第2話 神の果実

「……なんか、変わったか?」

「うーん。良くわからない」


 果実を食べた高校生の四人がお互いに変化が無いかを確認していた。


「すでに皆様の中でわずかながら魔力が芽生え始めております。ただ、それは修練を重ね、様々な魔物を倒していく中で少しづつ大きく育つのです」

「その、スキルとかジョブとかは無いのですか?」

「スキル? ジョブ?」

「えっと……特別な技、みたいなものとか魔法が強かったり戦いが強かったりするような特性だったり……」

「なるほど、それはあなた方の中でじっくり育てていくことで、やがて花が開き実をつけるように徐々に備わっていくことになります」


 この世界の人間も基本的には魔物と戦い続けることで少しづつ能力なり力が伸びてくるようだ。その理由は色々な説があるが分かっては居ないらしい。

 どうやら、その力の伸びが、神の果実を口にした者はこの世界に元々居るものよりかなり大きいようだ。


 それを聞いていたサラリーマン風の男がポンと手をたたく。


「なるほど、ファジーな感じなのか」

「ファジー?」


 サラリーマン風の男の言葉を理解できない学生が聞く。


「俺達の世界でゲームをやっているとレベルが上って強くなるだろ? 段々と。ああいったデジタルな感じでの成長でなく、徐々に上がっていくという事だ。よりリアルじゃないか?」

