第14話 調味料

  それから仁那の生活が始まった。


「料理は出来るか?」

「はい……あっでも、この世界の調味料とかまだわからないので……」

「調味料? ほう。本格的じゃないか」

「そ、そういうわけじゃないですが」


 実際に仁那は元々母親と二人暮らしの頃から料理はしていた。父親が居なければ当然お金を稼ぐために母親は仕事をしている。そうなれば当然家のことは出来る限り仁那がすることになる。


 それでも、日本で居た頃のように味噌や醤油といった味を決める調味料がこの世界にあるとは思えなかった。そういった物が無い中、どこまで出来るか悩むところだった。

 それでもアニーの作る食事よりは美味しい物を作れる自信はあったが……。


 そんな仁那に、アニーは出かけるぞと、店を出る支度をする。今日は一軒届け物をする用事があるのでそのついでに店を回ろうということだった。



 アニーが向かったのは村外れにある小さな家だった。


「何も好き好んでこんな村外れに住まなくても良いのにな?」


 そう言いながら庭の門を開け家の扉まで行く。


「アニーだ。入るぞ」


 アニーは勝手知ったる、といった風に中に向けて声を掛けながら入っていく。仁那は流石に躊躇してると、アニーが振り向き、気にしないっで入ってこいと言う。そこでようやく仁那も家の中に入る。


 家の中には、一人の老人がロッキングチェアに座り、手にしていた本を脇のテーブルに置く。そして老眼鏡を外しながらアニーの方を向いた。


「ああ、アニー。いつも悪いな」

「気にするな。ワシは客は大事にするんじゃよ」


 そう言いながら、鞄から薬の入った袋を取り出し、テーブルの上に置く。

 仁那はそれを見ていて老人の片足が無いことに気がついた。老人も仁那の視線を感じたのか自分の足に目をやった。


「これかい? 昔ドジをやったときにな」

「ドジなもんかい。お前さんが居なかったらどこまで犠牲が出たか分からんのじゃ。英雄らしく堂々としていな」

「英雄なんて柄じゃねえよ。ところでその子は?」

「ああ。ちょっと訳ありでな。親戚の子を預かることになってな」

「……なるほどな、あのアニーも身の回りの世話をする人間が必要になってきたのか、年はとりたくねえな」

「そんなんじゃねえって言ってるだろうが……」


 どうやら老人は足が不自由ということで、こうしてアニーが薬を届けているようだ。


「これがないと良く寝れないんだわ」


 老人はそう言いながら仁那に笑いかけた。


「これからはこのニナが薬を持ってくることもあるかも知れないからな、今日は紹介も兼ねて連れてきた。ニナ、こいつはナヴァロっていうんだ定期的に薬を届けているからな、覚えてもらってくれ」

「ああ、枯れたババアが来るより若い子が来てくれたほうが俺も嬉しいぜ」

「枯れたジジイがなにいってるんだ」


 二人共口調は荒いが、どこかお互いに信用し合うような雰囲気もあり嫌な感じはない。

 仁那は改めて老人に挨拶をしてナヴァロの家を後にした。




 その帰り、アニーははじめは仁那をつれて村のお店などを周り、色々と教えていく。商店の店員や村の人達にも仁那を紹介し、仁那がアニーと居ることが自然なこととして認識されるようにという狙いもあった。



 この村は、ダージリン王国のカピという村であった。

 王国から見れば辺境と言われる場所にあったが、隣のニルギリ王国との国境にあり、村からすぐの場所に国境の砦があった。

 過去には争いもあったが、ここ百年以上前からダージリン王国とニルギリ王国同士での婚姻関係などが積極的に行われ現在両国の関係はかなり友好的に進んでいた。


 その為国境の兵士もそこまで多く詰めているわけでもなく、王国の貴族の子息などの従軍の実績を得るために安全な勤務場所として利用されるくらいである。

 

 そのニルギリ王国側の国境にはそれなりの規模の街があり、その街との流通があったため色々な品物などは割と揃ってる。国境の兵士たちが余暇に利用するような酒場もある。



 二人分の食事に成るからねと、食材を大量に買いながら調味料の店にも寄る。この世界には日本のように入れて混ぜるだけで味が出来るといった物はない。様々なスパイスなどを使って味付けをするという。


「と言っても、ワシは塩と胡椒くらいで味付けを終えちまうがね。どうだい? 気になる物があれば言ってくれ」


 アニーはそう言うが、仁那もそこまで詳しいわけではない。店の中を見るが醤油や味噌の様な馴染みのものがあるわけでもない。ホールスパイスというような乾燥させたスパイスや、香草のようなものが単体で並んでいるだけだ。


 仁那は困惑しながら店の商品を見ていく。それを見ていた店主と思われる中年の男性がアニーに声をかける。


「なんだ? 珍しいなアニー」

「ああ、この子は親戚の子でな、訳合って預かることになったんだが……。料理を覚えたいということでな、どうせなら色々と勉強させようと思ってな」

「ふむ……可愛い子じゃないか。確かにアニーの料理なんぞ、食えれば良いって物しか作らなそうだからな、塩と胡椒しか買ったことが無いぞ。はっはっは」

「でも、私もそんな料理が得意というわけでは……」


 戸惑う仁那に店主が簡単に説明をしてくれる。


 基本的にスパイス類は各家庭で独自に使い方があったりするらしいが、基本的に肉料理に一緒に煮込むと良いものや、魚介に合うもの、そういった相性があると説明を受ける。

 しかし料理の味は食べてみないことには何もわからない。困った顔に仁那を見てアニーが適当によく使うような物を適当に見繕ってくれと店主に頼む。


「ま、色々と試してみるがいいさ、簡単な使い方くらいならワシでもわかる」

「分かるなら普段から使えばいいのに」

「普段仕事で薬の調合をしまくってるんだ。飯の用意くらい簡単に済ませたいんじゃ」

「食事は喜びだぜ?」

「そういうのは若い頃に楽しむもんじゃ。年を取れば舌だって狂ってくるわい」

「そういうもんじゃねえんだけどなあ」


 店主は苦笑いをしつつも、調味料を袋につめ、一つ一つに名前と使い道を書いたメモを貼ってくれた。

 二人は礼を言うと、店を後にした。



「にゃあ」


 帰り道。仁那は耳に覚えのある声を聞く。

 振り向くといつかのあのチェシャ猫が、後ろから歩いてついて来ていた。レクターの邸宅の地下室でいつの間にか居なくなった猫が突然現れたことに仁那は驚く。


「あ、猫ちゃん? どうして?」

「にゃあ」


 猫は立ち止まった仁那に甘えたように近寄り、その足にスリスリと体をなすりつける。


「ん? なんだい? その猫は」

「レクターさんがチェシャ猫って言っていましたが……」

「チェシャ猫じゃと? ……どういうことじゃ?」

「良くわからないのですが、懐かれているみたいで……」


 アニーもチェシャ猫の存在は知っていた。


「不思議なもんだねえ……」


 アニーは不思議そうに猫を撫でる仁那を見つめていた。

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