第9話 馬車の旅
馬車の旅は非常に退屈だった。
狭い車内で体も固くなる。度々馬車は止まり三人は体を伸ばしたりしながら進んでいく。
道中の食事は村などに寄れれば村の食堂などで食べ、野営をすることになれば御者とカエスが食事を用意してくれた。
この世界には魔物も居れば、盗賊も居るという。
大きな商隊などには大抵が護衛の冒険者などが雇われていたが、個人の行商人などとても護衛を雇う余裕のないものも居る。そういう人たちは皆、大きな商隊などの近くで野営をし、その庇護にあやかろうとしていた。
仁那には、あの豪邸を見る限りレクターが護衛を雇えないとは思えなかったが、他の行商人たちと同じ様に固まって一夜を明かす。
そんな旅の道連れも王都から離れるごとに減っていく。やがて王国の主要街道から離れる道へと枝分かれしていくと、もう同じ方向に行く馬車は一台だけと成った。
その行商人も、その先にあった小さな村で終着のようだ。ここまで一緒に旅をした事である程度気心も知れていた。
別れ際にカエスに話しかける。
「あんた達はこの先に?」
「ああ、もう少し行く予定だ」
「アガタ方面か? それなら、たしかにこっちの方が近いが街道を回っていったほうが安全だったんじゃないか?」
「まあ、道は近いほど助かるからな」
「急がば廻れと言うぞ。特にこの先はたまにオークが集落を創るんだ。気をつけて行けよ」
「ああ、せいぜいひっそりと行くさ」
その日は村で一泊した。いつも御者の人を含め四人で一つの部屋で寝ていたが、その日は仁那に個室を用意してくれた。恐縮する仁那に「女の子ならたまには一人になりたいじゃろ」とレクターが強引に泊まらせてくれた。
仁那も、もう皆で雑魚寝をすることには慣れていたが、久しぶりに一人でゆっくりとした夜を過ごす。特に風呂やシャワーなどは無いがお湯を貰い体を拭く。これがやはり男の人と同じ部屋だとなかなか難しい。久しぶりにサッパリとした仁那は、レクターの気遣いに感謝をした。
朝になり、宿の一階の食堂で皆で朝食をとりながら、レクターに気になっていたことを聞く。
「オークって魔物ですよね?」
「そうじゃ、豚の顔のな」
「大丈夫なんですか?」
「なーに。オークやゴブリンは報告があれば定期的に軍隊が集落を潰している。問題はないじゃろ」
「はい……」
不安げな仁那にレクターが何でも無いと伝える。仁那がカエスの方を向けばカエスも問題ないよと気にもしていない。
この世界の二人がそういうのなら大丈夫だろうと、ようやく仁那も安心した。
馬車に揺られ半日ほど経ち、そろそろ昼飯の為に休憩をしようと場所を探しているときだった。先の方で倒木が道塞いでいた。
慌てて御者が手綱を引く。ヒヒンと、馬がいななきその歩みを止めた。
「参ったなあ……」
御者が呟きながら馬車から降り、倒木に近づいて行く。
倒木はそれなりの太さがり、どうするんだろう? と仁那が窓から外を伺っていると、林の中に何人かの人影が見えた。
「カ、カエスさん……あそこ、人が」
「ん? ……あれは……オーク?」
「え?」
言われてみれば確かに人とは違う気がする。後部座席のレクターもそれを見て唸り声を上げる。御者もオークの影に慌てて馬車に戻ってくる。
「これは……困ったのぅ」
「まさか……こんなことに」
「ああ……もう終わりだ!」
オークの姿に三人の男たちが揃って絶望の声を出す。それを見て仁那が更に顔色を悪くする。辺りからは剣呑な雰囲気が漂っていた。
……
実は三人はオークの出現報告は村で抑えていた、それでも今回敢えてこの道を進むのには理由があった。
仁那の戦闘能力の確認である。
レクターの見立てでは仁那は戦うことに対してはかなり消極的である。先日腕輪の使い方を教えたときも、その変化に怯えてすぐに変身を解いた。これでは先々も思いやられる。
おそらくこの旅で魔物に襲われても仁那が戦闘に参加することは無いだろう。実際オークごときでは王国最高の賢者として名を知られているレクターにとっては恐れるような魔物ではない。だがレクターやカエスが魔法で対処してしまっては困るのだ。
そこで昨夜、仁那を個室で別に休ませ、裏でオークが間違いなく出現するだろうことを確認し、三人でひと芝居の打ち合わせをしていた。
そんなことを知らない仁那は突然のハプニングに慌てふためく。
「致し方ない、ワシも魔術師の端くれ。ここはお前たちだけでも逃げるんじゃ」
「レ、レクター様!」
「時間がない。ニナを守ってやるんじゃぞ」
「そ、そうですね。ここは老い先短い老人より、未来ある僕たちが……」
「老い先……短い?」
「あ、いや、そうではなくてですね……」
カエスのアドリブに思わずレクターがジロリと睨みつける。カエスは慌ててフォローをするが、そんな粗も、パニックになってる仁那はまるで気が付かない。
「みんなで逃げましょうよ!」
「ぬ……もう囲まれておるようじゃ……ああ……」
「そ、そんなっ!」
「ううむ……だが一つだけ、方法があるのじゃが……しかし……」
「方法? どんな方法です?」
「……お主の、その腕輪じゃ」
「腕輪……」
仁那は困惑の表情を浮かべ左腕の腕輪を見る。先日のあの嫌な感覚が蘇り、眉を寄せる。しかしこのままではどうしようもなさそうに思えた。レクターがオーク達を引き付けると言うが、仁那にとってはレクターは恩人だ。その恩人を犠牲にして逃げるなんてことは考えられなかった。
「わ、分かりました……」
「おお、やってくれるか!」
「どこまで出来るかわかりませんが……」
「ワシらも出来る限り魔法で戦う。共に生き残ろうぞ!」
「は、はい!」
仁那はレクターやカエスと共に馬車から降りる。オーク達は仁那の姿を見てブヒブヒと嬉しそうに涎を垂らす。食べ物として、それとも……、そんなおぞましい事が脳裏をよぎり仁那は思わず吐き気を催す。
――あんなのに……。絶対嫌だ。
心はすでに決まっていた。仁那はオーク達をにらみつけながら左手を真っ直ぐに突き出し、そこに右手を添える。
まだ変身を見ていないカエスが後ろからゴクリとつばを飲み込んだ。
「開錠!」
……次回へ続く!
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