「な、なるほど……」


 召喚されたときよりサラリーマン風の男も現状を受け入れだしていた。

 ただ、一人中年の女性が戸惑ったようにいまだ果実を口にせず、佇んでいた。


「さあ、貴女もどうぞお食べください。毒などでは無いですよ?」

「しかし私には夫も娘も……」

「それは先程申し訳ないと謝罪させていただきました。今この世界には危機が迫っておるのです。私どもにも選択肢はなかったのです」

「しかし……」

「この世界には魔物などの危険も多くあります。貴女がそれらに対応しうる物があるとしたら、その神の果実のみなのです……。お気持ちはわかりますが」

「ま、魔物?」

「……はい。残念ながらそれらを私どもは駆逐できておりません。自分の身は自分で守る事がこの世界での生き方なのです」

「……そんな……」

「おばちゃん。味も悪くねえぜ。食べちゃいなよっ!」


 とうとう、女性も果実を口にする。

 それを見て、安心したようにミーシャが微笑みかけた。


「さあ、皆様食べましたね。それでは皆様がこの世界に馴染むまで過ごしていただくお部屋へ案内いたします」


 ミーシャがそう言い、部下たちに指示をする。


「……だけど、この子はどうするの?」


 高校生の女性が一人、倒れている少女の方をみて聞く。


「その子は……もう手の尽くしようがない状態です。看取った後に丁重に埋葬させていただきます」

「そう……せっかく異世界に召喚されたのに、可愛そうね」

「それもこれも世の定め。致し方ありません」


 高校生の少女は、哀れむように倒れた少女を見ると、ぐっと目を閉じ向き直る。

 そして、神官達に先導され、部屋から出ていった。


 ……。


 ……。


「なあ、ミーシャ」

「如何なさいましたか? 大賢者様」


 召喚の儀をジッと見つめていた老人がミーシャに話しかける。ミーシャはその老人に対して丁寧な口調で、しかし気持ちの入っていないかのような冷たい声で応える。


「それを、俺にくれ」

「それ、とは?」

「そこの死にそうな少女じゃ」

「あら。まあ……。そういうご趣味が?」

「ぬかせ。召喚者のサンプルなどまず手に入らないからな。色々調べてみたい」

「やっぱり貴方は変わっておりますわ。……別に構いませんが。私の回復魔法でもどうしようもない状態ですよ?」

「別にかまわねえよ……どれ……悪いな、どいてくれ」


 そう言うと、大賢者と言われた老人がひょこひょこと倒れている仁那に近づく。仁那の脇で様子を見ていた兵士の一人が慌てて場所を開ける。


「にゃあ」


 仁那をぺろぺろと舐めていた猫が慌てたように飛び退る。そしてスッとその姿が薄くなり消えていった。


「チェシャ猫が懐くとは面白いな。……ほう……まだギリギリ生きてるじゃないか」

「はい、ですがもう長くはないかと」

「サンプルは新鮮なほど良いからな」


 そう言うと大賢者はブツブツと何かを呟きながら仁那に向かって手を伸ばす。すると仁那の体がビクッと一瞬跳ね、固まったように動かなくなった。


「生命凍結?」

「そうじゃ。鮮度の良い食材を輸送するにはこれが最適じゃろ?」

「そんなもの使える魔術師なんてそんないませんよ。……やはり貴方の趣味は良くないようですね」

「ひっひっひ、そういうな」


 ミーシャの嫌味のような言葉にも気にすること無く、老人は鞄からクルクルと巻かれた絨毯を引き出し仁那の横に敷く。


「誰か。これに乗せてくれ」


 大賢者に言われ、周りに居た兵士二人がそっと仁那を持ち上げ絨毯の上に乗せた。持ち上げられても仁那は凍りついたようにピンと体を伸ばしたままだ。

 絨毯に乗せられた仁那を見て大賢者は満足したように手にした杖を振る。すると、ススっと仁那を乗せた絨毯が浮かび上がった。


「それじゃあ、行くぞ」


 大賢者が杖を手にあるき始めると、浮いた絨毯がその後をついていく。

 それをしばらく眺めていたミーシャはやれやれと首を振ると、部下たちに部屋の片付けを指示した。床には大量の血糊が付いていた。バケツやモップを持った兵士たちが床の掃除を始めるのを見て、ようやくミーシャも部屋から出ていった。


 

 ◇◇◇


 地下の薄暗い廊下を老人が鼻歌を歌いながら歩いていた。

 大賢者と呼ばれる男だった。その後ろには宙に浮く絨毯が付いてくる。絨毯には意識を失い死にそうになった仁那が乗せられていた。


 廊下の突き当りの木の扉に近づくと、ギギギと渋い音を立てながら扉が開き、老人は楽しそうにその中に入っていった。


 その部屋はかなりの広さがあり、部屋の両脇には大きな棚がずらりと並んでいた。そして棚には所狭しと大小様々な瓶が並んでいる。中では一人の青年が作業台の上に顔を伏せて寝ていた。

 青年は扉が開く音に、ビクッと飛び起き、何事もなかったかのように老人を迎え入れる。

 

「レクター様。おかえりなさいませ。召喚の儀はいかがでした?」


 青年はぼさぼさの髪にヨレヨレの白衣で、目の下には大きな隈が出来ていた。

 レクターと呼ばれた老人は、チラリと青年を見つめてその姿に眉を寄せる。


「まったく、もっとシャキッとせい。もう何日も寝て無いようじゃないか」

「……何日も寝ていないんです。って、レクター様、その子は……、ああ。とうとうやってしまわれましたか」


 青年は、レクターの後ろからついてくる絨毯を見て驚きの声を上げる。仁那の体には毛布が掛けられていた為、事故で体中が血だらけなのも、傷も見えていない。


「とうとうとはなんて言い草じゃ! 違うわい。久しぶりにあたりを引いたんじゃよ。カエス。解剖台を一つあけろ」

「解剖台を? その子を? ってその子はどこから拉致してきたので?」

「拉致じゃないわい。これは召喚者の一人じゃ。瀕死ということで神の果実も与えられていない。聖女に頼んだら譲ってもらえたんじゃ。ひっひっひ。ラッキーじゃな」

「召喚者……」


 カエスと呼ばれた青年は不思議そうに大賢者の後ろに浮く絨毯を覗き込む。


「キレイな子ですね……」

「はん。見た目なんて単なる殻じゃよ。それより早く台に移せ」

「は、はい!」


 青年は見た目より力はありそうだった。絨毯の上の仁那をひょいと持ち上げると、スグに解剖台に乗せる。

 それを見て大賢者は満足げにうなずいた。


「さて……今日は眠れんぞ……」

「……昨日も寝てないのですが」

「それはワシも一緒じゃ。ひっひっひ。さて、どんなもんかな」


 大賢者は嬉しそうに、台の上に横たわる少女を見つめていた。

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