第二十五話 傀儡の末路はいつも切ない


「チィッ。この心的蓋章トラウマをとっとと片付けるッ! 【弾丸凱旋バレットパレード】ッ!」


 僕は傀儡伴侶ドールズワイフに弾丸を撃ち込む。放ったのは焼夷弾だ。突き刺さり、破裂したところから薬品が広がり、傀儡伴侶ドールズワイフの身体を炎が包んでいく。この心的蓋章トラウマがゲル状の生き物であれば、火によって蒸発しないかという目論見であった訳だが。


「OOOOOOOOっ!」


 炎に包まれたまま、傀儡伴侶ドールズワイフは両腕を振るってきた。僕は後ろに飛んで避け、舌を打つ。身体自体が燃え盛っているというのに、傀儡伴侶ドールズワイフは全く動じていない。終いにはその腕で炎を撫でて、勝手に鎮火させていた。


「私が行くわ。【断罪少女セイバーレディ】っ!」


 次に行動に出たのはクレハさんだった。両手のハサミを構えたまま、一発でも当たったら致命傷になりかねない両腕を搔い潜って、傀儡伴侶ドールズワイフに肉薄。

 すれ違いざまに彼女も両手を振るい、ハサミでもってゲル状の身体を切り刻んだ。みじん切りと言えるレベルの剣閃。傀儡伴侶ドールズワイフの巨体に筋が走ったかと思うと、バラバラになっていく。一定レベルまで細かくすれば、再生できない可能性もある。そんな淡い期待もあったが。


「OOOOOOOOっ!」

「これでも、駄目なの?」


 顔を歪めたクレハさんの見る先で、バラバラになった筈の傀儡伴侶ドールズワイフはすぐに再生した。しかも今はキョウシがこの場にいない為に、心的蓋章トラウマ持ちの共通の弱点である蓋章クレストも狙えない。状況は、かなり厳しい。


「どうするのよハジメ君?」

「いや、この心的蓋章トラウマにも制約ルールがある筈だッ!」


 僕は自分を鼓舞する為にも吠えた。無敵の心的蓋章トラウマなんてない。蓋章クレストという弱点もさることながら、心的蓋章トラウマには制約ルールが付き物だからだ。

 この傀儡伴侶ドールズワイフのような半自立タイプの心的蓋章トラウマには、操っている人間。あるいはそれを模した人間の経験に由来する制約ルール、弱点があると相場が決まっている。


「OOOOOOOOっ!」


 傀儡伴侶ドールズワイフが腕を振るった。既にその腕の射程を見切っていた僕は、ギリギリで回避できるように後ろへと飛ぶ。


「なァッ、グハァッ!」


 だが、振るわれたその腕は伸びた。ゲル状の身体は伸縮自在だったのだ。空中で身動きが取れない僕は、咄嗟に両腕を交差させて迎撃の態勢を取る。


「ガハッ!」

「ハジメ君っ!」


 しかし殴り抜かれた衝撃は凄まじく、僕はその場から吹き飛ばされてしまった。先ほどのローズと同じく、壁に叩きつけられた僕。あまりの威力に脳が揺れたが、意識はまだ健在だった。

 良かった、ベルさんにしこたまボコられる訓練を受けてて。痛みに慣れる為だよ、なんてパワハラの言い訳かと思っていたが、よもやこんな所で役に立つとは。


「この、よくもハジメ君を、【断罪少女セイバーレディ】っ!」


 怒ったクレハさんが、傀儡伴侶ドールズワイフを微塵切りにし始めている。すぐに再生しているが、お陰で僕への追い討ちがない。ともすれば、僕のやることは動けるように回復に専念すること。思考を回すことだ。


「思い、出せ。奴の、心的蓋章トラウマに関する、ことを」


 僕は小柳津キョウシという人間の情報と、今までのやり取りの中にヒントがないかを、必死になって思い返し始めた。

 まずは基本情報だ。小柳津キョウシ、42歳独身。二年前に将来学院の教員として採用され、数学の担当教員として教鞭を振るう。水泳が得意で生徒受けは悪くなく、一年後に特級であるA組の担任となり、二年生になってもクラスを持ち上がった。その実態は裏社会の人間であり、裏組織である黄昏の傀儡のボス。綿密に計画を立て、クレハさん等の構成員を揃え、今回の二年生を丸ごと誘拐した。


 ここまでは良い。次は奴の心的蓋章トラウマについてだ。傀儡伴侶ドールズワイフ。三メートル近い巨体を持ち、長髪の女性を形を取った半自立型の人型心的蓋章トラウマ。ゲル状の身体は弾丸を受け付けず、切り裂かれてもすぐに再生する。一度腕を振るうだけで人間を戦闘不能に追い込める、恐ろしい腕力を持っている。

 ここまでの情報で、僕は一つの違和感を持った。


「待て、よ。奴は、独身だった、筈。なら何故、自分の心的蓋章トラウマに、伴侶ワイフなんて単語が入っている?」


 心的蓋章トラウマの名前は、自身が受けた心的外傷トラウマから自然に湧き上がってくるというのが定説だ。となれば、奴の心的蓋章トラウマは彼の伴侶、つまり奴のワイフに関するものなのではないか。


『良い子だ。全く、妻とはこうあるべきだな』

「そう、だ。奴は、そんなことも」


 基本情報では独身であったが、妻がいなくなったからこそ独身になったと考えれば、辻褄が合う。キョウシが放っていた言葉と合わせて、傀儡伴侶ドールズワイフが女性の形をしていることからも、この推理は的外れではないだろう。


