第39話 ワイバーン
「あっ……」
テオの眼の前に一匹のワイバーンが翼をはためかせ、宙に浮いていた。
初めて見るその威容に思わず腰が抜けたようにへたり込む。
バサッバサッと、空をかきながら見下ろす姿は、紛れもなく竜種の一端を担うワイバーンだった。
ワイバーンが亜竜と呼ばれる理由がその翼にある。
通常の飛竜は四足を持ち、背中に独立した翼を持っている。だが、ワイバーンは両腕が翼になっており、翼竜といった姿をしている。さらに、竜は知能も高く魔法を使えると言うが、ワイバーンは魔法での攻撃などはしない。
その後ろ足の鉤爪や、噛みつきなどの物理攻撃しかなかった。
ワイバーンが銀級パーティーなら狩れる、というのはそこも理由としてあり、大空からの遠距離攻撃を持たないワイバーンは、攻撃を仕掛ける際に冒険者の手の届く高さまで降りてくるのも理由に成る。
ワイバーンは目の前のテオを見ながらも、意識は他に行っていた。
元々テオの考えていたように、テオが今の今まで眠りに落ちていた。その意識を覚醒させたのは、巨大な魔力を発しながら近づいてくる何かだった。
ワイバーンはそれに意識を奪われていた。
しかも、その魔力は竜のものに似ていた。
……
テオはガクガクと震える足を動かし必死に立ち上がろうとしていた。
今まで見たことのある魔物では、フォレストボアが最も大きい。何人かの冒険者達がフォレストボアの死体を村に運んできたときには驚いたものだった。
ワイバーンは、そんなフォレストボアとは比べ物にならない大きさをしている。テオが怖気づくのも当然のことだった。
「くっそ! 動けっ! 動けっ!」
握りしめた拳を足に向かって叩きつける。幸いワイバーンはどうしたものかテオに攻撃をしようという素振りを見せない。
――な、なんだ?
そんなワイバーンの意識が自分に向いていないのに気がついたテオは、なんとか立ち上がり腰の剣を引き抜いた。だが、一歩前に出ようとするが、空中で羽ばたくワイバーンが起こす突風が吹き荒れている。吹き飛ばされないようにその場に立っていることがやっとだった。
――ど、どうすれば……。
その時、攻撃の意思を持って剣を手にするテオにようやくワイバーンは意識を向ける。敵意むき出しで殺気に満ちた小さな人間は、手頃な餌だった。
ギャァー
魔力が乗り、人を畏怖させるという竜の雄叫びも無いが、そんなワイバーンの雄叫びでもテオはガチガチと歯の根が合わなくなる。
急降下し、その鉤爪がテオに迫る。テオは必死に避けながらがむしゃらに剣を振るうう。
「ぁぁああ!」
なんとか爪の根元に刃を当てるが、そんな腰の入らない剣では傷も浅い。一方のワイバーンは避けられたことに苛立ちながら執拗にテオを狙う。
態勢を崩されながらもなんとかテオは凌いでいた。恐怖で身体も強張りながらもワイバーンの攻撃は単調だ。上昇と降下を繰り返しながら繰り返す攻撃になんとか対応していた。
……しかし、それにも限界がある。攻撃をいなせず攻撃を剣で受けたテオは転がるように吹き飛んだ。
バサッ。
しぶとい獲物に苛立っていたワイバーンはようやく訪れた好機にトドメを刺しに急降下する。
◇◇◇
家を出て数十分と言ったところか。
仁那はようやく先の方に大きな存在感を感じていた。
――あれね……戦ってる?
その気配は小刻みにその位置を変え、何かと戦っているように思えた。
――テオ、なの?
山頂を越え、更に進む。やがて先には巨大な竜の様な生き物が地上の獲物を狙うのが見えた。ワイバーンだ。
必死に抵抗しているテオが、ワイバーンの攻撃に倒れ込む。ふわりと浮き上がったワイバーンは一気にテオを狙い急降下する。
――させない!
仁那は走りながら手のひらに魔力を集めながら腕を引く。弓が放たれるようにその腕を振るうと真っ赤に燃える弾丸がワイバーンに向かった。狙いは誤る事無くワイバーンの顔に当たる。
パンッと弾けるようにワイバーンの顎が跳ね上がった。ダメージとしてはそこまでの物はなかったがテオに意識を取られていたワイバーンは気にかけていた魔力がもう目の前に迫っているのに気がつく。
ワイバーンは焦ったように再び急上昇をする。駆けつけた仁那はテオの無事を確認しながらワイバーン目掛けて飛び上がる。
仁那の背中の翼が一回り膨れ上がり、跳び上がった仁那は矢のようにワイバーンに肉薄する。
驚いたのはワイバーンだ。絶対安全な空のテリトリーに仁那は無造作に入り込む。慌ててかぎ爪で対応しようとするがそのスピードに間に合わない。
仁那が腕を振るえば、仁那の手に付いた爪がワイバーンの肉を抉る。仁那の動きと手数は多い。瞬きする間にワイバーンの身体に筋が幾層にも重なる。噛みつこうとすれば握り込んだ仁那の拳がその顎を跳ね上げる。
◇◇◇
眼の前で繰り広げられている戦いを、テオは口をあんぐりと開けたまま見つめていた。
――あ、あの子は……。
そう、仁那が冒険者達に襲われた時に助けてくれた赤髪の女。それが今、一方的にワイバーンを攻撃していた。
「すごい……」
なぜここに? という疑問は出てこなかった。それすら考えられぬほど鮮烈な強さだった。
赤髪の少女は、空中でくるりと回転しながら足を振るう。その足先の爪がワイバーンの翼を引き裂いた。空中でバランスを崩したワイバーンは為す術もない。更に翼が引き裂かれ、その機能を失った翼は空気を掴まえる事ができず落下していく。
轟音とともに墜落したワイバーンに赤髪の少女は更に攻撃をする。既にワイバーンは息も絶え絶えになっていた。
……。
やがて横たわり、ピクピクと痙攣をするワイバーンの体の上で赤髪の少女は立ち上がりテオを見つめる。
「き……君は?」
「……」
「お、俺はテオっていうんだ。カピ村の……」
「……」
「あ、あの……?」
――私に気が付いてない?
テオの様子を見る限り、仁那に気が付いていない。こんな格好をしているのを見られ恥ずかしい思いがあったものの、少しホッとする。
その一方で、仁那はテオに対して怒っていた。
こんな無茶で危険なことを……。間に合い、テオを助けることが出来たがこれはたまたまだ。変身をしていると、少し気も荒くなる。それもあってかふつふつとした怒りが収まらない。怒鳴りつけそうになる自分を必死に制しながら視線をテオに向ける。
「テオ……と言ったな」
感情を押し殺したような声が、仁那の口からこぼれた。
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