・
僕はマジックミラー号に乗り込むと、そこに横たわっているクレハさんとツギコの姿を確認した。
「お、お前は一体? 電子錠がかかってた筈」
「あー、はいはい鍵ね。そんなもん電磁パルス弾を撃ちこんだら開けてくれたよ。それよりも」
特にツギコだ。水着の背中の紐が外されたまま、うつ伏せでベッドに横たわっている彼女。今の所は寝ているみたいで、パッと見た感じ外傷はなさそうだ。無事なのは何よりだが、問題はそこじゃない。
「お前、ツギコの身体に触ったな? 何をどこまでしたか、簡潔に答えろ」
僕はライトニングホークをおじさんに構えたまま、尋問を開始した。
「い、いや別に。背中にオイル塗っただけで、まだ何も」
「背中にオイルを塗った? つまり、ツギコの水着の紐を外したり背中を触ったりしたんだな、よーくわかった、お前は死刑だ今ここで死ね、【
「ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああッ!」
話を聞けたので、尋問を実刑に変えた。僕がしこたま弾丸を撃ちこんでやると、おじさんは悲鳴を上げながら倒れ伏す。あっ、ちゃんとゴム弾使ってるから、死にはしないよ。僕はこれでも警察だからね。ただ抵抗されたから、必要以上に弾丸を撃ちこんじゃっただけさ。他意はないよ、ホントだよ。
そのまま僕はライトニングホークを構えて、天井、机の合間、壁に設置されていた小型カメラを全て撃ち壊してやった。
「くー、すぴー」
ここまでの騒ぎにしたのに、一向に起きてこない最愛の妹に驚愕を覚える。最悪バレても良い覚悟で乗り込んできたけど、どうやら杞憂だったみたいだ。そっと彼女の容体を確認しつつ、水着の紐を縛り直してやる。
「は、ハジメ、君」
僕は声をかけられた。顔を向けてみれば、そこにはうつ伏せのままこちらをみているクレハさんの姿がある。
「あっ、クレハさん。そっちも無事だったん」
「ハジメ君っ!」
すると、クレハさんは起き上がり、いきなり僕に抱き着いてきた。思わず受け止めた僕だったが、彼女はそのまま僕諸共ベッドへと倒れこむ。
「ッ!?」
僕は更に驚愕することになる。僕の身体に密着した彼女の飽満な胸の感触。床に落ちている、彼女がつけていた筈の黒い三角ビキニ。これらを総合すると、彼女は今、何もつけていない状態のまま僕に抱き着いていることになる。柔らかい胸が、素肌のまま、スポーツウェア越しに僕の身体に。
「私、おかしいの」
クレハさんが僕の胸元で顔をあげると、潤んだ瞳のままに甘い声を吐いた。
「頭がぼーっとして、身体が熱くて、良い匂いがして。何も、考えられないの……ねえ、ハジメ君。私、どうしちゃったのかしら?」
「ど、どうって」
原因はあのお香か。彼女から目を背けて横目で見れば、こうこうと煙を吐いている小さな壺がある。香りを嗅いでいると、段々と気分が高揚してくるように感じられた。おそらく僕より長い間お香を吸い続けた結果、意識が朦朧としているのかもしれない。
「ハジメ、君」
彼女は僕の肩に手を回し、耳元で憂いを帯びたような声色で、ボソっと呟いた。
「シて」
「ッ!」
クレハさんのこの胸が、この腰が、この息遣いが、この瞳が。全てが僕を誘ってきている。心臓も高鳴ってきて、僕の下の雄が首をもたげて、臨戦態勢に入ろうとしている。
ここまでしてきてくれている彼女に僕は、僕は。
「~~~~ッ!」
「きゃっ!」
必死で彼女を遠ざけ、床にあった水着を彼女に押し付けると、目を背けた。
「早くつけて。扉開けて、換気するから。そのうち気分も、良くなると思うよ」
「…………」
そんな僕に対して、クレハさんは何も言ってこなかった。
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