第23話 お届け。

 食事の用意がある程度済むころには窓の外は夕日で赤くなりだしていた。そっと調剤場の方に行くとアニーはまだ話し込んでいるようで店の方からぼそぼそと話声が聞こえてくる。


 仁那はふとナヴァロに持っていく予定の眠り薬が置いてあることに気が付く。


 ――これ、私が届けても良いのかな?


 仁那にとってはアニーは優しく、居心地のいい生活を与えてくれていたが未だにどうしても負い目を感じていた。見ず知らずの自分を何も言わずに受け入れてくれ、この世界でやって行けるように薬の作り方まで教えてもらえている。


 どこか必死にアニーの為に自分のできることを。そう考えていた。


 届け物を一人で届けたことは無いが、最近では食材の購入などで一人で店まで行ったりはしている。大丈夫だろう。そう決めた仁那は薬を手に店の方に出て行った。


「アニー?」

「ん? ああ、長くなってすまないな」

「いえ……あの、ナヴァロさんの所に届けてきます」

「そういえば忘れてたな。村の反対だが大丈夫か?」

「はい、場所は覚えていますので。すぐに届けてきますね」

「助かるよ。気を付けて行ってきな」

「はい。大丈夫ですっ!」


「にゃぁ」


 仁那が店の扉を開けると、フィンがついてくる。


「ついてきてくれるの? フィン」

「にゃぁ」

「ふふふ。ありがとう」


 仁那はフィンとともにナヴァロの家に向かった。



 ◇◇◇



「あれ? もう全部飲んじまったのか?」


 村の幕場ではビルが殻になった酒瓶をひっくり返して最期の一滴を舌にたらす。すでに夕方になり辺りは赤く西日が強くさしていた。


「まだ酒屋やってるんじゃね?」

「田舎じゃ店が閉まるのが早えからなぁ」

「閉まってたら店主を叩き起こせばいい。俺たちは客だぜ?」

「まあそうだな。ちょっくら行ってくるか」


 ナック、ヌージー、ビルの三人は面倒そうに立ち上がり店の集まる村の中心地を目指して歩き始めた。



 案の定、村の商店街は殆どが店じまいをしていた。村の店は殆どが店舗兼自宅だ。夕食の支度などで煙突から煙が上がる家が多い。

 店は日本の商店街のようにシャッターがあるわけでは無いが、ほとんどの店は開いた戸を収納できる雨戸のように数枚の戸を開いて大きめに店の間口を開ける感じだ。


 ドンドンドン!


 もう何度か来ている酒屋だ。三人は酒屋の場所はもう分かっている。店じまいをして閉まっている戸を乱暴に叩く。


「おーい。開けてくれ!」


 しばらく叩いて店先で大声で叫ぶ。近隣の人たちも何事かと顔を覗かせるが、感じの悪い冒険者の姿を見てすぐにその顔もひっこめる。

 やがて、端の引き戸が開けられ酒屋のオヤジが顔を出す。


「もう店は閉めたんだ。勘弁してくれ」

「悪い悪い。ちょっと酒を切らしちまってさ。良いだろ?」

「だから今日はもう店は閉め――」

「あ? 客が売れと言ってるんだぜ?」


 再び店主が断ろうとするが、その言葉を遮るようにナックが威圧するように言う。まかりなりにも冒険者だ。腕力ではどうしようもない。店主は言葉を飲み込み渋々店内に招き入れた。


「そうそう。客は大切にしなきゃな」


 三人は当たり前のように店の中に入り酒を見繕う。酒店と言っても田舎の小さな村だ。仕入れた酒もあるが、酒造も行っており、置いてあるのは自前の酒がメインだ。そんな安い酒を購入し、鼻歌交じりに店から出てくる。


「ん? ナック。あれ」

「ほう……あの銀髪……薬屋のかわい子ちゃんか?」


 三人の視線の先にはナヴァロへ薬を届けに出た仁那の姿があった。


 ここ数日この村に滞在し、この村に村の治安を維持するような組織など無いことは分かっていた。半分ゴロツキの冒険者である三人の心にうごめく邪心を制限するものなど無かった。


「くっくっく……ニナって言ったっけ」


 三人はそっと仁那の後をゆっくりとついていった。



 ◇◇◇



 夕方、村の家々では煙が立ち上り、どの家も夕食の準備が始まっていた。

 孤児院でも当番の孤児たちが何人かで食事の準備をしている。


「テオ兄、ちょっと水が終わりそう」

「おう? 分かったちょっと待って」


 村に上水の施設は無い為、井戸水を利用している。

 共同の井戸を使う家もあるが、魔法が発達している為井戸を掘るのはそこまで大掛かりでない。個人の家で井戸を掘っているところも多い。孤児院の庭にも井戸があり、子供たちの中では最年長で力もあるテオが大抵井戸水を汲む役を担っていた。


 台所のすぐ横の戸を出ればすぐに井戸はある。桶で水を汲み台所の水瓶の中に入れていく。


 コキコキと汲み上げポンプを動かし何度目かの水汲みをしていた時だった。庭の向こうにある塀の向こうを人の頭のようなものがゆっくりと通り過ぎていく。

 数人いるようだが誰一人しゃべることなくそっと動いていくその人影に違和感を感じたテオがそっと塀に近寄る。そして塀の近くにあった椅子の上に登り覗く。


 ――あいつら……。なんだ?


 後姿を見る限り先日依頼を受けた三人組だった。三人は怪しげに物陰に隠れたりしながら進んでいくようだ。

 テオは嫌な予感に襲われる。


 自分の依頼料を詐欺のようなやり方でちょろまかした男たちだ。人間的にも信用しようがない。それがどう見ても怪しい素振りで歩いている。

 誰かをつけているようにも見えるが、そこからではそこまで先は見えない。


 ……。


 ――くっそ……。


 少し悩んだがすぐに決心する。建物の中に戻ると自分の棚からボーンラビットを捌くのに使っている小さなナイフを手にする。

 準備をして出ようとするテオに一人の少女が声をかける。


「テオ兄、どこ行くの?」

「ちょっと……散歩してくる」

「え? 水は?」

「半分くらいあれば足りるだろ? 後でまた汲む」

「でも、もう暗くなるよ」

「すぐ戻るからっ」


 そういうと三人に気が付かれないようにそっと門を開けて外に出た。

 

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