第8話 出発
ドタバタと慌ただしい音と共にドアが開かれ、カエスが息を切らせて部屋に飛び込んできた。
「な、なんですか? 今の」
「今の、とは?」
「魔力です、なんかやばい感じで……あ。ニナちゃん。え? ……まさか?」
「ほっほっほ」
「……まじっすか……」
驚くカエスにレクターが告げる。
「そろそろニナを外に出す」
「……え?」
「予定通りじゃ。馬車を用意しろ」
「は、はい」
そういう話は元々決めっていたのだろう、レクターに言われ、入ってきたばっかりのカエスがすぐに部屋の外に出ていく。突然の話に仁那は全く話についていけない。
「外……ですか?」
「しばらく様子を見ていたが、体の方は問題なさそうじゃ。能力の開放も問題なくできそうじゃしな。後は外でこの世界を楽しむがよい」
「でも、何処へ?」
「ここから少し離れた村にワシの姉が住んでいる」
「お姉さん?」
「ワシを見れば分かるだろうが姉もそれなりに年齢を重ねておるのでな、一人暮らしは少々心配もあるんじゃ。面倒を見てもらいたい」
「私が……出来ますか?」
「見ていたのはお主の体だけじゃない。その人となりも見させてもらった」
「でも、私はまだ子供でっ」
「ニナは十四と言ったか? この世界じゃ十五歳と言えば十分に大人じゃ。教養もありそうだ。自信を持つがいい」
レクターが自信満々に告げるが、当の仁那は不安げに眉を寄せる。見知らぬ老婆の介護をいきなり頼まれても、仁那には全く自身がなかった。
それを見てレクターは優しく伝える。
「勇者として天柱をするために戦い続けるより、田舎でのんびりと暮らす方がニナには合っていると思うのじゃ」
「……はい。確かに私には戦うなんて……」
言われてみれば、レクターはこの世界に来て瀕死の自分を助けてくれ、かつ自分の生活する場所まで作ってくれている。きっとレクターを信じて良いんだ。仁那にはそう思えた。
「ただ、以前も言ったように戦うときは戦う。そうせねば長生きは出来ぬ国じゃ。それだけは心しておくがよい」
「はい」
この時の仁那は、自分が本当に戦う事になるという実感は全く無かった。
やがて準備を終えたカエスが地下室に戻ってくる。カエスは持ってきた洋服を仁那に渡すと、これに着替えるように伝える。
「これって……」
「お主は本来死んだことになっておる。外に連れ出すときに目立たぬようにしなくてはならないからな」
「……でもこれ……?」
仁那が渡された服はどう見てもメイド服だった。こういう服は、クラスの男の達がそういう女の子の絵を見て喜んでいたイメージはあった。だけど、これを着る意味は十分に理解できた。
着替えたら声をかけるように言われ、二人は部屋の外で待つ。
「うむ。サイズはぴったしじゃの」
「ニナちゃん良いよ。可愛いじゃないか」
「そ、そうですか?」
2人のの反応に困りながらも、三人は階段を上がっていく。
薄暗い階段を上っていくとそのまま薄暗い廊下へ出る。おそらく外からは分かりにくいと思われる場所に地下への入り口があった。初めて見るレクターの家はかなり豪勢な館のようだった。
館のエントランスには数人のメイドや執事が待機しており、レクターが出ていくと軽く頭を下げる。
「準備は大丈夫じゃな」
「はい。問題なく」
「しばらく留守にする。後のことは任せた」
「はい」
仁那は今まで地下室で研究のことばかりを考えているレクターしか知らなかった。まるで貴族の偉い人のように堂々と執事に何かを命じてる。そのギャップに驚くが、カエスも当然のようにメイドから何やら鞄などをを受け取っている。
レクターはそのまま足を止めず、大きなドアを両手で押し開けた。地下室で過ごしていた仁那にとってはこの世界に来て初めて太陽の下に出る。眩しさに思わず目を閉じる。
入り口の前には四頭の馬が繋がれた馬車が停めてあった。そこまで豪華な作りをしている感じではないが車内はかなり広そうだ。
馬車の屋根にはルーフキャリアの様な物が付いていてすでに袋に包まれた荷物も括られている。出発のための準備はすでに出来ているようだ。
