第二十八話 三文芝居に喝采を


「おやおや」


 ハジメの言葉を聞いたキョウシには、そう来たか、という思いがあった。


「なに、言ってるの。ハジメ君?」

「言葉の通りだよ、クレハさん。僕は君かツギコかなんて、選べない。ならもう、僕が死ぬしかないじゃないか」

(何かを企んでいるようには見えないが)


 キョウシは目を細め、注意して彼らのやり取りを観察する。思いがけない答えを持ってきたからこそ、何か仕掛けてくるのではないかという疑念がある。が、今のところは特に不審な点はない。


「ねえキョウシ。死ぬ前に一つだけやりたいことがあるんだけど、良いかい?」

「なんだね?」

「クレハさんとキスがしたい」

「っ!?」

「ハーッハッハッハッ!」


 酷く驚いているクレハを横目に、キョウシはこみ上げてくる可笑しさを我慢できない。予想外過ぎるハジメの要望に、笑いが止まらなかった。


「なんだなんだ、遂に観念したのか上運天ハジメ。女子を毛嫌いしていたお前から接吻したいなんて言われるとは、微塵も考えていなかったよ」

「なんだよ、僕だって思春期だ。それくらい、良いじゃないか」

「良いだろう良いだろう、三分間待ってやる。その間に済ませてしまえ。まあ余計なことをしたら、即座に君の妹と卜部君は殺すがね」

「分かってるよ」


 念のために釘を刺しつつ、銃口はツギコから外さないキョウシ。笑ったことで少し気分が良くなったこともあって、そんな提案をした。ハジメは返事をした後に、未だに戸惑っているクレハの前まで歩み寄っていく。そのまま抱きしめられた彼女は、ビクッと身体を震わせた。


「は、ハジメ君」

「ごめんね、クレハさん。僕なんかとキスなんて、嫌だろうけどさ……」

「っ! そ、そんなことないわ。第一、初めてキスした時は、私からだったじゃない……」

(最後の青春か、ハッ、泣かせてくれるね)


 軽く思い出話をした後に、クレハはハジメの肩に手を回した。ハジメは右腕が上がらない為に、左腕だけを回し返している。背が高いクレハが、ハジメを見下ろしている形になっていた。キョウシはその光景を見て、鼻で笑っていた。


「ちょっと何見てるのよ? 人のキスシーンを見て良いのは、物語だけよ」


 クレハはキョウシに背を向けた為、彼女よりも背が低いハジメの姿が隠れてしまう。


「ごめんなさい、ハジメ君。私、あなたのこと、愛してたわ。生まれて初めての、私の許嫁君……」

「僕も愛してるよ、クレハさん。生まれて初めての、僕の許嫁さん……」

「「ん……」」


 二人はキスをした。背が高いクレハが少し屈み、ハジメの唇を奪う形だ。

 優しく重なっていたそれを、どちらからともなく離した。互いの唇から伸びた唾液の糸が、プツンと切れた頃。抱擁を離したクレハが声を上げる。


「【断罪少女セイバーレディ】っ!」

「ガッハッ!」


 手に生成したハサミで下から上へと切り上げた。ハジメの身体は心臓から蓋章クレストのある右目にかけて斜め一直線に断ち切られたのか、激しく血しぶきが舞う。赤く染まりながら後ろへと倒れていったハジメは、水しぶきを上げながら倒れ込んだ。


「終わったわよ」


 事を終えた後。苦々しい顔のクレハとは対照的に、キョウシは満足そうに微笑んでいた。


「では、次は君の番だ。上運天ツギコはいただいていく」

「なっ!? ツギコちゃんは解放するって」

「君たちの態度次第だとは言ったが、私は解放する等と一言も約束していないな。それに私は、上運天ハジメに君を撃ち殺せと言ったんだ。勝手に違うことをしたのはそっちではないかね?」


 クレハは口をつぐむ。彼は笑いながら、左腕のスマートウォッチを構える。反射的に、クレハは首元に手をやっていた。


「ま、まさか」

「そのまさかだ。やはり奴隷には、首輪が一番だな。片付けも指一本で済む。おおっと、動くなよ? 私の銃口は、まだ彼女に向けている。君が何かする前に、私が撃ち殺す方が早いからね」


 クレハは首輪を外そうと、もがき始めた。


「これさえ、なければっ!」

「ああ、最後まで楽しませてくれるね卜部君。しかし、そろそろ限界なのでね」


 足元に流れている海水は、そろそろ足首までの深さになっている。仰向けに倒れているツギコの顔にも水が当たり始めているが、キョウシは見向きもしていなかった。


「一応聞いておこうか。私についてくるかね? 命は拾えるぞ?」

「誰が、アンタなんかにっ!」


 大して期待もしていなかったキョウシは、すぐにスマートウォッチに指をやる。クレハが目を見開いた。


「それは残念だ。では、卜部君。今までご苦労、さようなら」

「い、い、いやぁぁぁあああああああああああああああああああああっ!」


 彼女の絶叫を耳にしたキョウシは、満足気に人差し指でスマートウォッチを撫でた。彼のスマートウォッチから、首輪の爆弾を起動させる特定の電波が発せられる。この後の光景を思い浮かべ、キョウシは口元を歪めながらクレハを見やった。


 しかし、何も起こらなかった。


「は? この、このッ!」


 徐々に、キョウシの顔に焦りが浮かび始める。何度も何度もスマートウォッチの起爆アイコンをタッチするが、一向に爆発が起きない。


「……三文芝居はここまでよ」

「なッ!?」


 クレハがその言葉と同時に、しゃがみ込んだ。彼女の後ろに現れたのは、キョウシからしたら信じられない人物だった。黒髪モブ顔碧眼、右の目に弾丸の形をした白い紋章を浮かび上がらせ、その左手の人差し指を真っすぐとキョウシへ向けている、中肉中背の男子生徒。


「【弾丸凱旋バレットパレード】」

「ガッハッ! 上運天、ハジ、メ」


 キョウシは額を撃たれた。ハジメの生命力(イド)で生成された弾丸の威力にのけ反り、そのまま後ろへと倒れ込んでいく。強烈な痛みと共に、彼は意識が一気に遠のいていくことを感じていた。


「何、故、貴様。生き、て?」

「次に気が付いた時は、冷たい檻の中を覚悟しておくんだね、小柳津先生」


 意識を失いかけている今に至っても、キョウシには状況が理解できなかった。そんな彼を見下ろしている二人の姿を最後に、彼は意識を手放した。

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