第3話 地下室で 1

 薄暗い地下室で、コポコポと何かの薬剤が反応するような音がしていた。

 瓶の中を眺めていた老人が何かを考えこむように視線を彷徨わす。


「やはり……血液に何かの防御機構があるようだな。これはどこで作られるんじゃ?」

「私たちと同じでしょうか」

「ううむ……召喚者はワシらと子供も作れる。何よりも見た目も同じじゃ。そう思うのだが……やはり骨で良いのか……」


 老人の名は大賢者レクター。この国、この世界で知識において並ぶものは無いと言われる男だった。その大賢者が嬉しそうに目の前の少女の体を小さいナイフで切り裂き、腹の中を調べていく。


「ふむ……だいぶ骨もやられているようだな。ホーンドブルにでも衝突されたようじゃ。これは、骨から変えていくべきか……」

「そうですね、上手く治癒できれば……え? 何をするつもりですか?」

「何を? 見てわからんか。この子を治そうとしてるだけじゃよ」

「いや、でも……用済みの召喚者を。怒られませんか?」

「教会からも好きにしてよいと言われたんじゃ。好きにするさ……人にキメラの技術などを使えば怒られるがな……神の果実を食べてない召喚者じゃ。その法は当てはまらんて」

「そんなっ……やばいですって」

「気にするな。お前は何もしてない事にしておいてやるからな……」

「不味いですって」

「よし、せっかくの素体だ。竜を使うか」

「いや、だから……はい?」


 助手の青年、カエスが慌てたように止めようとするが、レクターは聞く耳も持たず棚の方に歩く。


「ぶっ……それは……ダメですって」

「こんな小さな少女に合う骨なんて無いんじゃ。ホムンクルス技術で作るしかあるまい」


 レクターがいくつかの素材を棚から取り出し、それを机の上に置いていく。それを見た青年が顔色を変える。


 それは当然だった。ホムンクルス……言ってみれば錬金術で作り出す人造人間だ。この世界ではホムンクルスを作ることは教義により禁忌とされていた。


 数百年前。人間が奴隷やメイドなどの為にホムンクルスを大量に使役した時代があった。だが、そのホムンクルス達が一斉に蜂起し、人間たちに牙をむくという事件が起こる。

 いわゆるホムンクルス戦争と言われる物だった。それ以後、ホムンクルスの技術は教会により封印され、それを作ることも禁じられていた。


「なに。四肢の欠損などの治療に使われる義肢だって元を辿ればホムンクルスの技術じゃ。ちゃんとこの子の脳はそのまま使うんじゃ。問題はあるまいて」

「そうですが……レクター様はその免許をはく奪されているじゃないですか」

「ひっひっひ。免許をはく奪されても技術ははく奪されておらんぞ」

「そういう意味では……」


 しゃべりながらもレクターの手は止まらない。カエスは諦めたように手伝い始める。


「これ終わったら休暇もらいますからね。一か月……いや二か月は欲しいです」

「……まあ良いじゃろう。ほれ。手が止まってるぞ」

「絶対ですよ?」

「ああ、じゃから今はこれを楽しめ」

「はあ……」


 ……。


「本当に竜の血を使うんですか? それは賢者の石の――」

「ふん。賢者の石なんて使いこなせるような奴なんていないんじゃ。勿体ない」

「竜の血を使う方が勿体ない気がするんですが……」

「お前はいちいち煩いんじゃ。ほれ、陽脈をとれ。竜の血は陰脈からいれる……色が変わってきたら言うんじゃぞ」

「色って、どっちも赤じゃないですか」

「血に混じる魔力を見るんじゃ。まったく……ちゃんと勉強してるのか?」

「……」

「よし、生命凍結を部分解除する、治癒魔法を」

「はい」


 ドックン……ドックン……。

 レクターが杖を手に心臓に掛かっていた魔法を解くと、再び心臓が動き出し、体の中を竜の血が巡り始める。しかしその動きは通常の物よりだいぶ弱弱しい。

 慌ててその心臓にカエスが必死に光を発する手を添える。治癒魔法だ。


 心臓は光を受け、その動きを強くしていく。それを見て、カエスはほっとした顔になる。


「やはり……魔力の無い人間は面白い。簡単に竜の血を受け入れるようじゃ」

「大丈夫ですか? 他の臓器は生命凍結が掛かってるだけじゃないですか?」

「それはしばらく経てば馴染む予定じゃ。竜の魔力を蓄えた血は治癒力も補助するが、何よりも強い。徐々にこの子の本来の防御式を侵食していく……。キメラも弱い物に強い物を足していくのが基本じゃろ?」

「人と魔物を同じに考えて良いんですか?」

「同じじゃろ。本来は……」

「教会の人達の前で言わないでくださいね……」

「どれ、ある程度回ったかのう。一度止めるか」


 血液を流し込んでいた輸血装置を止め、レクターはしばらく心臓の動きを見つめる。規則正しく動いていた心臓が、やがて不規則な動きを始める。


「む、いかんな……一度凍結して馴染ませるか……」

「やっぱり無理なんですよ」

「いや。おそらく強すぎる血にパニックを起こしているだけじゃろ。このまま続きは明日にする」

「やっと寝れるんですね」

「何を言っとるんじゃ。体を創る準備をするぞ」

「へ……」

「お前は羊水を作れ。そうじゃな……これだけの重症じゃ。半分ほど回復薬を使おう、ポーションじゃ不安だな。ハイポーションを使おう」

「ちょ、ちょっと待ってください。ハイポーションって、しかも半分も? そんなのどこにあるんです――」

「作ればよい」

「……はぁ?」

「良し、忙しくなるぞ!」


 張り切るレクターをゲンナリした顔で眺めながら青年は諦めたように回復薬を飲み干す。


「で。骨のサンプルは取らないんですか?」

「いや……この子の形をベースにしたいからな、羊水が出来上がったらこのまま入れよう」

「たしかに……パーツを作って繋げるよりはその方が良さそうですけど……」


 四肢の欠損した時などは、その患者の組織のサンプルを取り、患者に合わせたパーツを作るのだが、羊水の中でそのまま再生していく事にしたようだ。不要部位を切り取る必要はあるが、移植の手間はかからない。

 ただ、それだけに治療中は生命凍結を解く必要もあり、生命管理がむつかしくなる。


 レクターは何かを考えながらウロウロと壁の素材の前を歩き、やがて一つの箱を手に取る。


「……また何を……」

「こいつを使う。どうせこの際だ。最高の素材でパーツを作ろうと思ってな」

「竜骨なんて貴重なもの――」

「異世界人の体のほうがずっと貴重じゃ」

「……もう何も言いませんよ」

「そうじゃ。手だけを動かせば良いんじゃ」

「はぁ……」

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