第10話 VS オーク
仁那は先日と同じように背中に熱を感じていた。温度的な熱さというより、魔力なのか感覚的な温熱感なのかもしれない。それがどんどんと強くなり最高潮に達した瞬間、その熱が体中に広がっていく。
魔力の奔流の中心で仁那は必死に堪えていた。
膨大な魔力が可視化してまぶしいほどの光に包まれる。その光の中で着ていたメイド服は魔力に取り込まれるように消えていき、代わりに深紅の鱗状の表皮が体を覆う。鎧のごとく胸や肩などを覆っていく。
腕はむき出しのまま、肘から先に手甲の様に鱗が現れ、その手には巨大で禍々しい爪が現れる。足も同じだった、猛禽類を思わすごつい爪が出現した。そして背中には翼竜の様な翼が生え、その銀髪は燃えるような赤い色へと変容していく。
目の前のオークを見据える青い目の瞳孔には、幾何学的な模様が浮かんでいた。
「ああ……」
体の変化もさることながら、仁那はその脳内での変化に必死に耐えていた。目のくらむような膨大な知識が一気に仁那の頭に流れ込んでいく。
まるで刷り込みののように、戦いの知識が流れ込む中、徐々に自分の心がそれを受け入れるのを感じていた。
もはや目の前のオークは恐れる対象ではなくなっていた。自分と命を奪い合う対象として捉えていた。
「はぁ……はぁ……」
変身が終わり、動かない仁那に、カエスが声をかける。
「二、ニナ! 大丈夫か?」
仁那は軽く手を上げて応じたが、もはや自分が大丈夫なのかすら分からなかった。ただ、思ったより心地が良い。そう感じていた。
そしてその目は獲物を離すこと無くにらみつける。
膨大な魔力の放出にさすがのオークもその歩みを止め、警戒しているようだ。
すぅと息を吸い、力を込める。流れ込んできた知識はだいぶ馴染んでいた。すでにオークへ対する対応も分かっていいた。
軽く地面を蹴る。その直後仁那は一匹のオークの目の前に立っていた。
驚くオークに仁那は表情も変えずその腕を振るう。一振りでオークの頭部が吹き飛んだ。それを見てカエスが呟く。
「す、すごい……これは火竜の?」
「そうじゃな、強く受け継いでいるようじゃ」
唖然とする二人をよそに、仁那はすぐに次のオークに向かう。オークもすぐに仁那に対して敵意を剥き出しに攻撃を始めた。
オークが錆びた刀を仁那に向けるが仁那はそれを軽く左の爪で防ぐ。チンという軽い音と共にオークの刀は根本から折れ、さらに一歩踏み込んだ仁那の右の爪がオークの胸に突き刺さる。
一方的だった。
本来オークはそこまで弱い魔物ではない。それがさらに群れて人を襲うことからオークの目撃情報が出れば通常、人は寄り付かなくなる。
オークたちに囲まれても、仁那はまるで周りが見えているかのように戦う。
後ろからの攻撃もひらりと躱し、オークは仁那の体には全く届かない。圧倒的な戦力差を前にしても怒りで我を忘れるオーク達が仁那に群がっていく。
――なに……これ。
仁那は自分の心に戸惑っていた。魔物とはいえ、自分が命を刈るなんていう行為を行えるなんて思ってもいなかった。それが今は何のためらいもなくその爪を振るっていた。心も高揚し、人を害する悪しき存在を倒さねばならない。そんな使命感すら感じていた。
自分の感覚が周りに広がったような感覚のなか、後ろにいる魔物の動きすらつぶさに捉えられている。この感覚はどこまで広がっているのだろう、不思議ではあったが違和感なく受け入れていた。
後ろから横なぎに刀を振るわれれば、宙返りでそのオークの後ろへ飛ぶ。避けれることも、飛べれる事も仁那には自然と理解できた。動きについてこれないオークは仁那を一瞬見失う。そしてそれは致命的な結果を招く。
結局、仁那は相手からかすり傷一つ受けることなく十数匹のオークを全滅させた。
「十分すぎる結果じゃな……」
「はい……ここまでとは」
満足げにつぶやくレクターの前に仁那が戻ってくる。
「はぁ、はぁっ……何とか、なりました」
「うむ、変身を解くが良い。負担も大きかろう」
「はい」
そういうと、先ほどのように左手に右手を添えようとする。
「腕輪……見えないんですが」
確かに腕輪の場所は赤い鱗が覆っていた。その流れで自分の姿を改めて見ると、臍や太腿が露出している状態に気が付く。
「え? 何これっ!」
仁那は恥ずかしさに顔を真っ赤にしてレクターに救いを求めるように視線を送る。すぐにでもその変身を解きたくてたまらない仁那であったが、レクターは全く気にすることなくマイペースに仁那の腕を確認している。
そして、鱗の中に一つ銀色の鱗が混じっているのを見つける。
「これじゃな、ここに手を当てて言葉を唱えるのじゃ」
「は、はい」
「施錠!」
先ほどの逆回しのように仁那の変身が解かれていく。返信時に魔力が放射されるのか、最初と同じように可視化した魔力で体が光を帯びる。そして、その鱗が溶けるように形を失い元着ていた服へと置き換わっていく。
……。
……。
「ふぃぃ……」
ようやく変身が終わると、仁那は思わずため息を漏らす。怖いやら恥ずかしいやらで二度と変身などしたくないな、そう思っていた。
皆の視線が恥ずかしく、うつむいたまま馬車の中に逃げ込んでしまう。
「ニナ、かっこよかったよ」
「言わないでください」
「良いじゃない、ほめてるんだよ?」
「わ、忘れてください!」
「えー。勿体ないよ」
「ひぃぃ……」
馬車に乗りながら隣に座るカエスが褒めようと頑張るが、仁那にとってはまるで黒歴史をえぐられる様な拷問のに近かった。必死に耳をふさぎ小さくなってカエスのべた褒めを拒絶していた。
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