第22話 英雄ナヴァロ

 薬屋の調剤場では今日もゴリゴリと石臼を挽く音が聞こえる。もうすっかり整理整頓がされた調剤場は、アニーも気持ちがよさそうだ。

 今日は、仁那が毒消しを作っていた。


「そう、それでいい……」

「はい……」


 初めて一から薬を作ることになり、仁那は少し緊張気味な表情で石臼から砕いた粉を器に移す。毒消しは丸薬の形にするためここからは眠り薬と同じ様に添加剤を入れて捏ねる。


 ……


 やがて出来た丸薬を陰干しする。


 毒消しや、眠り薬は薬効のある素材を使うだけだが、ポーションなど魔法を使わなくてはならない薬もある。仁那は竜の血を入れられたこともあり魔力が備わっては居るもののまだ使い方もよくわかっていなかった。

 そこで、今はこういった魔法を使わないで作れる薬を中心に教わっていたが、アニーは仁那に魔力の使い方も少しづつ教えている。


「うん、これはもう大丈夫だね」


 作業の横でアニーが昨日作った眠り薬の状態を確認する。乾いて固くなった丸薬を丁寧に袋に詰めて封をする。


「これはナヴァロ用じゃよ」

「村外れの、ですか?」

「そうじゃ」

「そう言えば村の英雄って言ってましたが……」

「ああ……」


 以前村の近くにゴブリンが集落を作ったことがあったという。ゴブリンは単体ではそこまでの驚異には成らないが、群れを作ると厄介になる。

 繁殖力の強いゴブリンは、気がついたときにはかなりの規模の集落になっていた。ある日、ボーンラビットを捕りに出た子供が戻ってこないことで村の数人の冒険者達が捜索に出た際にゴブリンの集団に出くわし発覚する。


 三人の冒険者のうち二人が犠牲となり、命からがら逃げてきた一人の冒険者によってゴブリンの存在が村に伝わり、村は騒然となる。

 村の中で対策をと領主の居る街や砦に馬を走らせたその夜、大量のゴブリンが村を襲った。


「その時に先頭に立って戦ったのがナヴァロじゃ。ワシももう少し若かったから魔法使いとして戦ったのじゃがな、最悪なことにゴブリン達の中に上位種も混じっておったんじゃ」

「上位種? ですか?」

「ああ、ボブゴブリンと言われる種じゃ、通常のゴブリンより更に能力が高い」


 村の冒険者と言っても、専門でやっているものなど居ず、腕自慢が自分の仕事の片わらで兼業でやっている者くらいだった。その中でナヴァロは若い頃に街で銀級冒険者として鳴らした事もあり、ひたすら村の為に戦った。


 だが数にはどうしようもなく、国境の警備兵が駆けつけたときにはすでに多くの村人が亡くなってしまっていた。ナヴァロもその時に右足を失う大怪我をし、さらに家族まで失った。


「それ以降、やつは不眠症になってしまってな。目を閉じると今だに失った妻や子供のことを思い出してしまうんじゃ」

「そんな事が……」

「まあ、もうこんな薬を飲まなくても良いと思うのじゃが、本人はまだ薬がないと眠れないと言う……」


 確かに村を守った英雄として尊敬される存在なのだろう。

 仁那は納得するとともに不安が芽生える。


「あの……そのゴブリンはまた?」

「一応監視ということで定期的に領兵が巡回はしておるがな、絶対に発生しないとは言い切れん」

「……怖いですね」

「ん? ……まあ、ニナは……」

「え?」

「まあ、お前さんならイザというときでも対処は出来るじゃろう」

「あ……」

「……オークよりは弱い、そのくらいに考えておれ」

「そうですね……」


 話をしていると店の方でチリンと鈴の音が鳴る。「はーい」と慌てて仁那は店に向かった。



 仁那がカウンターに行くと、店の中には小太りの中年の男が荷物を床に置いて必死に汗を拭きながら立っていた。行商人のようだが初めて見る顔だ。


「いらっしゃいませ。どういった薬を?」


 仁那が声をかけると男は目を丸くする。


「あ、ああ……あれ? アニーは……そうか、とうとう……」

「え?」


「勝手に殺すんじゃないよ」


 仁那が男の反応に戸惑っていると、後ろからアニーが不機嫌そうに声をかける。


「おや、なんだ、元気じゃないか」

「ふん。下らないことを言ってると薬を卸さんぞ」

「はっはっは。ちょっとしたジョークじゃないですか。やだなあ」

「そんな下品なジョークがあるものか。この子は親戚の子だ。訳あってしばらく預かっておる。ニナ、こいつは行商人のダンテだ」

「ほう、アニーにこんな可愛い親戚がいるとはね……ふむふむ」

「いやらしい目で見るんじゃないよ。あたしだって数年前はこんな感じだったのさ」

「数十年……では?」

「数年だね」

「ははは……」


 アニーの圧にダンテは笑ってごまかす。しかしすぐに真顔になりビジネスモードに入る。


「それで、ポーションの方は……?」

「ああ、作ってある。ポーションくらい街でも作れるのはいくらでもいるだろ?」

「居るには居るがね、効果が全く違うんすよ……」

「まったく。学院では何を教えてるんだろうね。それにしても最近さらにポーションの需要が多いみたいだね」

「魔族がね。勢いを増してるもんだから。ダージリンの方は勇者を召喚したっていうじゃないですか。しかも七人だって? ニルギリにも回してくれれば良いのに」

「まだ召喚したばかりじゃろ? 使えるようになるにはもう少しかかりるんじゃないか?」

「ふう……いつになったら落ち着くのか」

「で、ワイバーンの方はどうだい?」


 アニーが話を変える、ダンテは難しい顔で首を横に振る。それを見てアニーはため息をつく。


「竜の第二心臓でも構わないんだがな……」

「一応少しだけそれは手に入れたから持ってきたんですがね、ワイバーンよりかなり値は張るんですよ」

「わかっとる。しかし良く手に入ったな」

「まあ、そこは、無理もしましたからね、相場よりも上乗せさせてもらいますよ」

「しょうがない。それでも命には代えられないからな……」

「正直ワイバーンより希少ですからねえ、高いから在庫が残ってたくらいで、それでもいつもの量よりはだいぶ少ないんですよ」

「まったく……もう自分で狩りに行く年でもないしなあ」

「ははは、アニーなら今だっていけそうじゃないすか?」

「ぬかせっ」



 仁那は横で話を聞いていたが、自分がここで聞いていて良いのかもわからず困っていた。他にも行商人は来ていたが、薬の材料を卸に来た者は初めてだ。アニーとも付き合いが長いようで、気さくに話をしている。


「あの……私、裏の掃除を……」

「ああ、悪いね。ちょっと長くなりそうだ」

「はい。大丈夫です」


 そういうと仁那は先ほど作っていた道具などを片づけるために調合場へと引っ込んでいく。石臼などを水で洗い流し、掃除を終えると今度は食事の支度の為に台所へと向かった。

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