「だけど。それだけじゃ、制約ルールにたどり着けない」


 状況を打破するには、まだ足りない。大切なのはその先だ。妻がいないのであれば逃げられたか、あるいは死別したという可能性が高い。そこが突破口になりえる筈だ。

 思い出せ、何かヒントになることを言っていなかったかを。最初のやり取りは良い。その後の戦闘でのやり取りにも、特に気になる点は。


「ん?」


 いや、待て。一言、一言だけ気になることを言っていなかったか。傀儡伴侶ドールズワイフを殿にする前に、確か奴は。


『チッ、浸水も始まっている。欲張っている場合でもないか』


 基本情報の中では、奴自身は水泳が得意な筈だ。ならばいくら海水がこようが、泳げる自分ならさほど脅威にはならない。にも関わらず水が来ることを恐れ行動に移したということは、相応の理由がある筈だ。溺れる、死ぬ以外の何か奴にとって不利になることが。


「独身という嘘、死別しているであろう妻の存在、水への忌避感。傀儡伴侶ドールズワイフの持つ、あの怪力」


 点であった今までの情報を並べ、順番に繋げていく。繋がった線を俯瞰して眺めてみると、一つの閃きを描き出していた。


「そう、か。そういうことだったのか。クレハさんッ!」


 僕は傀儡伴侶ドールズワイフの相手をしてくれているクレハさんを呼んだ。事実はどうか知らないが、目の前の状況の打破する一手になる可能性は、十分にある。試してみる価値は高い。


「ここの天井を切り裂くんだ、【弾丸凱旋バレットパレード】ッ!」


 もちろん、僕とてサボっている訳じゃない。最初にもやったが、彼女一人ではシェルターの壁は切り開けないからだ。体内の生命力イドを砲弾に変えて、天井に向けて放った。激しい爆発音と共に僕が放ったのは、砲用の徹甲弾。硬くて重く、芯まで金属のムクの砲弾という、戦車の装甲を貫通する為の砲弾だ。

 撃った後、僕の右肩には尋常じゃないくらいの反動が来た。肩口を支点に大きく一周し、ゴキリと変な音が聞こえてくる。当たり前だろう。通常なら戦車ぐらいの強靭な土台があって、初めて撃てるような砲弾だ。


 激痛と共に、だらんと力なく垂れ下がる僕の右腕。動かないから、間違いなく外れただろう。せめて骨の無事を祈る。だけど、その甲斐はあった。轟音と共に僕の放った徹甲弾が、天井にめり込んでいたんだ。ヒビも入っており、僕はニヤリと笑みを浮かべる。

 続けて飛び上がったのは、手に巨大な金切りハサミを持ったクレハさんだった。


「【断罪少女セイバーレディ】っ!」


 彼女の持つ金切りハサミが天井を無理矢理こじ開けた瞬間、おびただしい量の海水が中へと押し寄せてきた。海水は滝のように落下し、傀儡伴侶ドールズワイフへと降りかかる。


「OOOOOOOOっ!?」

傀儡伴侶ドールズワイフが、苦しんでいる?」

「思い、通り」


 海水を受けた傀儡伴侶ドールズワイフが、絶叫を上げて悶え苦しみ始めた。着地し、驚愕するクレハさんを余所に、僕はしてやったりと笑みを浮かべる。


「炎さえ効かなかったのに、どうして水なんかで?」

「多分、だけど。あの心的蓋章トラウマは、キョウシの亡くなった奥さんを象ったものだ。そして奥さんの死因はおそらく、溺死だ」


 近づいて来てくれたクレハさんに肩を貸してもらいつつ、僕は自分の推理を披露する。


「アイツが舌打ちしながら、浸水が始まったって言ってたんだよ。自身は水泳が得意な癖に、まだそこまで水も来てない時にね。つまり、少量でも水が来ることが、奴にとって不味いことだったのさ。結果は、ご覧の通り。弾丸も炎すらも効かなかったけど、自分の死因となった水だけは効果抜群だったって訳だ」

「OOOOOOOOっ」


 目の前で海水をしこたま浴び、両手で頭を抱えて悶え苦しんでいる傀儡伴侶ドールズワイフ。遂には形を保っていられなくなり、崩れながら徐々に水中へと沈んでいく。


「YA。メ、て。Aナ、たっ」


 海水の中へと沈み切る直前、傀儡伴侶ドールズワイフの言葉を僕は聞いた。隣にいたクレハさんも。


「……ねえハジメ君。今のって」

「詮索は後にしよう。とにかく今は、キョウシの後を追わなきゃ」


 溺死の原因も、察しはつく。クレハさんも勘づいたみたいだったけど、僕は首を振った。何せ今は時間がない。もたもたしていたら、キョウシに逃げられてしまう。


「それよりも身体は大丈夫なの?」

「動けるから問題ないよ」


 垂れ下がった僕の右腕は、もう使えない。殴り飛ばされ、強かにぶつけた身体の各所も、痛みを放っている。万全とは口が裂けても言えないけど、まだ動ける。なら、行くしかない。ここで休んでいる暇はないんだ。


「でも結構足止めを喰らっちゃったし、最悪、キョウシはもう」

「大丈夫だよ、ほら」


 沈んだ顔をしているクレハさんに、僕は大丈夫と言った。確かに彼女の言う通り、奴の逃走を許した可能性もなくはない。でも僕にはその心配はなかった。


「あ、あれ。彼は?」


 クレハさんも気づいたみたいだね。さっきまで気を失っていた彼、ローズの姿がなくなっていたからだ。


「急ごうか」


 僕はクレハさんから離れた。少しは回復してきたので、もう一人で歩ける。頷いた彼女と共に、僕はキョウシが逃げていった隣の部屋へと急いだ。

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