第13話 テオ

 翌日、改めてレクターとカエスが挨拶に来る。

 二人共にそこまで感傷的な性格では無いようで、保護費という名目である程度のお金をアニーに渡すのと、仁那の服などを届けるためくらいの感じではあった。

 むしろ仁那がどうしても見送りたいと言い、村の外れまで見送りに出た。


「何かあったらまた王都を訪ねてくるが良い」

「はい、ありがとうございます」

「だけどレクター様はいつ国外追放になってもおかしくないからね。過度な期待はしないほうが良いよ」

「余計なこと言うんじゃない」

「ははは……」


 レクターとしては一つの実験が終わり、これで満足という感じもあるのだろう。だが仁那にとってはこの世界で唯一自分に生きる道筋を作ってくれた恩人であった。離れていく馬車を見ながらつい涙が頬を伝う。


「ニナ、あんな連中のために涙なんて勿体ないよ」

「でもっ……」

「まあ、あんたがこの世界で寄る辺ない寂しさを感じるのは当然だがね。……まったく我が弟とは言え、とんでもない事をしてくれる……」

「え?」

「貴女の体の事じゃよ。乙女の体を好き勝手いじりおって」

「好き勝手……」


 アニーの言葉に仁那が顔を赤らめる。

 昨晩、アニーは遅くまでレクターが残した羊皮紙の束を読んでいた。レクターとは得意分野は違ったが、仁那に施された改造のことについて大雑把だが理解はしていた。


「まあええじゃろ。リミッターを外さぬ限りそのままで居られるんじゃ」

「あ……そうですね」

「それより、そんなメイド服でうろちょろされても困るからな。帰りに服でも買っていくぞ」

「これじゃ、駄目ですか?」


 仁那は最近着慣れたメイド服のスカートをつまんで首を傾げる。


「メイドなんて雇えるような金持ち、こんな村には居ないんじゃ」


 この村に来るまでの道中、レクターから色々と教わってきた。目立たぬよう生きていくのが今の自分には一番だとも言われていた。この村でメイドの格好が目立つなら、変えなくてはいけないのだろう。


「それから、これはニナが持っていなさい」


 レクターがアニーに渡していた金貨の入った袋を渡される。


「でも、これって私の面倒を見る――」

「金なんていらぬわ。そんなのはニナが自分で働いて貢献するんじゃよ。まずは店の掃除、売り子、物覚えが良さそうだったら薬の調合も教えてやるよ」

「……はい」



 仁那そのお金を握りしめる。アニーがそれで服も買いなと村の洋服屋に連れて行ってくれた。

 仁那には元々地下室で着ていた服も渡されていた。しかしそれは入院患者が着るような服であり、レクターが仁那の状態を検査するのに適しては居たが、普段着としては厳しい。


「それは寝間着にでも使いな」


 アニーはそう言い放つ。


 自分が日本に住んでいた頃の物とは違うが、洋服のスタイルの衣服であったために仁那にも馴染みやすい服が揃っていた。ただ、殆どがワンピースの物で、ツーピースの服などは大人用の物しか無い。

 話によると、服も村の手先の器用な女性たちが自宅で仕立てたものをこの店に持ち込んでいるという。仁那は、そんな素朴でシンプルな作りの服に満足していた。


 しばらく服を見ていて何点か気に入った服を見つける。そこで仁那はこの世界の洋服屋さんは試着をしていいのか?と悩む。せめてサイズだけでも見たい。

 困ったようにアニーの方を向き聞いてみる。


「全然構わないよ。ほれそこの隅に試着場がある」

「ありがとうございます。何着か買っても良いんですよね?」

「ああ、そんなの気にするんじゃないよ。気に入ったのあれば全部買うといい」

「え? そんないっぱいは……」

「ああ、あの馬鹿……この店の服全部買えるような金を置いていきやがって……」

「え……」

「そういうこった。値段なんて気にするでない。この村にニナと同じくらいの年齢の子が少ないからな。あまりそういった服も少ないんじゃないか? サイズが合って、年寄り臭くない物を選ぶしか無いじゃろ」


