竜血の乙女~瀕死のまま召喚された少女は、異世界で改造される。

逆霧@ファンタジア文庫よりデビュー

第1話 事故

 それは唐突だった。

 猛スピードのトラックがけたたましいクラクションの音とともに悲鳴のようなブレーキ音を響かせていた。その音に仁那は慌てて振り向いた。

 トラックの向かう先には一匹の黒猫が、驚きの中硬直していた。それを見て仁那は反射的に黒猫に向かい走り出した。


 ――危ない!


 ゆっくりとした時の中で、昔の中国に性善説というものを唱えた思想家の話を聞いたのを思い出していた。赤子が井戸に落ちようとしていた時、反射的にそれを助けようとするのが人間だと。……あの思想家の名前はなんだっただろう……。


 飛び出した私の手が猫に触れた。


 ――間に合った。


 その瞬間、仁那の体はひどい衝撃を受け、弾かれるように宙を舞う。


 ……。


 ……。


「うわっ! 事故だ!」

「死んだか?」


 現場は騒然とし、たちまち人だかりが出来る。

 登校中だったと思われる学生の1団が物珍しそうに動けぬ仁那を見ていた。


 ドックン……。


 ――これ、駄目なやつかも……。


 思いの外痛みは感じていなかった。すでに感覚が麻痺しているのだろうか。だけど、体はまったく動く気配がない。


「にゃあ」


 ペロペロとくすぐったい感覚に目を開けると、あの黒猫がなにか必死に自分の顔をなめていた。


 ――良かった。……助かったのね。


 周りに広がる赤い血の池が、事故の酷さを物語っていた。この状態でよく意識が残っている。猫になめられると、心なしか体が楽になるような感じがする。

 動けぬ仁那はそのまま仁那は猫のなすがままにされていた。


「おい! 警察を呼べ!」

「違う! 救急車だっ!」

「間に合うのか……これ」


 辺りの騒がしさが他人事のように聞こえている。パシャパシャと、スマホのシャッター音もしていた。こんな時に、自分のこんな写真がSNSで上げられちゃうのかと考えて、恥ずかしさを感じていた。

 でも……きっと駄目だと、仁那はなんとなく感じていた。


 ――お母さん……ごめんなさい。


 母一人で私たち兄弟を必死に育ててくれていたのに。そう思うと申し訳なさと、さみしさがこみあげてくる。


 ――今日は、学校が早く終わるから、弟の保育園の迎えも頼まれていたのに。


 そんな気持ちも、朦朧となってくる。


 やがて目を開けているのも辛くなり、仁那は目を閉じた。


 ……。


「お、おい。なんだこれっ」

「は? 何? まさか魔法陣ってやつじゃね?」

「なんだよこれ……」


 もう眠ってしまえと、意識を手放そうとした仁那の耳に聞こえるざわめきは、少し感じが変わっていく。


 ――魔法陣?


 薄っすらと目を開けると、辺りは黄金色に輝いていた。

 異常な事態に金色の光から慌てて逃げていく人の姿が見えた。


 ――な、に?


