第二十二話 弾丸にも寄り道したい日はある


「【弾丸凱旋バレットパレード】ッ!」


 僕の声と共に、体内の生命力(イド)が望んだ弾丸へと変化し、デザートイーグルの銃口から放たれる。今放っているのは、ハンドガン最大級の大きさである50AE弾。下手なライフルに匹敵する威力を誇ると言われている、僕のお気に入りさ。


「なァッ! さ、サブマシンガン、が」


 狙うは彼らが持っている獲物、サブマシンガンそのものだ。人に撃ち込めば息の根を止めることも容易いかもしれないが、あまり殺しは推奨されていない。


「ガァッ!? こ、このガキ、肩と足をッ」


 ならば武器破壊した後に、手足を狙って負傷させ、戦闘不能に追い込むしかない。

 50AE弾だと当たりどころが悪ければ手足の先ごと吹っ飛ぶ可能性もある為、人体を狙う時は通常の拳銃レベルの弾に変えている。リロード無しに撃ち続けられ、弾の種類すら変えられるのが僕の心的蓋章トラウマの良いところだ。


「全く、何人いるんだよ」


 だからって楽勝という訳にもいかない。クレハさんやベルさんがいくらか持ってくれているとは言え、基本的に人数は向こうの方が上だ。万能チョッキがない今、動き回らなければ即座に蜂の巣にされるだろう。

 しかも僕には、なるべく殺さない為にと武器を狙い、その後に手足を狙わなければならないという手間がある。一方で向こうは、僕の身体の何処かに撃ち込めば勝ちだ。大人数いる中の誰か一人でも当てられたら、他の面々は追随するだけで良い。


 僕は観客席の上部にて彼らと対抗しているが、なかなか人数が減らない。手段を選ばなくても良いのであれば、対戦車擲弾や焼夷弾なり何なりで一掃できるかもしれないが、問題なのはここがホールの中ということだ。


「【弾丸凱旋バレットパレード】」


 先ほどは逃げる為に仕方なく使ったが、ここであれらの弾を使ってしまえばホール自体が崩れる危険性がある。僕らはベルさんが助けてくれたとは言え、まだマギーさんやローズ。それこそツギコのような競売にかけられていた他の面々の安全が確保できていない以上、下手なことはできない。

 幸いなことに、敵の数は徐々に減りつつある。順繰りに倒していくという何とも地道な作業ではあったが、成果は上がっているみたいだ。


「かと言って、僕が死んだら意味ないんだけ、どッ!?」


 このまま油断なく詰めていくのが最上か。そんなことを考えていた僕の元に、一発の弾丸が飛んできた。僕に向かって、直角に軌道を変えながら。ギリギリのところでデザートイーグルでの防御が間に合い、僕の手に弾丸を受けた強烈な衝撃が走った。足を止めざるを得ない。


「今の、は。まさか、心的蓋章トラウマ?」

「…………」


 観客席最上部に、一人の男が現れた。同じ黒い覆面を被っていて迷彩服に防弾チョッキを装備している小柄な彼だが、立ち振る舞いには異様な雰囲気がある。手に持っているのは、彼の身長に届きそうなくらいの、一本の小銃。おそらくあれは、ボルトアクション式のモシン・ナガンM28。今の時代じゃ骨董品レベルのものだ。


「――【心的蓋章トラウマ曲折弾歩アクセルウォーキング】」

「な、んだよそれェェェッ」


 そんな時代遅れな小銃から放たれる弾丸は、現代でもお目にかかれないような威力を発揮していた。何せ弾丸がジグザグに軌道を変えて、こちらに襲いかかってくるのだ。

 物理法則に喧嘩を売っているとしか思えないその力は、間違いなく心的蓋章トラウマだ。唯一助かっている点としては、通常の弾丸よりも速度が遅いことだろうか。何とか対応できている。


「弾丸に心的蓋章トラウマを持っている者同士、親睦でも深めたいところだけど」

「死、ね」

「耳はあるのに聞く耳は持ってないのかよ」


 全くと言って良い程に反撃に転じられない。今のところ、軌道を変える弾丸を一発ずつしか撃ってきていないのが幸いだ。地獄に仏とはこのことかもしれないが、そもそも地獄にいること自体に物申したい。


「や、るな、お前。まだ、死なない、のか」

「そりゃどう、もッ。【弾丸凱旋バレットパレード】ッ!」

「お、っと」


 途切れ途切れにそう口にしてくる男の隙を突いて一発撃ち返したが、あっさりと避けられた。撃つタイミングと銃口の向きを、完璧に読まれているらしい。

 コイツ、強い。奴の足さえ止められたらと、僕は生成する弾の種類変えて足元目掛けて撃つが、一発も当たらない。外れた弾丸が、床や椅子にめり込むばかりだ。まあ、それならそれで仕込みになるから良いんだけどさ。


