第20話 案内

 幕場は元々は畑だった場所だ。少しづつ過疎がすすみ、人口が減少していくこの村ではこういった使われなくなった農地などが散見されていた。

 いつの頃からかスネイクダケを求める冒険者が来るようになり、その時に宿屋も揃っていない村は、幕場を用意することにした。


 ちょうど井戸もあり、トイレなども設置し冒険者がテントを張れるようにしてある。利用料としてギルドに少額のお金を払えば使える為、ほとんどの冒険者がここを使っている。

 村の囲いの中でもあり、魔物が侵入してくることもない。この世界の冒険者は野営は慣れたものだ。夜番を立てずにゆっくり眠れるだけでも十分なのだ。


 今は、天幕が三つ張られていた。

 幕場にやってきたテオは、どれが冒険者だろうと遠くから様子を見ながら近づいていく。


 一つの天幕では、年配の男性が一人で洗濯をしていた。これは違うと他の天幕へと向かう。


 次に向かった天幕からは、グゥグゥとイビキの音が聞こえる。テオが近づいてみると入り口が少し開いていて中が見えた。そっと覗くと三人の若者が高いびきをかいて寝ており、幕の中からはモワッとした酒の匂いがした。


 ――まじかよ……。


 すぐにここだと分かった。

 おそらく夜まで酒を飲んでいたのだろう。どうしようかと悩んでいると洗濯をしていた男が声を掛けてくる。


「そいつらは昨夜遅くまで飲んで騒いでいたんだ。まったく。マナーも知らないガキが、煩くてたまらねえよ」

「ははは……まだ起きないっすかね?」

「どうした? そいつらに用事か?」

「はい、スネイクダケの場所の案内の依頼を受けたんすよ」

「なるほどな……まあ、起こすのは止めておけ。昨日の様子を見ると、かなりたちが悪そうだ」

「マジっすか? ……困ったなあ」

「流石に昼には起きるだろうさ。昨日少し回ったがまだスネイクダケは出てねえからな。場所を教えるだけならそれからでも良いだろ?」

「まあ、そうなんすけど……」


 冒険者の男の話を聞いて、テオは顔をしかめる。たちの悪い冒険者が来ることは稀にある。喧嘩っ早かったり、他の冒険者の採集した山菜を奪おうとした話だって聞いたことがある。

 依頼を受けるなら、相手を選びたいところだが先に引き受けた以上どうしようもない。


 テオはため息を付いて少し離れたところで待つことにした。


 ……


 ……


 昼も過ぎた頃に三人は起きだす。

 幕の外に出て、顔を洗ったり昨夜の肴の残りを口にしたりしている冒険者たちを見てテオが近づいていく。

 それに気がついたナックがジロリとテオの方を向いた。


「なんだ? 坊主」

「山の案内を受けたんだ。依頼出していただろ?」

「ん? ああ、そうだな」

「どうする? 今日行くのか?」

「そうか……。おい、どうするよ?」


 驚くべきことにこの冒険者は約束の時間に来なかったことに謝りもしない。それどころか行くかも怪しい。


「なんか、だりいよ……。頭痛え」

「遠いのか?」


 他の二人も二日酔いがあるのか、乗り気でない感じだ。テオはますますこの依頼を受けたことを後悔する。そんな表情を見たのだろう、ナックが笑いながら言う。


「おいおい。そんな顔するなよ。な? こんな田舎じゃ酒を飲むしか時間を潰せねえんだよ」

「でも、約束は今日の朝だったじゃないか」

「分かった分かった。行ってやるからよ、ちょっと待ってろ。おめえらもシャンとしろよ」


 ナックはさも大した事でも無いように言うが、何もしないまま半日待ったテオにとってはたまったものじゃない。ナックは笑いながらポンポンとテオの肩を叩きながら宥めようとする。


 やがて準備が出来た三人は村から出てスネイクダケの群生地を目指した。



 ……。



 ……。



「はぁ、はぁ。……おい、まだかよ」


 先を歩くテオは、何度目かの言葉にほとほと嫌気がさしていた。三人のうちの一人、ヌージーは冒険者としてはかなり太り気味で体力が無いようだ。元々この世界の冒険者でそんな太った人間などなかなか居ない。体が資本で自らの身体を動かして戦う冒険者という職業で体力がないというのはそれだけで不利になる。