「にゃあ」


 黒猫の泣き声が聞こえた瞬間、猛烈なめまいに襲われる。

 何が起ころうとしているかは分からないが、これで終わりなのかもしれないと考えていた。


 しかしスグに目眩が収まり。


 見知らぬ部屋に居た。



 ◇◇◇



「ようこそ。ダージリン王国へ」


 見知らぬ部屋に居たのは仁那だけではなかった。他にも数名の人たちが呆気にとられたように立ち尽くしていた。

 動けぬまま寝転がっている仁那は周りを見回す事も出来ず、ひんやりとした床の冷たさを感じながら、周りの人たちのざわめきを耳にしていた。


「これって……もしかして異世界転生ってやつか?」

「いや死んでねえから、召喚だべ」


 興奮したように高校生らしき若者が喋っている。


 異世界……? 仁那はクラスの男の子たちがそういうライトノベルを読んでいる話を聞いたことがあった。


 ――たしか、トラックに轢かれて。死んだら異世界に生まれ変わるんだっけ……。


 しかし薄れていく意識の中で、仁那は生まれ変わるにはまだ死んでいない事に思い当たる。


 ――でも、私、瀕死の状態で……。


 ――だめだ、……何も、考えられない……。


 段々と、周りの声が遠くなっていく……。


 ……。


 ……。



 そこはまさに異世界。地球とは全く違う次元の世界であった。この神殿では勇者の召喚の儀が行われたところだった。


「突然の召喚。皆様には申し訳ないとは思っております」


 聖職者のような服を着た美しい女性が戸惑う人たちに声をかける。部屋の真ん中には複雑な紋様の魔法陣のような図柄が描かれていて、そこに七人の男女が立ち尽くしていた。

 厳密にはもう一人、仁那が倒れたまま動けずにいたのだが。


「召喚って何だ? ……帰れるのですか?」

「うおっ。マジか。俺もとうとう……」

「ドッキリじゃねえのか?」


 皆それぞれに口にするが、女性はジッと黙ったままそれを見つめていた。

 やがて、女性がしゃべるタイミングを待っているのだと気がついた人々が口を閉ざす。それを見て、女性は満足したようにゆっくりと説明を始めた。


「私は、ミーシャ。この神殿の司祭をしております。この度の召喚の義を取り仕切るものです。ちなみに……申し訳ありませんが、皆様が帰る術を私どもはしりません」


 再び広場がざわめく。怒りの声を上げるサラリーマン、興奮したように喜ぶ男女の高校生。困ったようにオロオロする主婦。

 ただ、トラックを運転していた男は心配そうに倒れている仁那の方を見つめていた。


 ミーシャは先ほどと同じように皆が口を閉じるのを待ち、話を続ける。


「私達があなた方を選んだわけではないのです。そこにいるチャシュ猫……そう、その黒い猫が指定した座標と我々の召喚陣が繋がったのです」

「猫……だって?」


 トラックの運転手が突然目の前に飛び出してきたその猫を見つめる。


「はい。その猫が召喚陣の入り口となっているのです。我々が様々な異なる世界から、召喚陣を開く目印として使用しているのです。その時に周りに誰も居なければ誰も召喚されることはありません」


 みな呆気にとられて、息も絶え絶えな少女をペロペロと舐めている猫を見ていた。


「この猫は、この世界の?」


 サラリーマン風の男が質問をする。


「いえ。その猫はどの次元の存在でもありません。ただ、強い魔力を持ち、私達が異世界より勇者を求める時、その存在を利用させてもらっているだけです」

「……」


 わけもわからない説明に、サラリーマン風の男も口を閉ざした。


「俺たちが異世界の言葉を理解できるのも言語理解ってやつか?」

「それは私どもにもわかりません、ただチャシュ猫と共に召喚された者はそういった言葉の壁は無くなるようです」

「……ギフトなのか?」


「そんな事より勇者? 勇者って言いましたよね?」


 そんな中、隣にいた高校生の一人が興奮気味に尋ねる。


「はい。私達の世界では皆魔力を持ち、それを利用して生きております。ただ、その力はこの世界特有のもので、別の次元の方々には全く無いと言われております」

「それは召喚されてきて特別な力とかを得たりするということですか?」

「召喚自体ではそれは起こりません。ただ、……この神の果実を食べることで、神からの力を得ることが出来ます。これはもともと魔力などがある私達では得られない奇跡なのです」

「おおお。神の力!」

「まじか、食べたい。スグにっ!」

「私も、食べれるのかしらっ」


 四人の男女が話を聞いて更に目をキラキラさせている。

 ミーシャが指示すると、部下らしき男性が果物を入れたカゴを持って前に出る。果物は桃のようなピンク色のキレイな果実だった。

 それを一つづつ召喚された人たちへと渡していく。


 男性の神官が7人に渡し終わり、床に倒れている少女に気がつく。

 少女も高校生なのだろうか。他にいる四人の高校生とは別の制服を着ていた。ただ今だに血が流れ、息も絶え絶えな様子に困ったようにミーシャの方を振り向く。


「ミーシャ様……この方は?」

「残念ですがもう手遅れでしょう……神の果実は数年に一つしか実らぬ貴重なもの。申し訳ないですが今回は遠慮してもらいましょう」

「……そうですね」


 トラックの運転手はそれを見て慚愧の心が芽生えるが。少女から目線を外してしまう。日本の法が適応されないこの世界なら、知らないふりを……そう考えてしまっていた。


 ただ一人、死の淵を彷徨う少女をよそに、召喚された7人は手にした果実を口にした。




※ドラゴンノベルのコンテスト向けに書きおろしを始めてみました。噂では評価やブクマ数で足切りっぽいのもあるらしいので、もしよろしければ評価など入れていただければ幸いです。

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