第二十話 男が女に勝てる訳ないだろ、いい加減にしろ


「【盲目白鞭アザーティーテンタクルズ】」


 登場した彼女は自身の心的蓋章トラウマを使って、僕とクレハさんの動きを封じていた十字架を破壊する。固められていた手も解いてもらって、僕らは身体の自由を取り戻した。


「ったくなんてザマだい? ワタシはアンタを、そんなヤワに鍛えたつもりはないんだけどね。もう一回、ハワイで鍛えなおしだね、こりゃ」

「もうハワイは勘弁して」

「な、なに今の? 十字架が、勝手に」


 いつも通りのやり取りをしている中、クレハさんが驚いたような顔をしている。ベルさんの能力は完全な初見殺しだから、まあ仕方ないよね。

 すると会場から逃げる人に逆らって、武装した連中が次々と姿を現していた。黒い覆面で顔を隠し、迷彩服を身に纏った彼らのその手には、サブマシンガンが握られている。


「侵入者を許すなッ! 撃てェェェッ!」

「なっ。こ、こんなの」


 配置についたらしい相手はその銃口をこちらに向け、一斉射撃を行ってきた。クレハさんが苦い顔をしている。

 彼女の心的蓋章トラウマであれば弾丸を切れるのだが、流石にここまで囲まれたらどうしようもないのだろう。両手だけじゃ、足りないからね。


「ベルさん、よろしく」

「若者が年寄りを酷使してんじゃないよ」


 僕には焦りはなかった。何せ、今ここにはベルさんがいるからだ。彼女は一つ愚痴を吐きつつも、対応してくれる。全く、素直じゃないんだから。彼女が心的蓋章トラウマを発動させると、弾丸が僕らの少し前の空間で遮られるようになった。


「な、なんだあれ? なんで、弾が届いてないんだ?」

「ま、まさか心的蓋章トラウマかッ!」

「【盲目白鞭アザーティーテンタクルズ】」

「ギャァァァッ!」


 怯えたような表情の彼らに向かって、ベルさんが容赦なく呟く。するとこちらにサブマシンガンを放ってきていた奴らが、順番に吹き飛び始めた。まるで、何か鞭のようなもので打たれたかのように。


「あ、ががががががががッ」


 その中の一人は空中に浮き上がり、身動きの取れない中で苦悶の声を漏らしている。ああ、締め上げてるんだね。


「こ、これって」


 クレハさんが何かを理解したかのように呟く。あ、そうか。十字架を倒した時の粉塵とこの銃撃の嵐で、ちょっとは見えるようになってるね。


「透明な、触手?」

「そうだよ。これがベルさんの心的蓋章トラウマ、【盲目白鞭アザーティーテンタクルズ】。不可視の触手を、自在に操る心的蓋章トラウマさ」

「人の能力を勝手にバラしてんじゃないよ、このクソガキ」


 ベルさんの苦言と共に、締め上げられていた男が息を吐いて意識を失った。


 彼女の心的蓋章トラウマ、【盲目白鞭アザーティーテンタクルズ】。背中から生える不可視の触手を自由自在に操る能力だ。先ほどは僕らの目の前に触手で壁を作って弾丸を防ぎ、そのまま彼らを順番に打ちのめしたり締め上げたりしてたって訳さ。

 ちなみに弾丸を受け止めるだけじゃなく、弾き返したりもできる。以前マギーさん誘拐未遂の際に、僕の【弾丸凱旋バレットパレード】で跳弾させたのも、彼女の触手だ。具体的な射程や触手の本数なんかは教えてくれないので、僕も未だにこの上司である彼女の実力の底が知れていない。最近になって昔より操れる数が増えた、とも言ってた気がする。本当に末恐ろしいババアだ。


「ほら、年寄りばっかに働かせる気かい、若人ども」


 そう言うと、ベルさんは僕に向かって一つ拳銃を投げて寄越した。受け取ったのは、デザートイーグル50AEの本物。へえ、良い銃じゃないか。これで接近戦にも対応できるね。