 だが、ヌージーはポジションとしては魔法使いだ。元々冒険者は孤児など、捨てるもののないような若者などが集まる職業だ。魔法使いはそれなりに魔法を使えるだけで国の魔法師団等に優遇されて入団も可能だ。戦闘で魔法を使えると言うだけで優秀な者として受け入れられる。魔法使いの冒険者はパーティーに一人いるだけで狙える魔物のクラスが跳ね上がる。


 それもあり、そこまで体力がなくても大事にされる職業でもある。

 

 しかしテオにとっては、山菜採りに魔法もなにもない。もう少し感じの良い冒険者なら魔法について色々と聞きたいこともあっただろうが、この時点でこの三人は駄目な冒険者として評価が決まっていた。


「この先だから。もう少し」

「さっきからそればかりじゃねえか!」


「はっはっは。ヌージーそう言うなや。確かに山道は辛えけどよ。良い減量になるんじゃねえのか?」

「……そんな太ってねえよ!」

「ぎゃははは」


 三人の冒険者達の何が楽しいか分からない盛り上がりに辟易しながら、ようやく目的の場所へとたどり着く。あたり一面笹が密集している感じだ。


「ほう……で、どれだ?」


 ナックは興味深げに藪の中に入ろうとするが、慌ててテオが止める。


「気をつけてくださいっ。ここ毒蛇が居るんで。こうやって……」


 そう言いながらテオが手に持っていた長い棒を笹の茂る藪の中に差入れガサガサと動かす。


「なんだ? それは」

「ヴェーデの木です。幹が凄い柔らかいんです。これをこうやって周りを刺激してやると……蛇がこれに噛み付くんですが……あっ」


 木の棒で探っていたテオが言葉を止め、木の棒をグッと持ち上げる。棒の先には蛇がかみついていた。そのままそれを後ろに向けてバチンと叩きつける。蛇は柔らかい枝に食い込んだ牙が取れず、そのまま噛み付いたまま地面に叩きつけられる。


「お、おいあぶねえよっ」

「ほお、それが毒蛇か?」


 突然の事に近くに居た三人は慌てて蛇から距離を取る。だが蛇は叩きつけられた衝撃で背骨が脱臼したのか、動けずにピクピクとまっすぐのままになっている。


「この蛇はだいたい15メートルくらいが縄張りで、その中には他の蛇は居ないんだ。だからこうしてやると、居た場所からそのくらいの範囲では蛇は居ないから安全に採れるって感じなんだ」

「なるほどな……その木も杖にでも使うのかと思ったが、そういうことか」


 登ってくる途中で、ちょうど良さそうな木を見つけたテオが切出したのだ。


「別に切ってこなくても……ほら……他の人が使ってれば同じような使い終わった木の棒が落ちてるときもあるんだけどね」

「まあ、後でまたその木は教えてくれ」

「うん。そして蛇が噛み付いて重くなったらこうやって一気に叩きつければ、牙は抜けないまま蛇を叩きつけられる。そうすれば骨がバラバラになった蛇は動けなくなるってわけ」

「おもしれえな……。で、今日は採れそうか?」

「うーん……」


 テオが膝をついて藪の中に入っていく。中の地面は落ちた笹の葉が積もっているがそこを手で触れながら進んでいくと一つの細いタケノコを引き抜いて出てくる。


「一応あったけど……本当は探そうとしなくても一つの蛇の縄張りだけで荷物いっぱいに採れるんだよ。それも一度とっても次の日になればまた採れる。簡単でしょ?」

「そうだな。どれ……」


 三人の冒険者も興味を持ったのか藪の中に入っていく。まだ時期が早いと言っても数本くらいは採れる。酒も抜け始め、目当てのスネイクダケの採取の目処が付いた三人は期限も良くなる。

 気に入らない相手だったが、機嫌よく自分の説明を聞いてくれるとやはりそれなりにテオも細かく注意点などを教えていく。


 やがて三人が満足すると山から下る。


 おそらく一週間以内にはシーズンは始まるだろう。気温がもう少し上がれば毎日のように大量に採れるようになると聞けば、今から皮算用は始まる。



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