第二十五話 傀儡の末路はいつも切ない
「チィッ。この
僕は
「OOOOOOOOっ!」
炎に包まれたまま、
「私が行くわ。【
次に行動に出たのはクレハさんだった。両手のハサミを構えたまま、一発でも当たったら致命傷になりかねない両腕を搔い潜って、
すれ違いざまに彼女も両手を振るい、ハサミでもってゲル状の身体を切り刻んだ。みじん切りと言えるレベルの剣閃。
「OOOOOOOOっ!」
「これでも、駄目なの?」
顔を歪めたクレハさんの見る先で、バラバラになった筈の
「どうするのよハジメ君?」
「いや、この
僕は自分を鼓舞する為にも吠えた。無敵の
この
「OOOOOOOOっ!」
「なァッ、グハァッ!」
だが、振るわれたその腕は伸びた。ゲル状の身体は伸縮自在だったのだ。空中で身動きが取れない僕は、咄嗟に両腕を交差させて迎撃の態勢を取る。
「ガハッ!」
「ハジメ君っ!」
しかし殴り抜かれた衝撃は凄まじく、僕はその場から吹き飛ばされてしまった。先ほどのローズと同じく、壁に叩きつけられた僕。あまりの威力に脳が揺れたが、意識はまだ健在だった。
良かった、ベルさんにしこたまボコられる訓練を受けてて。痛みに慣れる為だよ、なんてパワハラの言い訳かと思っていたが、よもやこんな所で役に立つとは。
「この、よくもハジメ君を、【
怒ったクレハさんが、
「思い、出せ。奴の、
僕は小柳津キョウシという人間の情報と、今までのやり取りの中にヒントがないかを、必死になって思い返し始めた。
まずは基本情報だ。小柳津キョウシ、42歳独身。二年前に将来学院の教員として採用され、数学の担当教員として教鞭を振るう。水泳が得意で生徒受けは悪くなく、一年後に特級であるA組の担任となり、二年生になってもクラスを持ち上がった。その実態は裏社会の人間であり、裏組織である黄昏の傀儡のボス。綿密に計画を立て、クレハさん等の構成員を揃え、今回の二年生を丸ごと誘拐した。
ここまでは良い。次は奴の
ここまでの情報で、僕は一つの違和感を持った。
「待て、よ。奴は、独身だった、筈。なら何故、自分の
『良い子だ。全く、妻とはこうあるべきだな』
「そう、だ。奴は、そんなことも」
基本情報では独身であったが、妻がいなくなったからこそ独身になったと考えれば、辻褄が合う。キョウシが放っていた言葉と合わせて、
「だけど。それだけじゃ、
状況を打破するには、まだ足りない。大切なのはその先だ。妻がいないのであれば逃げられたか、あるいは死別したという可能性が高い。そこが突破口になりえる筈だ。
思い出せ、何かヒントになることを言っていなかったかを。最初のやり取りは良い。その後の戦闘でのやり取りにも、特に気になる点は。
「ん?」
いや、待て。一言、一言だけ気になることを言っていなかったか。
『チッ、浸水も始まっている。欲張っている場合でもないか』
基本情報の中では、奴自身は水泳が得意な筈だ。ならばいくら海水がこようが、泳げる自分ならさほど脅威にはならない。にも関わらず水が来ることを恐れ行動に移したということは、相応の理由がある筈だ。溺れる、死ぬ以外の何か奴にとって不利になることが。
「独身という嘘、死別しているであろう妻の存在、水への忌避感。
点であった今までの情報を並べ、順番に繋げていく。繋がった線を俯瞰して眺めてみると、一つの閃きを描き出していた。
「そう、か。そういうことだったのか。クレハさんッ!」
僕は
「ここの天井を切り裂くんだ、【
もちろん、僕とてサボっている訳じゃない。最初にもやったが、彼女一人ではシェルターの壁は切り開けないからだ。体内の
撃った後、僕の右肩には尋常じゃないくらいの反動が来た。肩口を支点に大きく一周し、ゴキリと変な音が聞こえてくる。当たり前だろう。通常なら戦車ぐらいの強靭な土台があって、初めて撃てるような砲弾だ。
激痛と共に、だらんと力なく垂れ下がる僕の右腕。動かないから、間違いなく外れただろう。せめて骨の無事を祈る。だけど、その甲斐はあった。轟音と共に僕の放った徹甲弾が、天井にめり込んでいたんだ。ヒビも入っており、僕はニヤリと笑みを浮かべる。
続けて飛び上がったのは、手に巨大な金切りハサミを持ったクレハさんだった。
「【
彼女の持つ金切りハサミが天井を無理矢理こじ開けた瞬間、おびただしい量の海水が中へと押し寄せてきた。海水は滝のように落下し、
「OOOOOOOOっ!?」
「
「思い、通り」
海水を受けた
「炎さえ効かなかったのに、どうして水なんかで?」
「多分、だけど。あの
近づいて来てくれたクレハさんに肩を貸してもらいつつ、僕は自分の推理を披露する。
「アイツが舌打ちしながら、浸水が始まったって言ってたんだよ。自身は水泳が得意な癖に、まだそこまで水も来てない時にね。つまり、少量でも水が来ることが、奴にとって不味いことだったのさ。結果は、ご覧の通り。弾丸も炎すらも効かなかったけど、自分の死因となった水だけは効果抜群だったって訳だ」
「OOOOOOOOっ」
目の前で海水をしこたま浴び、両手で頭を抱えて悶え苦しんでいる
「YA。メ、て。Aナ、たっ」
海水の中へと沈み切る直前、
「……ねえハジメ君。今のって」
「詮索は後にしよう。とにかく今は、キョウシの後を追わなきゃ」
溺死の原因も、察しはつく。クレハさんも勘づいたみたいだったけど、僕は首を振った。何せ今は時間がない。もたもたしていたら、キョウシに逃げられてしまう。
「それよりも身体は大丈夫なの?」
「動けるから問題ないよ」
垂れ下がった僕の右腕は、もう使えない。殴り飛ばされ、強かにぶつけた身体の各所も、痛みを放っている。万全とは口が裂けても言えないけど、まだ動ける。なら、行くしかない。ここで休んでいる暇はないんだ。
「でも結構足止めを喰らっちゃったし、最悪、キョウシはもう」
「大丈夫だよ、ほら」
沈んだ顔をしているクレハさんに、僕は大丈夫と言った。確かに彼女の言う通り、奴の逃走を許した可能性もなくはない。でも僕にはその心配はなかった。
「あ、あれ。彼は?」
クレハさんも気づいたみたいだね。さっきまで気を失っていた彼、ローズの姿がなくなっていたからだ。
「急ごうか」
僕はクレハさんから離れた。少しは回復してきたので、もう一人で歩ける。頷いた彼女と共に、僕はキョウシが逃げていった隣の部屋へと急いだ。
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