第十五話 バスで寝ると身体が痛い
水曜日になった。僕たち二年A組は全員でバスに乗り込み、小柳津先生の運転で街を出て郊外にある山へと向かっている。後ろのバスにはツギコやローズが乗っている二年B組のバスが付いてきていた。
今から向かう先は、日本で一番高い山。その中腹にある青年の家で、二泊三日の林間学校が開催される。が、その実態はなんてことはない。金持ちばかりのこの学校では、青年の家という名前で個別のコテージが待っている。お昼ご飯はバーベキューで、オリエンテーリングをした後、夜は花火が予定されている。要はキャンプだ。
「俺の美声に酔いなーッ!」
目的地へ向かっているバスの車内は、完全にお祭りモード。今はテツヤが備え付けられたカラオケで歌っており、取り巻きのジュンヤ達が盛り上げている。彼らに混ざっていないクラスメイト達も完全に旅行気分であり、そこかしこで楽しそうにお喋りしていた。
「…………」
「…………」
そんな中。バスの後方で窓際に座った僕と、通路側に座っているクレハさんは無言だった。
あれから僕らは、何となくよそよそしい感じになっていた。それに気が付いたクラスメイト達が気を回してくれ、バスの席を隣にされたけど。発車してから今まで、時に会話はない。秘密を暴露した僕としても、彼女と何を話したら良いのかが分からなくなっていた。
「ハジメ君」
不意に、クレハさんが話しかけてきた。
「この前は、その。話してくれてありがとう。話すのも、勇気が要る内容だったんじゃない?」
「別に、そんな大したことじゃないさ。悪いのは僕なんだし」
僕は顔を背け、窓の外へと視線をやった。勇気が必要だったか、と聞かれると何とも言い難いのが本音だ。あんまり話したくない内容だったのは間違いないが、結局は自分が蒔いた種だし。
その後、僕はあくびをした。昨日は早めに寝た筈なんだけど、休日を返上したこともあって、まだ疲れが抜けきっていないみたいだ。
「ううん、本当にありがとう。そしてごめんなさい。あなたのことも知らずに、ズケズケと」
「大丈夫、気にしてないよ」
素っ気ない返事にはなったけど、これも僕の本心だった。僕だって、別に女の子が大っ嫌いだから近づくな、って思ってる訳じゃない。ただ僕と一緒に居ても幸せになれないから、最初から近寄らない方が良いよってだけなんだ。
クレハさんも、最初は悪意があったかもしれない。だけどその後に歩み寄ってくれたのを、一方的にはねのけていたのは僕だ。誰が悪いなんて言わずもがな、ってやつだな。
「ふわ~あ」
またあくびが出た。眠気がかなり来ているのを実感している。ヤベ、しっかりしないと。林間学校とは言え、僕にはクラスメイト達を守る任務がある。一人で勝手に寝こけている訳にはいかない。僕は頬を叩いた。
「本当にごめんなさい」
クレハさんがまた謝ってくる。一体何だろうと思っていると、眠気が一気に襲ってきた。
いや、待て。いくら何でもおかしい。ベルさんにハワイで鍛えられたこともあって、僕はどんなに疲れていても起きていられる。死ぬ思いをして、ここまで眠気が強烈に襲ってくることはないように、訓練した筈だ。なのに今、気を抜いたらすぐにでも寝てしまいそうな心地に、僕は苛まれている。まるで何か、外的要因があるかのように。
「なァッ!」
僕は気が付いてしまった。バスの車内が、とても静かなことに。あれだけ騒がしかった筈のテツヤの歌も、女子らのお喋りも、何一つ聞こえてきていない。周囲を見れば、誰も彼もが眠りこけているじゃないか。
いつの間にか、バックミラー越しに見える運転手の小柳津先生と、目の前にいるクレハさんが両者共にガスマスクをしている。耳に意識を向けてみれば、何かスプレーでも噴射されているかのような音があった。
「催眠ガスか、クソッ。【
状況を把握し、僕は顔を強張らせる。ライトニングホークを取り出してクレハさんに向けたけど、いつもより鈍い動きだった。そんな程度が彼女に通用する訳もなく、いとも簡単にモデルガンを奪われてしまう。
「クレハ、さん」
「あなたの話をもっと早く聞けてたら、私は……でも、あなただけは」
そこまで聞いた時に、僕は意識を手放した。
・
・
・
次に目を覚ました時、僕は手首と足首をビニール紐で拘束され、椅子に座らせられていた。目の前には膝で頬杖つきながら座っているクレハさんがいる。
「おはよう、ハジメ君」
周囲を見回してみれば、ここは配管用と思われるパイプが天井付近を横断している、小さな部屋。物置っぽい印象だね。僕と彼女以外に人間はおらず、クラスメイト達の姿はない。
「おはようクレハさん。早速で悪いんだけど、この拘束を外してくれないかい?」
「駄目よ。もう少し待って」
「許嫁を拘束プレイとは、趣味が悪いね」
「爆弾首輪プレイを望むあなた程じゃないわ」
「それって君達が勝手に言ってただけだよね?」
いつものようなやりとりが続く中、僕はこっそりと手首と足首の関節を外してみる。ぬるい拘束ならこれで解けるのだが、上手くはいかなかった。仕方なしに、僕は自分自身を確認する。ライトニングホークとスマートウォッチはなく、内側に着込んでいた万能チョッキもない。丸腰だね。
「じゃあさ、ここはどこ? なんかカモメの泣き声とか聞こえるんだけど」
「ここは豪華客船、ファンタジー・オブ・ザ・シーズの中。浚われた二年生のみんなは一人ずつ競売にかけられて、てんでバラバラに売り飛ばされる予定よ」
抜かった、予想以上に酷いことになっているみたいだ。山に向かっていた筈なのに、海上に連れ出されているとは。早く拘束を解いて、みんなを助けなきゃいけない。そしてクレハさんのこの態度で、僕は全てを理解してしまった。
「そっか。僕はまんまと騙された、って訳だね」
小さく息を吐きつつ、僕は鼻で笑った。自分の間抜けさには、ため息しか出てこない。完全に事が終わったと思い込んで、彼女を警戒していなかったのは自分の過失だ。彼女に心を許しかけて、言わなくても良いことまで喋ったことも。
「そう、ね。本当にごめんなさい、ハジメ君。謝ったら許してくれる?」
「この拘束を解いて、みんな助けてくれるなら」
「それはできないわ。私はこの任務を完遂して初めて、自由になれるんだから」
クレハさんが自分の首元に視線を落としている。なるほど、そういう事情だったのか。
「そっか、残念。じゃあさ、せめて聞かせてよ。君の話を」
「良いわ。私のお話で良ければ、喜んで」
話しながら、僕は後ろで手が動くことを確認する。よし、外した関節も元に戻ったし、特に異常もないな。
「私が両親に売られたことは、知っているわよね?」
「ああ、そこは本当だったんだ。てっきり嘘なのかと思ってたよ」
「本当なのよ、嘘であって欲しかったわ。そこから、私の人生は終わっていった」
クレハさんは沈んだ調子で話し始めた。彼女のこれまでの、半生についてを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます