第十話 背中から撃ちたい人間はいる


「そんなにくっ付かれると歩きにくいんだけど?」

「あら、いいじゃない。あなた」

「あなたはやめて」


 マギーさん誘拐未遂事件からしばらく経った。僕は今、クレハさんと腕組みをしながら、お昼ご飯を買う為に共有スペースに隣接している購買部を目指している。


「たまには購買も良いわよね。すみません、この日替わり弁当を許嫁割引で二つ」

「まいどあり。お二人さんぐらい、熱々にあっためてあげるよ」


 頭に三角頭巾をかぶった購買部のおばちゃんと笑いあっているクレハさんに対して、かなり冷めている僕。

 あの日以降。とっ捕まえた奴らの尋問から得た情報で調べ回った結果。クレハさんの所属していた裏組織のアジトを見つけることに成功した。当然、自分たちだけで相手にできるようなものではなく、上に相談して対策部隊を設置。大捕り物となった。


 立てられた作戦は成功し、組織の長も捕縛。多少の死傷者は出たものの、構成員らもほとんど押さえることに成功し、壊滅させることができた。

 とは言っても、指定暴力団から構成員を借りて運営されていた組織であり、実態はわずか数名の組織であった。マル暴にも話が行き、芋づる式に暴力団にも取り締まりが及んでいるらしい。


「これ熱々過ぎて、食べられる気がしないんだけど」

「あら、あなたネコだったのね。知らなかったわ」

「舌の話だよね? 他意はないよね、その言い方」


 あとはクレハさんの処遇だ。彼女の過去は、予想通り悲惨だった。彼女の両親は、数千万を着服していた犯人だったらしい。そして名前と顔を変えて海外へ逃れる際の対価として、裏組織に売られた彼女。

 そこでの酷い扱いによって心的蓋章トラウマを発現。以降は裏切り防止の首輪をつけられ、裏組織で働かされ続ける日々、とのことだった。彼女の両親は、まだ見つかっていない。


 クレハさんが未成年者。加えて心的蓋章トラウマ持ちということで、上の方でも処遇について、意見が割れたそうな。厳重に処罰すべきだという声もあれば、心的蓋章トラウマ持ちとして研究対象にしたいという声もあった。それらを一蹴したのが、ウチのクソババアことベルさんだった。


「親に売られた子どもを、大人の都合でおもちゃにするつもりかい?」


 何だかんだで子どもには甘いベルさんは、警察内でもかなりのやり手であるらしく、発言力も高い。結果として彼女の意見が採用され、日常に戻れるように補助をすること。その後の処遇についてはこちらから提案こそするものの、最終判断はクレハさんに委ねることが決まった。

 ただし彼女自身が犯罪に加担していたこともあり、今は執行猶予付きの身分でもある。その執行猶予というのが、高校生の間ということになった。


「学生寮にも引っ越し終わったし、今度は学内デートしましょうね」

「ふーっ、ふーっ。デートに行くんなら。熱々じゃないお店が良いな」


 近くの席につき、苦労している僕の向かい側で、熱々のお弁当を苦も無く食べているクレハさんだ。元々が裏組織の息がかかっていた安宿であった為に、こちらの学生寮の設備の充実っぷりにはかなり驚いたらしい。お手洗いと洗濯機って共用じゃないのね、と言っていた彼女の言葉から、生活苦の断片が垣間見えた。


「おや、卜部君に上運天君」

「あっ、小柳津先生」


 お弁当を食べていたら、小柳津先生が通りかかった。いつもの物腰の柔らかいその雰囲気に、僕は普通に返事を返す。一方で、クレハさんはピクリと身体を揺らしていた。


「困っていることがあったら、遠慮なく言ってくださいね」

「……はい、ありがとう、ございます」


 親が確認できないクレハさんの後見人には、この小柳津先生が名乗りを上げてくれた。以前から気にかけていてくれたこともあり、まるでそう計画されていたかのように、スムーズに話が進んでいった。

 ただ、やはり彼女は先生と話す時に少しぎこちない気がしている。気のせいだろうか。


「っていうか、そもそも誘拐計画の妨げになる僕に取り入って篭絡。それが出来なくても足止めするのが目的だったんだろ。終わったなら、もう僕に構わなくても良いじゃないか。好きな男のところに行ったら?」


 小柳津先生が行ってしまった後で、僕は話題を切り出した。諸々の手続きや引っ越し、関係各所とのやり取りが終わって落ち着き始めたのが最近だ。事が済んだのならゆっくりしたいというのに、彼女はずっと僕に付きまとってくる。


「だからあなたの元に来てるんじゃない。女の口から言わせるなんて、野暮な人ね」

「僕は君が嫌いだ」

「でも私は好きよ」

「ヒュー、熱いねえ」


 そんな僕らに声をかけてくる人がいた。イケボでこんな軽い感じに関わってくる人物には、心当たりが一人しかいない。


「ローズ」

「あらローズ君じゃない。お久しぶり」

「よっ、ハジメにクレハさん。二人とも元気そうじゃねーの」


 愛想のよい笑顔を浮かべたまま、ローズが手を振りながら近づいてくる。


「そう言えばローズ君って情報屋だったわよね? 一つ依頼したいわ。この首輪の外し方について」


 僕の隣にローズが腰かけた時に、クレハさんは自分の首輪をトントンと指で叩いた。裏切り防止の為に裏組織によって首につけられていたのは、盗聴器と爆弾がセットされた首輪だった。実はこれは、まだ外せていないのである。