「そうら、お客さんのお出ましだよ」


 ベルさんのその言葉に顔を上げてみれば、まだまだうじゃうじゃと会場内に武装した連中が押し寄せてきている。先ほどの先見部隊とは比較にならないくらいの数だ。


「了解。クレハさんは下がってて。この数相手じゃ」

「いいえ、私にもやらせて」


 気遣いとして声をかけてみたが、杞憂だったみたいだ。チラリと彼女の方を見てみると、手に生成したハサミを構えている彼女の姿がある。


「いいの? 元はと言えば、君のお仲間だったんでしょ」

「別に良いわ、大した思い出もないし」

「りょーかい。可能なら殺さずにやってくれるとありがたいけど、命を大事に。一人二人いなくなったところで、多分ベルさんが何とかしてくれるさ」

「大人のすねをかじるのも、子どもの仕事さね。ケツは持ってやるよ」


 いつの間にか、両手に白銀のトンファーを構えているベルさん。口は悪いけど、本当に面倒見の良いクソババアだよ。


「じゃあ、やろうかッ!」

「かかれェェェッ!」


 僕の声と共に、敵も攻撃を開始した。僕とクレハさんは同時に動き出し、ベルさんは舞台上に留まった。反撃開始だ。


「撃てェェェッ!」


 敵の増援部隊の一斉射撃。対応するのはベルさんだ。


「【盲目白鞭アザーティーテンタクルズ】」


 弾丸の雨あられを全て防ぎ、同時に視界内にいる武装集団が次々と横に吹き飛んでいく。


「うおおおおおおおッ!」


 その中で一人、ベルさんの死角からナイフを持って飛びかかった。ベルさんは右手の白銀のトンファーにて、斬撃を受け止める。久しぶりに見たな、彼女の愛用のトンファー。


「遠距離は不利だッ! 懐に飛び込めェェェッ!」


 群がるようにベルさんへと押し寄せていく武装集団。ナイフ、スタンガン、中には日本刀を持っている輩もいる。確かベルさんの【盲目白鞭アザーティーテンタクルズ】の得意距離は、中距離だ。ただし遠距離からの攻撃は受け付けない、という非常に厄介なものである。

 となれば勝機を見出すのは一つ。彼女に肉薄しての接近戦だけだ。何せベルさんは、背筋がしっかりしているとは言え、見た目は老婆。その細い手足を鑑みても、近距離での肉弾戦では有利に立てそうに見えるだろう。


 初撃を受け止められた相手が入れ替わり、再び別の男によってナイフが振るわれる。最初の男よりも一回りは大きい男性だった。働き盛りの五十代、趣味は筋トレ、みたいな。流石にこれは危ないんじゃかいか、とも思ったのだが。


「あら。こんな歳になってもモテ期って来るんだね」

「は、ハアッ!? な、なんだこのババアグワァァァァッ!」


 鍛えている筈の男性の両手での一撃を、ベルさんは右手だけで防いでいた。


「こんな婆さんに力で負けてんじゃないよ。男の癖に、情けないねえ」

「ぐあッ!?」

「【盲目白鞭アザーティーテンタクルズ】」


 彼女は鍔迫り合いに押し勝ったかと思うと、体勢を崩した相手をそのまま触手で突き飛ばした。後ろに吹き飛んだ相手は、壁に叩きつけられた後、ズルズルと床に向かって落ちていく。

 まあ、知ってたけどさ。ベルさんの本領は、トンファーでの近距離戦だ。元々が白兵戦メインで戦い抜いてきており、心的蓋章トラウマは後発的に身につけた物らしい。


「困るねえ。夫と子どもに先立たれた未亡人を、その寂しさにつけ込んで口説こうとするなんてね」

「なァァァッ、グハァッ!」


 驚く構成員達に向かって、ベルさんが逆に接近していく。繰り出されたナイフをあっさりといなし、反対の左手に握られたもう一つのトンファーが、相手の鳩尾を穿っている。


「でもねえ、こんなヤワな男じゃ」

「ガファッ!?」

「ときめくもんもときめけないよ。出直してきな」

「ゲブァァァッ!」


 向けられたスタンガンを弾き飛ばして、顔面にトンファーを叩き込む。次に別の輩から放たれた日本刀の袈裟斬りを受け止め、回し蹴りを入れる。


「ば、馬鹿なギャァァァッ!」


 トドメと言わんばかりに、最後には自分から突進していき、唖然としていた一人に右のトンファーでの正拳突きを見舞った。鳩尾にヒットした白銀の棒によって男の頭が下がると、ベルさんはその後頭部に右肘を入れて容赦なく気絶させる。


「ま。男は女に一生勝てないのが、世の中の真理さね」


 倒れた相手を一瞥し、彼女はまた他の相手へと気を張っていた。油断しないババアだ。


「【断罪少女セイバーレディ】っ!」


 そんなベルさんの次に暴れているのは、クレハさんだ。女性って怖い。

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