第35話 長雨


 その日は朝から雨が降っていた。

 薬屋のカウンターにある椅子に腰掛け、仁那はアニーに渡された魔法陣について書いてある書籍に目を通していた。


 魔法陣はある一定の法則さえ守れば、かなりの自由度をもたせることが出来る。アニーも奥のソファーで同じ様に生体魔法に関する魔法陣を眺めていた。


 アニーの目的はバスティーの心臓の病気に対応する物が無いかと探すことだった。ある程度の知識はあるが、この世界の医療は地球ほどその病気などの原因などが分かってるわけではなかった。


 それもひとえに魔法による治療が一般的であることが要因だった。治癒魔法の基本は、人間の治癒力のブーストである。例えば人が切り傷を負えば、それは身体の治癒するためのシステムが稼働し、癒えていく。止血因子が血を止め、肉芽組織、線維芽細胞、そういった様々な組織が人の体を治していく。治癒魔法はそれを劇的にスピードアップをして治していく。


 その他にも、風邪などはウィルス等の外的に対する免疫と言った防御反応がおこる。それを高めることで通常より早く風邪などを治すことが出来る。


 だが、そういったものですべての病気が治せるかと言えば難しい。バスティーの場合、心臓が病んでいる事は分かっているが、その根本的な病名などが判明しているわけではない。

 治癒魔法により完治する心臓病もあれば、心臓の器質そのものに異常をきたしている場合、急性的な症状には対応できても、病気そのものの完治できないといった病気も多い。


 貴族などの支配階級の人間であれば、仁那の蘇生時の様にむりやりホムンクルス技術で作られた新しい心臓などに交換することは可能ではあるのかも知れないが、それを出来る術者も多いわけでもなく、金額も天文学的な数字に成る。



 バスティーの薬も、アニーの経験や過去の薬師の積み重なる経験から、どうやらワイバーンの第二心臓を使った薬が効くらしい、という話を元に使用し、実際にそれで症状が収まっている為に使い続けているという状況だ。

 他に心臓の病気に対応したやり方があるはずだとアニーは考えていた。


「動悸息切れ……これは以前も使ったが……」


 ぶつぶつとつぶやいているアニーの声に、仁那は心配そうに振り向いた。

 なかなか思うように進んでいないようだ。


 ――雨がやんだら、テオを誘おうかな。


 お弁当を作ってどこかにピクニックに行っても良い。また釣りにでも行ってもいいかな。そんなことを考えていた。


 日本に居た時だって、こんな仲良くなった男の子なんて居なかった。


 ――ふふふ。テオってどんな料理が好きなんだろう。


 店のカウンターに頭をつけ、外から聞こえてくる雨音にじっと耳を澄ましていた。



 ……


 ……



 次の日、まだ朝から雨が降っている。

 目を覚ました仁那は窓から恨めしそうに曇天模様の空を眺めていた。


「やっぱり雨の日は皆、家に籠もっているんですよね」

「そうじゃな。まあ。雨の日だとマンドラゴラを採りに行く者もいるがな」

「マンドラゴラ? もしかして顔のある植物ですか?」

「そうじゃ、ほれ、そこにもあるじゃろ?」


 アニーの言うように、マンドラゴラも調剤場には置いてある。もちろん乾燥させた物だが、顔が付いている植物が気持ち悪く、仁那はみな顔が見えないように後ろ向きにしまっていた。


 マンドラゴラは魔法薬を作るのには欠かせない素材だ。マンドラゴラそのものに薬効があるわけではないが、ポーションの様に魔法の力を薬に込めたい時、マンドラゴラを触媒にする事でその魔法の効果を維持させる作用がある。


 そのマンドラゴラだが、人参のような形をしていて土に植わっているものを引き抜くと、赤子の泣くような声を発する。それを聞いたものは恐慌状態に陥り、魔法抵抗の少ないものは命すら奪われることもある。


 そんなマンドラゴラだが、雨が降っている時は引き抜いてもその声が掠れ、呪いの声も力がかなり弱まるということだった。


「近くで採れるんですか?」

「近くでは無いな。かなり山奥に入っていかないと群生地は無い」

「へえ……じゃあ、今日みたいな日は」

「そうじゃな、ニナがフォッシルと遭遇してからだいぶ立つし、そろそろ山に入ってる者もいるんじゃないか?」

「面白いですね」

「そうか?」


 仁那にとっては、やはりこの世界は不思議な事が多かった。マンドラゴラというのも日本に居た頃にそれを扱っている映画などを見たことがあるので知っている。

 それはファンタジーの世界の物語だったが、この世界では現実的に存在している。


 ――でも……あれって気持ち悪いんだよな。


 始めてみたときにはあまりにも気持ち悪い見た目に思わず捨てそうになったことを思い出す。




 夕方には雨が止やんだ。


「ニナ、悪いけどちょっとギルドに行ってきてくれないかい?」

「あ、新聞ですか?」

「そうじゃ。こんな田舎にいるとあんなものでも楽しみでな」

「ははは。良いですよ。じゃあ、ちょっと行ってきますね」


 週に一度、ギルドで発行している新聞が届く。日本のように各家庭に届けられる事はないが、頼んでおくとギルドでその分を注文しておいてくれる。

 毎週、その新聞を取りに行くのも仁那の仕事になっていた。


 昨日も雨で買い物などは出来なかった仁那は食材の買い物のついでにギルドに寄ることにした。

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