第二十一話 骨のあるおじさんは都市伝説


 次々とその両手にハサミを生成していく彼女は、放たれる弾丸を切り裂きながら相手へと肉薄していく。観客席の下段付近にいた一人に、クレハさんは迫っていた。


「この、雌豚だった分際で」

「あなたはどなた? 覚えてないわ」

「ギャァァァッ!」


 目の前で放たれるサブマシンガンの弾を全て切り裂いたかと思うと、そのまま銃身を真っ二つにし、丸腰になった相手にハサミを振るう。血が流れることはなかった。刃がついていない方で首を殴る、蹴る等の殺さない方法で無力化している。


「【断罪少女セイバーレディ】っ!」


 もちろん、一人倒して終わりではない。次々と放たれる弾丸に絶えず対応しなければならず、クレハさんはずっと両手を振るいっ放しであった。


「こんな大勢からダンスに誘われるなんて初めてよ」


 彼女は両手に大量にハサミを生成すると、弾丸を切り裂く合間に投げつける。一直線に飛んだ無数のハサミは、武装集団のサブマシンガンを落とさせ、銃口を詰まらせ、時には相手の肉体に直接刺さった。


「さあ、次は私から誘わせてちょうだい?」


 クレハさんは止まらない。ハサミを投げつけつつも絶えず動き回り、相手に的を絞らせない。相手に肉薄すると、両手を遠慮なく振るっていく。


「舐めんじゃねえ、雌豚がァァァッ!」

「っ!」


 その中で一人の男が立ちはだかった。両手に肉切包丁を構えたガタイの良い男性が、クレハさんのハサミを受け止める。すかさず反対の手で反撃を繰り出してきたので、彼女は一度下がって距離を取った。


「あら。骨のあるおじ様って、本当にいたのね。都市伝説だと思ってたわ」

「ふざけやがって。テメーみてーな糞生意気なアマに、大人の怖さを教え込んでやる」

「まあ怖い。今から土下座したら許してくれるのかしら?」

「何だ何だもうビビってんのか? 俺に服従するってんなら、命は」

「嘘に決まってるじゃない、このお馬鹿さん」

「テメェェェッ! ぶっ殺してやるッ! ――【心的蓋章トラウマ肉斬包丁ブッチャーナイフ】ッ!」


 あの男、心的蓋章トラウマ持ちだったのか。クレハさんの挑発で頭に血が上った男は、声を上げながら包丁を振り下ろしていく。その距離じゃ届かないだろうと思っていたが、彼の声に合わせて手に握られた肉切包丁の刃先は肥大化していった。


「なっ、くっ!」

「ほほう、よく受け止めたなあ、俺の一撃をよ」


 巨大化した肉切り包丁を、両手のハサミで何とか受け止めたクレハさん。彼女の足元にヒビが入り、軋んだ。重たい一撃。多分、僕なら死んでたんじゃないかな。


「だがこれで終わりじゃねーぞ、【肉斬包丁ブッチャーナイフ】ッ! オラッ、オラッ、オラァァァッ!」

「くっ。せ、【断罪少女セイバーレディ】っ!」


 とは言え、受け止めただけでどうにかなるものでもない。相手は容赦なく、何度でも巨大な包丁を叩きつけてくるので、対応しなければならない。クレハさんはハサミを幾重にも生成しながら、相手の一撃を防いでいた。


「そうら、上ばっかに見てっと……横がお留守だぜッ! 【肉斬包丁ブッチャーナイフ】ッ!」

「なっ!」


 遠距離から一方的に嬲っている中、肥大化させた包丁を右手一本で振るっていた男は、突如として左手にも肉切包丁を取り出していた。右と同じく肥大化させたそれを、横に薙ぎる形で振るっていく。両手で上からの包丁を受け止めていた、丸腰の彼女へと。


「【断罪少女セイバーレディ】っ!」


 対してクレハさんは、上からの包丁を押さえつつ後ろへと飛んで下がった。肥大化した包丁のギリギリ射程外へ逃げることが出来たので、何とか身体は無事だ。ただしセーラー服の胸元が斬られてしまい、彼女の豊満な胸の谷間が顕になる。その谷間の上に位置する、蓋章クレストも含めて。


「ほう、お前の蓋章クレストはそこにあんのか。おっぱいごと斬らねえように、気をつけなきゃなあッ!」


 一度右下に目線を落とした男は嬉しそうだ。一方で彼女は、冷静に相手を観察しつつ、舌を打っている。


「【断罪少女セイバーレディ】っ!」

「【肉斬包丁ブッチャーナイフ】ッ! 効かねえなあ。ほらほらどーした雌豚よぉッ!」


 弱点の位置を知られ、一方的に攻撃される。ハサミを投げつけてもはたき落とされる今、打つ手が見えないクレハさんは窮地に陥っていた。階段構造になっている観客席の中、上を取られていることも厳しい理由の一つだろう。


