第21話
薬屋の奥ではアニーが何やら薬の調合を始めていた。薬屋に来る客はポツポツとやってくる程度なので、店のカウンターでじっと客を待ってる事はせず、大抵が店のスペースの裏にある工房でこうやって薬を作ったりしている。
アニーの家の片付けもある程度完了し、時間が空き始めた仁那も毎日のように一緒に立ち会い、そのたびにアニーは丁寧に薬の作り方や基礎知識を教え込んでいた。
仁那も本来の真面目な性格もあり、アニーの教えを必死に覚えようとしていた。
客が居ないのにそんな作ってどうするんだろう、と初めは不思議であったが、その疑問はすぐ解けた。村を訪れる行商人が、帰りにアニーの薬を大量に購入するのだ。
薬は、錠剤のようなものから粉薬、それからポーションと呼ばれる液状の回復薬まである。その中で特にアニーのポーションが行商人の目的のようだ。
一度行商人と話した時に、「アニーさんのポーションは効きが違うんだ。下手なハイポーションより良い」とべた褒めしていた。都会の冒険者や兵士達に喜ばれるらしい。
仁那は、今日もポーションを作るのかとそのつもりで準備をしようとするとアニーはいつもと違う道具を用意している。
「そこの瓶をとってくれ」
「これですか?」
「ああ……」
アニーは仁那が持ってきた瓶を受け取ると、中から乾燥したキノコを一つ取り出す。乾燥していて色合いは茶色くくすんでいるが、キノコの傘の部分は真ん中から何重にも円の模様がついている。
その漫画にでも出てきそうな模様を仁那は不思議そうに見ていると、アニーが説明する。
「これはな、眠りダケを乾燥した物じゃ」
「眠りダケ? 食べると寝てしまうんですか?」
「そうじゃ。このまま食べると二日は寝込むほどじゃな」
「眠り薬の代わりですか?」
「いや、これを使って眠り薬を作るんじゃ。このままじゃ薬としては強すぎるからな、それとその横の瓶もくれ」
次に言われた瓶の中には同じように乾燥した草が入っている。それを数本取り出してキノコと一緒に細長いすり鉢の中に放り込む。
「これは夢見草、こいつの胞子も同じように眠気を誘うんじゃ。だがその薬効は茎にもあるからな、それを使う」
「二つも使って効果が強すぎたりはしないんですか?」
「良い質問じゃ。睡眠というものには深度というのがあってな。眠りダケは一気に深度の深いところまで落とす。それだけでは良き睡眠というのは得られないのじゃ」
「夢見草は浅い睡眠、ですか?」
「そう、夢を見るというのは睡眠の深度としては浅い状態なんじゃ。この草では通常浅い眠りしか与えられない。じゃからこの二つで眠りの効果を良い眠りへといざなう」
軸のついた車輪のような石ですり鉢の中のキノコと草をトントンと砕く。さらにいくつかの薬草等を中に入れ同じように潰す。ある程度つぶれると軸を両手で持ちゴリゴリと細かくすっていく。
眠りの効果を出す素材をそのまま飲ませるのでなく、様々な効果の薬草などを足すことで薬の効果を調整するのが薬師の腕の見せ所なんだとアニーは丁寧に説明していく。
仁那もすっかりアニーの作る薬の調合に魅せられていた。
やがて調合した薬に賦形剤を足し、混ぜ合わせる。仁那もここからは何度も手順は見ている。
「やってみるか?」
「はい」
「赤いメモリを使うんじゃ」
「はい」
アニーに言われ、仁那は粘土状になった薬を今度は木の板の上に載せていく。
木の板には細い溝が彫られており、そこに棒状に詰め、刻まれたメモリごとに切り取りお盆の上に移していく。
あとは、盆を両手で持ってゆすっていけば、薬は一つ一つ小さな丸い丸薬となる。
「出来たらそこに干しておけ、明日にはいい塩梅になるじゃろ」
◇◇◇
案内を終え、山から降りてきたテオは三人と別れてギルドに行く。
ギルドのシステムとしては依頼の基本料金は決められており、その後依頼を完了後に依頼者が評価を入れ、基本料金から増減を経て報酬が決まる。場合によっては割増などの報酬の変遷はあるのだ。それと逆に依頼を受けた方も料金に見合わない苦労があったりすればそれを申告できるようにはなっている。
ギルドは銀行のような事も行われており、依頼人、請負人の両者の話を聞き最終的な報酬が決まり後日、自分の口座に振り込まれるような形だ。
依頼を出す方も、完了後に金が無いなどという話にならないように、元々預けてある金額もある程度無いと依頼は出せない。
テオとしては依頼の完了の書類を出す時に一応お昼くらいまで時間が潰れたことなどを書いて査定に割増をもらおうと考えていた。
……
翌日。
ギルドでもう少し割増を貰うつもりだったテオは肩透かしを食らう。
割増どころか基本料からかなり減った額を提示されたのだ。思わず受付の女性に問い詰めてしまう。
「な、なんでだよ!」
「私だってこれはおかしいって言ったんだよ? だけどさあ、たしかに依頼には書いてあるから強く出れなくてねえ」
依頼の要項には「スネイクダケが大量に取れれば割増もする、採れ高で増減する」そう書いてあった。受付の女性も、依頼を受けたテオも今はシーズン前であり、そこまで採れないということを知っている。そうなれば場所を教えて採り方を教える事で基本料は満額出るものと考えていた。
「大量に取れれば割増って書いてるけど、採れなければ減らすっておかしいよ」
「そこだよ。増減するとだけ書いてあれば、どうしてもいっぱい採れればプラスしてくれるためにこの一文を付けたんだって……思うわよね」
「そうだよっ。だって、依頼にない蛇の対処法まで教えたんだよ? まじかよっ」
「いずれにしても……ギルドとしては依頼の要項に書いてあれば駄目と言えなくてね……」
「早朝の約束に来なかった話は? そっちでの割増は無いの?」
「それも口約束だからって、要項にそんな事書いてないって言われたよ」
「うわ、最悪だ……」
憤慨するテオが、ギルドから払うように言ってくれないかと頼むが、ギルドとしてもちゃんと要項に書いてある以上強く言えないという。
「テオ、お前、もう手を引け」
「な、なんでだよ。こんなの詐欺じゃないか」
「スネイクダケは実力がなくてもかなりの収入が得られるから冒険者が毎年やってくる」
「分かってるよっ。だけどこれとそれとは違うだろ?」
「そうじゃない。見た感じあの三人の若者はゴロツキの類だ。たまにああいった揉め事を起こすタイプの冒険者も来るから分かるんだ。お前が奴らに文句を言いに行ったとしたら、間違いなく暴力で応じる」
「そ、そんなの……」
「まだお前は若い。冒険者になりたいんだろ?」
「……」
「冒険者で一番大事なのは自らの命をどれだけ大事に使えるかだ」
「……わかったよ」
「一応ギルド本部には伝えておく。めんどくさい奴らにはなるべくかかわるな」
テオは受付のおばちゃんに諭され、悔しさを飲み込む。
確かに昨日みたあの三人の態度を見る限り、子供だろうがムカつけば平気で手を上げるだろう。
俯き加減でとぼとぼとギルドから出ていくテオを見つめ、受付のおばちゃんがため息をつく。
※昨日二話追加での更新をしましたが、間に挟むと新着に乗らないようですね。まあ話の本筋には影響が無いので興味あれば見てみてください。
それとちょっとタイトルを変えてみました。
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