「さあ、乗るのじゃ」
「は、はい」
馬車の中は前向きに二列の長椅子のような座席が並んでいた。その前側のドアをカエスが開けたため、そのまま仁那は前の席に乗り込む。そのままカエスも車内に入り、仁那の隣に座る。
「主人が後ろで一人で乗って従者は前に座るというのがルールなんだよ」
仁那はなるほどとうなずく。確かにメイドの格好をした自分が後ろに座っていたら怪しまれるのだろう。
カエスの言うように後ろの座席にはレクターが一人で座る。
準備が出来たのを見て、カエスが御者に声をかけた。
「出してくれ」
馬車はそのまま敷地の門を抜け街中に入っていった。仁那は初めて見る異世界の街並みを不思議そうに眺めていた。
ガタガタと石畳の上を走っていくが、車内は気になるような揺れは生じない。中世のような街並みが完全にファンタジーの世界を実感させる。日本の歩道や車道の様に交通が整理されているわけじゃないらしく、人混みの中をゆっくりと進んでいく。
夢中で外を眺める仁那にカエスが訊ねる。
「どうだ? 王都ギーダの街だ」
「王都?」
「そう、この国の王様が住んでいる。ここからだと見えないが、あっちの方に王城がある」
「……凄く平和そうですね」
見る限り人々は幸せそうに見える。魔族と戦っているなんてとても考えられない程だ。
「この王都に住むものはある意味特権階級だからね」
「特権階級?」
「王都には精鋭の守備兵が揃っている。城壁を越えられる魔族なんてそういない。それだけに安全な王都の城壁内で家を持つには特別な許可が必要になるんだ。貴族だったり富豪だったりとね」
実際に街で住む者は裕福なのだろう、皆着ている洋服もキッチっとした身なりの人が多い。治安も良さそうに感じた。
馬車はそのまま大通りへ入り、正面にある城門を目指す。城門が近づいてくると後ろからレクターが声を掛けてきた。
「ニナ、名前を聞かれたらそのままニナと応えなさい。シーキだったな? 家名は言わないほうが良い」
「……わかりました」
「この世界では、家名は基本的に貴族が王から下賜される物なんじゃ」
「贅沢な名、なのですね?」
「ん? まあ確かに家名は贅沢な名前なのかもしれないな。メイドの格好をしたお主が名乗るのもな」
「わかりました」
馬車はそのまま城門までたどり着く。
城門では門番の兵士が馬車を止め御者と話をする。基本的にこういった馬車の場合、兵士に対する対応も御者の役目になる。
御者から大賢者が乗っていると聞いた兵士は中を覗き込む。大賢者はこの国では有名だがなかなかお目にかかれるものではない。どうしても高名な大賢者を一度拝見したい。そういう心理も働くのだろう。
中でレクターが右手を上げて兵士に挨拶をすると兵士は直立して敬礼し、そのまま前席に座る仁那とカエスを一瞥した。御者の言う人員に間違いないのを確認するとすぐに通行を許可する。
気楽なレクターらとは別に、自分が召喚された人間だと知られたら捕まるのかもしれないと、仁那はかなり緊張をしていた。
ようやく王都から出たことにホッと一息つく。
「これで問題はないだろう、少しは気を緩めなさい」
「はい……」
後ろからの声に、仁那が返事をしながら振り向くとレクターの後ろの窓に大きな城門が見える。ガタゴトと揺れる中、思わずその光景に見入る。
巨大な城門の両側には同じ様に背の高い城壁が続き、それが街をぐるっと囲っているのが見えた。
「すごい……ですね」
「臆病な人間たちが身を寄せ合って生きているだけじゃ」
「この街にも天柱が?」
「いや、天柱のある場所は戦地に成るからな、ここまでの発展はせんよ」
レクターはつまらなそうに語る。
王都へ向かう旅人、王都から出ていく旅人、それなりに物流などは進んでいるのだろう。そんな人々に紛れ、仁那達の馬車はゆっくりと進んでいった。
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