第37話 テオの無謀

「すいません!」


 冒険者ギルドの事務所に駆け込んだ仁那はそのまま受付カウンターで声をかける。焦りもあり思わず大きな声になってしまった。


 ちょうど中年の女性が受付で冒険者の男性と話をしていた。しかし仁那の勢いに二人共会話を止め、どうしたのかと仁那を見つめる。


 話を遮ってしまったが、今の仁那には気持ちのゆとりが無かった。息を切らしながらカウンターに駆け寄ると必死な顔で尋ねる。


「テオ……テオ君見かけませんでした?」

「テオ? いや、今日は見てないな」

「そ、そうですか……」


 ここでも情報は無かった。どうしようかと不安げに周りを見回すと、先に受付をしていた男性が声をかけてくる。


「テオなら、朝方村から出ていくのを見たぞ」

「え? 村から?」

「ああ……ボーンラビットでも狩りに行ったんじゃないか?」

「それなら……良いんですが」

「……ん? 何か気になる事でもあるのか?」


 沈んだ表情の仁那に男性が尋ねる。


「テオは。ワイバーンが出たことは知っているんでしょうか……」

「ワイバーン? ああ、昨日俺がここで報告した時に一緒に聞いていたぞ。そういえば、だいぶ興味を持っていたな」

「え? おじさんが見かけたんですか?」

「ああ。マンドラゴラを取りに山に入ったんだが――」


 男性が言うには、マンドラゴラを売りに来た時にワイバーンの報告をしたようだ。その時に後ろで聞いていたテオが場所などを細かく聞いて来たらしい。


「おじさん! その、ワイバーンの居た場所はどこですか?」

「え? ……いやいやいや。さすがにあいつ一人でワイバーンなんて……あるのか?」

「孤児院の院長さんがワイバーンの素材を使った薬を飲んでいるんです。でも最近ワイバーンの素材が流通していなくて……テオ……焦っていて」

「うーん……。しかしテオは……」

「すいません、場所を教えてもらって良いですか?」

「いや、そこの山の1つ奥のスヴァ――」


「ルーク!」


 場所を口にした男性を受付の女性が慌てて遮るように止める。男性もすぐに意味が分かったのか口を閉ざした。


「ニナまで行こうとするんじゃないよ」

「わ、わかってます……」

「動ける人間が居るかすぐに声をかける」


 女性はいつものゆったりした雰囲気をがらりと変え、仁那に変な考えをしないように強く言う。仁那もそれを素直に受け入れる。


 仁那の中で不安がだんだんと形になっていった。



 ◇◇◇



 テオは来月には十五歳になる。自分ではもういっぱしの大人と変わりないと思っていた。それにまして最近ではナヴァロに剣を教わっていた。

 現在この村の冒険者達は、冒険者と行っても農業などをやりながらの兼業でやっている程度の冒険者が殆どだ。その為ちゃんとした剣を習っている様な者も居ない。自分は元銀級の冒険者に剣を教わっている。そんな事実が自分の実力を勘違いもさせていた。


 以前、ナヴァロがワイバーンを狩った時の話も聞いていた。

 竜種は強大な力を持つが、その中でもワイバーンは亜竜とも言われ、強さとしては最も狩りやすい竜種だとも言われていた。


 ――こんな所に来ているんだ。怪我をしてるのかもしれない。


 それにまして竜の大きな体を維持するためなのか睡眠時間が通常の魔物と比べ長いらしい。


 ――うまいこと寝ていれば……。


 考えれば考えるほど、いい方向へと想像をしてしまう。村の冒険者達にとって強敵と言われているフォッシルにも自分の刃は通った。ワイバーンにだって剣が届けば……と。


 その剣にも過剰な期待をしてしまっていた。



 アニーの作る薬も、ワイバーンの第二心臓は僅かな量で大量に作ることが出来る。それをまるまる一匹分の素材が手に入れることができれば、数年は賄える。憂いなく孤児院を立つ事も出来るだろう。


 本当なら大人の冒険者達に声を掛けて集団で臨みたい所だったが、そんな話断られることは容易に推測できる。

 結局自分ひとりでなんとかしなければならない。


 夜中、そんなことを悩み続けていた。



 朝、雲一つない空に、天は自分を後押ししている。そう思えた。


 孤児院の子供たちにナヴァロの所で剣の練習をしてくると告げ、テオは院の門を出た。



 ◇◇◇



「アニー!」


 家に帰ると仁那はアニーの元に駆け寄り、テオの話をする。


「まったく……若さゆえの無謀か」

「ワイバーンは、テオでは難しいんですか?」

「当然じゃろ? そもそもソロで狩る魔物じゃない」

「どうしよう、アニー……」

「ふむ……」


 アニーは目を閉じて考え込む。


「私……。変身……すれば……?」


 仁那のつぶやきに、アニーは片目を開けじっと仁那を見つめる。レクターの書いた資料の言うとおりであればおそらく問題はない。それは分かっていたが、実際にそれだけの強さが仁那にあるのかは、アニーには分からなかった。


 それを、簡単に「大丈夫」などとは言えない。アニーにとってはテオの命より仁那の命のほうが重い。行かせたくない気持ちもあった。


「アタシには、変身したニナがどれほど強いのかは分からんのじゃよ。強い魔力を放っていたのは覚えてはいるがな」

「私……」

「おそらく村の冒険者を集めてテオを探しに出るんじゃないか?」

「でもっ。それじゃあ間に合わないかも知れないっ!」

「ニナには間に合うとでも?」

「わ、わからないけど……変身した時、走る速さもすごくて、まるで風のように……」

「ふむ……」


 決めるならなるべく早いほうが良い。目に涙を浮かべ仁那はアニーを見つめる。保護者であるアニーに行くことを許可してほしい。本当はそんな物無くても行こうと思えば行ける。しかし、もうこの世界ではアニーは完全に親のような存在になっていた。


 そんな仁那の気持ちを知ってか、アニーは深いため息をついた。



「場所は分かるのか?」

「途中で遮られちゃったのですが、スヴァ、なんとかと」

「スヴァル山じゃな……」


 そう言いながら、手元の紙に簡単に地図のようなものを描いていく。


「ここがボーンラビットの草原じゃ、窓から見えてる山がここじゃ、スヴァル山はここにある」

「……行っていいの?」

「テオが好きなんじゃろ?」

「え? ……」

「ただし、危ないと思ったら無理はするんじゃないよ」

「……はい」

「変身して行くんだね? 変身中は魔力を消費する、まあ賢者の石がここに埋めてあるらしいからね、そうは魔力なんて切れんと思うが」


 そう言いながらアニーは仁那の心臓のあたりを指差す。


「賢者の石?」

「まあ、それは今はいい。村の門は使わないで、裏の林から柵まで出て行くと良い」

「はい」


 アニーも覚悟を決めたように仁那に告げる。それを聞いて仁那は返事をすると裏口に向かった。




※最強ランキングのSSの締め切りが迫ってきているので、ちょっと更新止まるかもです。ご了承ください。

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