「…………」

「ハッ! 遂にはだんまりか、雌豚よォォォッ! 【肉斬包丁ブッチャーナイフ】ッ!」


 最早軽口を叩く余裕もなくなってきたのか、彼女は無言のままに振るわれる巨大な肉切包丁から逃げ回ったり、受け止めたりするばかりだ。やがて男が一際大きく叫ぶと、両手にある肉切包丁が更に肥大化した。左手のそれをまずは横に振るい、クレハさんを狙う。


「くっ!」

「馬鹿がッ、こいつで終いだァァァッ!」


 右手の肉切包丁を縦に振り下ろした男。響き渡ったのは轟音。薙ぎ払いの直後に間髪を入れずに叩き込まれた巨大な肉切包丁が、観客席を叩き潰しながら床へとめり込む。叩き壊された椅子から粉塵が舞い上がり、彼女の姿が見えなくなった。


「はははははははッ! ワリーワリー、勢い余って殺しちまったぜ。跡形くれーは残ってっかなあー?」

「く、クレハさ」


 慌てた僕が彼女の元へ向かおうとしたが、一つの違和感があった。叩きつけられた肉切包丁がゆっくりと上げられても、そこには壊された観客席しかなかった。押し潰されたであろう身体も、飛び散る筈である血も、人間が圧されたのであれば残るであろうものが、何一つとして存在しない。


「んんん? 床下にでもめり込んだか、それか船底まで叩き落とされたか? っはーッ! なんだなんだ、本当に跡形もなく殺しちまったってのか? 全く俺って奴はどこまでツエーんだか」

「目の前の不可解を自分の都合の良いようにしか解釈できないなんて、本当におめでたい頭ね」


 余裕の笑みを浮かべていた男に浴びせられたのは、彼女の静かな声だった。


「な、な、なんだとォォォッ!」


 クレハさんは無事だった。彼女はなんと、男が最初に横に薙ぎ払われた肉切包丁の下面に、ハサミを突き立ててぶら下がっていたのだ。振るわれたあの一瞬で包丁側面にハサミを入れ、身体ごと潜り込んでいたなんて、とてもじゃないけど信じられない。

 身を翻して包丁の上に立った彼女は、男を目指して刀身の上を走り出した。


「て、テメーッ! 【肉斬包(ブッチャーナイ)」

「遅い。【断罪少女セイバーレディ】」

「ギャァァァッ!」


 男が包丁のサイズを元に戻そうとしたのだろうが、クレハさんの方が一歩早かった。彼女から投擲された二本のハサミが男の両の肩にそれぞれ刺さり、苦悶の声が上がる。その時既に彼女は飛び上がっており、両手には新たなハサミが握られていた。


「多分、そこね」

「や、やめッ」


 肩をやられて腕を振るえなくなった男に向かって、クレハさんは容赦なくハサミを振るった。


「断ち切るわ、【断罪少女セイバーレディ】」

「グァァァアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 彼女がすれ違いざまに切り裂いたのは、覆面に覆われた顔だった。黒い布の下にあったいかつい男の顔が露わとなり、彼の右頬にあった包丁の形の蓋章クレストにヒビが入る。


「やっぱり。私の蓋章クレストの位置を知った時に、目線が下がったもの。無意識の内に、自分の位置を確認しちゃったのね。お馬鹿さん」


 あの窮地に陥っていた時でも、クレハさんは相手の行動を逐一観察していたのか。素直に凄い。直後、ガラスが割れるような音が響いた。彼の右頬にあった三本線状の蓋章クレストが、虚空へと消えていく。巨大化していた肉切包丁も、元のサイズへと戻っていた。


「あ、あ、ああああああアアアアあああアアアアあああッ!? や、やめ、やめてくれ親方ッ! 次は、次はちゃんとやるからッ! 痛ぇ、包丁は痛ェェェんだよォォォッ!」


 男は自身を苛む心的外傷トラウマによって、悲痛な叫び声を上げていた。


「じゃあ、おやすみなさい」

「ガフッ!?」


 ハサミの柄で殴りつけて男の意識を刈り取ると、クレハさんは短く息を吐いていた。倒れた男を一瞥だけすると、彼女はすぐに顔を上げている。この男との戦いは終わったが、まだ武装集団は残っていた。彼女は再びハサミを生成すると、他の相手に向かって駆け出した。

 さあて、いい加減僕も活躍しなきゃね。女性陣ばかりに良いところを持っていかれる訳にはいかない。僕はベルさんから受け取ったデザートイーグルを構え直すと、残った武装集団に向かって引き金を引いた。

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