第34話 魚釣り

 フォッシルの事件から数日が経ち、徐々に村人の気も緩んでくる。


「ニナ、魚でも釣りに行かないか?」


 ある日テオが仁那を魚釣りに誘う。魚は村の脇を流れる小川で釣れるようで、村から遠くに行くわけでもない。

 アニーもそのくらいなら良いんじゃないかと了承をする。


 この辺りは大陸の内地になるために、海からも遠い。凍らせるような魔道具もあるため、海の魚も手に入らないわけではないが、買おうとするとかなりの値段に成る。

 その為、お祝い事などで行商人に頼んで仕入れることはあるが、通常は川魚を食べる。


 村には漁業を生業とする人もいるため、仁那もよくお店で購入して塩焼きなどにして食べてはいるが、釣りは初めてだ。

 日本にいるときは、義父が会社の同僚の影響で一時釣りにハマった事があり、家族で海釣りに行ったことはあったが、川の釣りはしたことがない。


「アニー。釣り竿とかはあるの?」

「流石に竿は無いね。テオは持ってるのかい?」

「竿は大丈夫だよ。孤児院にいっぱいあるから。まあ、あとは魚を入れる桶だけあればいいよ」


 歴代の孤児たちは、皆食料調達のために釣りをしているようだ。その思考錯誤で作られた竿が沢山あるという。

 それならと、仁那も了承し、テオについて釣りに出かけることにした。


 ……。


 ……。


「うーん。来ないなあ」


 糸を垂らして十分もしないうちにテオがぼやく。仁那としては釣りはゆっくり待つものというイメージがあるためそういう物だとは思っていたが。釣れるときはすぐに来るのだろうか。


 川の土手は村側の岸を高く積んである。大雨などの増水で川が氾濫しても、村の反対側に水があふれるという設計のようだ。

 そんな土手の中から切り立って河川に近い場所を探し、そこで二人は座って糸を垂らしていた。


 コロコロとした川のせせらぎを聞きながら、なんとなく二人で並んで黙って浮きを眺めていた。


「……そういえば、テオは15歳になったら冒険者になるの?」

「そう、そのつもりなんだけどさ」

「うん?」

「院長の体調も良くないし、なんとなく出て行って良いのか悩んでる」

「そっか」

「ニナはどうするの?」

「私? うーん。アニーもいい年だから、私が居た方が良いと思うの」

「でもアニーはまだまだ元気じゃん」

「そうなんだけどね……」


 この世界では十五歳で成人して、各々大人として生きていく。村に残る者も居るが、若い者の多くは都会を夢見る物だった。テオはチラッと仁那を見ると、聞きにくそうに口を開く。


「そういえばニナは、首都から来たんだっけ?」

「え? う、うん……」

「首都には帰らないの?」

「……たぶん、帰らない」

「そっか……」


 テオとしても、仁那と仲良くなり、色々と悩むことは多いようだ。

 そうこうしていると、仁那の竿が反応する。


「え? テオ……これって」

「ああ、来てる、引いて!」

「う、うん!」

 

 慌てて仁那が竿を持ち上げると何かがかかったような感覚がある。竿伝いにブルブルと魚が暴れる感触に仁那は慌てながらもテオに指示されながらなんとか釣り上げる。


 ピチピチと跳ねる魚をテオが掴み針を外す。そしてそのまま桶の中に突っ込んだ。


「よし、次は俺だ!」


 テオも自分も釣ろうと意気込む。ようやく一匹釣れた事で気持ちが変わる。


 ……


 ……


 結局その日は、仁那が三匹。テオが五匹の釣果を得る。

 仁那もかなり釣りを楽しめた。孤児院には子供も多いため、自分とアニーの二匹で良いよと、残りの一匹はテオに譲る。


「たのしかったぁ」

「本当? よかった。また魚を食べたくなったら行こうぜ」

「うん」


 そろそろ日も傾きだしていた。孤児院の前に行くと、釣果を楽しみにしていた子供たちが魚を受け取りに出てくる。十歳くらいの女の子がテオから桶を受け取りながら中を覗いて嬉しそうにしている。


 その子が不思議そうな顔で仁那を見つめる。


「テオ兄のお嫁さんになるの?」

「え?」

「ちょっと何言ってるんだよっ」


 突然の一言に仁那が言葉をつまらせる。横では顔を真っ赤にしながらテオが少女に言うが、少女はニヤニヤと笑いながら「ごゆっくり」と孤児院の中に入っていく。


「あ……」


 気まずそうにテオが仁那の方を向くと、仁那も顔を赤くしてテオを見つめ返す。


「……」

「……ご、ごめん。変なこと言って」

「う、ううん……」

「……そ、そういえばさ。ワイバーンの素材って入荷しそうなの?」


 変な空気にテオが無理やり話を変えようとする。

 しかしその話題も仁那にとっては少し答えにくかった。


「まだ手には入らないみたい……あと、ニルギリの行商人さんが来ると思うけど、もう少し先になりそうで」

「そ、そっか……」

「アニーも、代用で何か出来ないかとやってるからっ」

「……うん。よろしく言っておいて」

「うん……」


 少し気まずい空気の中、仁那は食事の用意をするからとテオに挨拶をする。


「あ、釣り。誘ってくれてありがとう」

「お、おう。また行こう」

「そうだね。また誘ってね」

「うん」


 ……


 ……


 家に変えると、仁那は魚をさばき、塩焼きにする。

 少し沈んだ表情の仁那をアニーはソファーに座って見つめていた。


「どうしたんじゃ? テオと喧嘩でもしたのか?」

「ううん。違うの」

「なにかあったんか?」


 心配そうに訊ねるアニーに、テオから院長の薬について尋ねられた話をする。


「なるほどな……とりあえずは発作が起きたたときのために魔法薬で対応できるようにとは考えておるんじゃが」

「その、発作が起きないようにする薬は難しいんですか?」

「それにはやはり、竜種の第二心臓が必要なんじゃよ」

「……手に入ると良いですね」

「そうじゃの……。そればっかりは行商人に頼るしか無いじゃろう」

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