 そう言いながらアニーも置いてある服を見ていく。

 少ないとは言え、おそらく若者向けの可愛らしい服を作るのを好きな作り手も居るようだ。やがて数着選んだ仁那は、メイド服から着替えて再びアニーの薬屋に戻っていった。


 ……


 薬屋に戻ると、店の前で一人の少年がウロウロと中を覗いたりしていた。


「おや、悪かったな、出かけてたんじゃ」


 ドアの鍵穴を覗いていた少年にアニーが後ろから声をかけると、少年はビクッと驚いたように跳ね上がる。


「あ、アニー。無事だったか」

「無事ってなんじゃ」

「いや、その。店の中で倒れてたりって……」

「ふん、ワシはまだまだ元気じゃよ、いつもの薬じゃろ? ちょっと待っとれ」


 そう言いながら、アニーが店のドアの鍵を開ける。その時になりようやく少年は仁那に気がつく。


「え……」


 店のドアを開き、中へ入るように言おうとしたアニーは、固まったように仁那を見つめる少年に気が付く。苦笑いを浮かべながら仁那に少年を紹介する。


「ワシの親戚の子供だ、しばらくうちに預かることになった」

「あ、ああ……。うん」


 少年の生返事に笑いながら仁那に自己紹介をするように言う。


「こ、こんにちは……仁那です」

「ああ……うん」

「……お名前は?」

「え? ああ……何?」

「貴方の名前は?」

「お、おう。テオフィ……いや、テオっていうんだ」

「テオ君?」

「そ、そう」


 応えながらもテオは顔を真赤にさせる。アニーも言っていたが、この村にはテオと同じくらいの年齢の女の子は少ない上に、孤児院には三つ下に女の子が居るくらいで、殆ど妹のような存在だ。

 テオとしてもどうして良いのか分からないという感じだ。


 ただ、仁那も異性との会話に慣れているわけではない。お互いに名乗ると沈黙が訪れる。


「なにしてる。早く入れ」


 見かねたアニーの言葉に二人共慌てて店の中に入った。


 アニーはそのままカウンターの裏に入りゴソゴソと薬を用意してカウンターの上に置く。


「最近素材があまり入ってこなくてな、もしかしたらこの次は少し値上げをせんといかんかもしれない」

「……そんなに?」

「元々ワイバーンの素材は貴重なんだ。ワイバーンを狩れる冒険者もそんなに多くないからな」

「そう……なんだ」


 話を聞いて、テオが少し困ったような顔をする。


「まあ、行商人には最優先で仕入れるようには伝えてある。切れないようにはと思ってるんじゃが……」



 テオは孤児だった。魔物や魔族がいるこの世界では孤児はそこまで珍しい物では無い。テオの両親も冒険者で、魔物を狩りに出かけたまま帰らぬ人となった口だ。


 この薬は心臓に病気を抱えている孤児院の院長が飲んでいた。そしてその薬を作るためにはワイバーンの第二心臓というものが必要であった。


 孤児院は基本的に教会が運営しているが、基本的に独立採算になっている部分が多く、経営的に裕福なわけでもない。今の薬の値段だけでも負担は大きかった。

 それが更に値上がりするとなると、なかなか厳しい状況に成るだろうことは予想できた。


「アニー。その……出来るだけ値段は――」

「分かっておる。だが今でも殆ど儲けは入れてないんじゃ、素材が値上がりしたらどこまで価格を維持できるかは……約束は難しい」

「そう、だよね……」


 顔を曇らせるテオにアニーは薬の入った袋を渡す。受け取ったテオが慌ててカバンからお金を取り出す。


「他にも代用が出来る素材もないか調べておくよ」

「うん……」


 少し意気消沈したテオが俯いて店から出ていく。それを見た仁那が思わず声をかけようとするが、その言葉を思わず飲み込む。


 テオが出て行き、ドアについた鈴の音が残される。

 店の中が二人きりに成ると仁那がアニーに尋ねた。


「……テオ君はどこか悪いんですか?」

「ん? ……ああ、テオはお使いで来ただけだ。あの子の住んでいる孤児院の院長がな。心臓を悪くしているんだ」

「薬が無いと?」

「ああ、あまり良くは無いな……」

「そうなんですか……」

 

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