 ウチの情報担当に調べてはもらったものの、指定電波以外の受信を受けると爆発する構造。加えてクレハさんの心臓の鼓動を感知する生体センサーもついている為に、迂闊に手を出せなかった。裏組織も他の組織からのシステムに相乗りする形で使っていたらしく、詳細は不明。現状は打つ手がない為に、ベルさんが代替案を頼んでいる状況だ。


「はーはー、なるほど。そーいや、まだ解ってないんだっけ。了解」

「お願いしておいてアレだけど、こんなこと調べられるの? 裏組織で使われてたシステムのことなんて」

「人の噂に戸は立てられない、って言うだろ? オレは爆弾の解除なんかできないが、そういうのに強い知り合いならいる。ま、任せてくれよ。値段はもちろん、友人価格だぜ。先払いだけどな」

「ハジメ君、出番よ」


 金の話になった途端、何故か僕が登場していた。意味不明だ。


「お支払いよろしくね、あなた」

「そうだぞ旦那さん。ここは男らしく、気前よく出してもらわにゃな」

「なんで僕が金出すんだよ? 関係ないね」

「あら酷い。爆弾がついたままが良いなんて、そういう趣味だったのかしら?」

「おいおいハジメ、爆弾首輪プレイなんて、いくらなんでもニッチ過ぎないか?」

「そうじゃねーっつってんだろ」


 僕は首輪フェチではない。双子の実の妹フェチだ、二度と間違えるな。


「ウチの情報部の追加調査も決まってるってのに、どうしてローズにまで頼まなきゃいけないんだよ? ってかもう一回言うけど、そもそも僕は関係ないじゃないか」

「あるわ。だって私たち、許嫁よ」

「許嫁の解消ってどうやるんだっけ、ローズ?」

「高くつくぜ?」

「世間話くらいロハでしろ」

「あっ。お兄ちゃーん、みんなーっ!」


 とそこに、天使の声が響き渡った。僕の頭の中には讃美歌が鳴り響き、世界が一気に色づいていく。輝きを取り戻した世界の中。僕の網膜に映し出されるのは、お弁当を持ってこちらへと歩み寄ってきている愛しくて美しい僕の妹。ツギコだ。


「よっ、ツギコちゃん」

「ローズ君こんにちはっ。クレハさんも」

「こんにちはツギコちゃん。今日もお兄さん、お借りしてるわ」

「全然良いですよー。頼りない兄を、どうぞよろしくお願いしますっ!」

「よろしくされちゃったわ。家族公認の仲なのね、私たち」


 とてもよろしくない状況だ。今からでも撤回せねば。


「ツギコ、実はね。僕、この人との許嫁を解消しようと思ってて」

「えっ。ど、どういうことなのお兄ちゃんっ!?」


 かと言って、安易にクレハさんの背景や僕の仕事をバラす訳にはいかない。ここは何かしらの、仕方ない理由をでっち上げる必要がある。


「ねえ、ツギコちゃん。お兄さんったら酷いのよ。私は嫌だって言ってるのに、許嫁は解消だーって」

「ええっ!? クレハさんと話し合ってってことじゃないの?」

「そうなんだぜツギコちゃん。オレも聞いていたが、ハジメが一方的に言っててな」

「ストップ」


 待て、待ってくれ。なんだその人聞きの悪い言い方は。間違ってはいないが悪意があるぞ。


「お兄ちゃん、どういうことなのっ!? ちゃんと説明してっ!」

「え、えーっとね。その。僕は正直、クレハさんのことは」

「えええっ。何それ、好きでもないのに許嫁になったってことっ!?」

「ハジメ君は私の身体目当てだったってことね。酷い人」

「ないわー。オレ、女子をそういう目でしか見られない男にだけはなりたくねーわ」

「お兄ちゃんっ!?」

「違うんだツギコ、僕の話を聞いてくれッ!」

「じゃあどうして許嫁になったのっ?」


 裏組織の関係者っぽかったから、彼女を探る為にその提案を受け入れました。って言えたら、どれだけ楽なことか。


「良いのよ、ツギコちゃん。彼を満足させられなかった、私が悪いの」

「駄目だよクレハさん、そういうことはちゃんと結婚してからじゃなきゃ。婚前交渉なんていけないんだよっ!」


 妹の貞操観念が堅牢で兄としては嬉しいが、それはそれとしてこの状況が不味い。急募、双子の妹を納得させつつ円満に許嫁を解消する方法。


「でも、私が一回くらい許していれば、こんなことには」

「女性にここまで言わせるとか、ホント男の風上にも置けねーわ」

「お兄ちゃんのバカっ、最低っ、大っ嫌いっ!」

「違うんだツギコォォォッ!」


 結局違うって言うんならちゃんと行動で示してよね、というツギコの言葉に反論することができず。僕はクレハさんとの許嫁を継続することになってしまった。被害者として振る舞うクレハさんと、こっちを悪者に仕立て上げるローズの援護射撃が効きまくっていたのも原因だろう。観念した僕が解消しませんと言った時、ツギコの後ろで二人が舌を出していた。許せねえ。

 背中から撃ちたい奴ってやっぱりいるものなんだなあ、としみじみと思った。僕は心の中にあるいつか殺すリストに、彼らの名前を記載した。

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