「ぐ、ふふふっ。なら、ば。遠慮は、無用……あ、【曲折弾歩アクセルウォーキング】」

「なァッ!」


 すると男は、ニチャァっという笑い声と共に、手に持ったモシン・ナガンM28を撃った。ボルトアクションを挟んで、二発。


「これ、で。終い、だ」


 不規則に軌道を変えて襲い掛かってくる、二発の弾丸。一発でさえいっぱいいっぱいだったと言うのに、まさか二発も操れるとは。ああ、クソ。これを防ぐには。


「それくらいさっさと乗り越えな。誰が鍛えてやったと思ってるんだい?」


 クソババアの声が聞こえた。はいはい、解った、よ。


「演算完了、【弾丸凱旋バレットパレード】ッ!」


 僕はデザートイーグルを構えて、弾丸を放った。生命力(イド)の弾丸が銃口から飛び出した後、一直線に飛んでいって。


「な、あッ!?」


 ジグザグに飛ぶ弾丸の一発に当たって跳ね返して跳弾し、迫り来ていたもう一発をもはじき返した。っぶなー、ギリギリだったじゃん。


「ま、ぐれだ。あ、【曲折弾歩アクセルウォーキング】」


 と思ったら、また二発の弾丸がジグザグと軌道を変えながら襲ってくる。ああもう、またかよ。


「【弾丸凱旋バレットパレード】」

「き、貴様」


 瞬時に頭の中でイメージをし、暗算と予想で弾丸を撃ちこむ。今度もまた、一発の弾丸を跳弾させることで、二発の弾丸を撃ち落とすことに成功した。


「う、嘘。そんな、ことが?」

「なんだ、やればできるじゃないかクソガキ」

「お褒めいただきどうもクソババア」


 信じられないというクレハさんとは裏腹に、やれやれといった調子のベルさんだ。ああ本当に、保健室でまでやっておいて良かったね。ベルさんの【盲目白鞭アザーティーテンタクルズ】で放たれる複数の器物を弾丸だけで撃ち落とすとかいう、あの非常識な訓練をさ。


「さて、いつまでもやられっぱなしってのも性に合わないんでね。【弾丸凱旋バレットパレード】」

「ッ!? え、煙幕、か?」


 床に向けて撃ったのは発煙弾。ちょっと前にステージ上でも使ったあれさ。白い煙が一気にその場を飲み込んでいき、目の前が見えなくなっていく。ホントに使いやすい弾丸だよ。


「こ、こんな目くらまし。だ、第一お前も、こちらが、見えないだろう」


 互いの姿が見えなくなったこの状況。相手が見えない以上、二人して持っている飛び道具の獲物は、役に立たないだろう。闇雲に撃って当たるものでもないし、銃声によって自分の位置を知らせることになる。最悪、味方に当たる可能性すらも。その場に立ち尽くしている訳にもいかないが、かと言ってむやみやたらに動けば良いというものでもない。取る手が非常に難しい盤面だ。


「それはどうかな?」


 ただし難しいっていうのは、相手が全く見えない場合の話だけどね。僕の目は奴がはっきりと見えている。正しく言えば、コイツが何処にいるのかが解っている。


「【弾丸凱旋バレットパレード】」

「ガフッ!? ば、馬鹿、な。何故、俺の位置、が?」


 僕は見当をつけた方に向かって、麻酔弾をばら撒いた。程なくして、ドサッと倒れ込んだっぽい音がする。煙が晴れてみれば、倒れている奴の姿が確認できた。よし、無力化できたね。危なかった。

 周囲を見渡してみると、クレハさんとベルさんによって増援の全てが片付けられていた。


「ハジメ君、あの煙の中で一体どうやって相手の位置を?」

「あれだよ、クレハちゃん」


 首を傾げているクレハさんに、ベルさんが指を指している。その先には、僕が床や椅子に撃ちこんだ弾丸の跡が、緑色の淡い光を放っていた。あっ、やっぱベルさんにはバレてたのか。


「あれって、もしかして蛍光塗料?」

「ご明察。蛍光塗料が出るペイント弾さ。僕はこれのお陰で、奴の場所を特定できたって訳」


 種明かしをすれば、これほど単純なことはない。奴に当たらないと解ったから、僕は通常弾からペイント弾に弾を切り替えて撃っていた。あの時から目くらましを考えていたんだ。発煙弾で視界を塞いだ後は、煙の中で見える蛍光塗料が隠れている所に奴がいる。あとはそこ目掛けて弾丸を撃ちこむだけだったって訳だ。


「ようやく制圧が終わったね。さっき突入した別動隊が捕らえられたクラスメイト達も発見したって連絡があったから、もうすぐ」

「っと、ローズからだ」


 話の途中で、僕のスマートチップが反応した。左側のコンタクトレンズに表示されていたのは、ローズの名前だった。右のこめかみに人差し指を当てて、僕は電話に出る。


「ローズか、無事だったん」

『大変だハジメ。ツギコちゃんがキョウシに連れ去らわれたッ!』

「なんだってッ!?」


 そして妹の一大事を知ることになった。

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