第30話 ボーンラビット狩り 2

 翌日、テオが仁那を迎えにやってくる。


 村から出ると言ってもRPGゲームのように村から出るとすぐに魔物とエンカウントするかと言えばそうではない。

 仁那はレクターやアニーからこの世界の話を聞いて、魔物と言っても実は動物とそこまで変わらないと考えていた。この世界の人間が魔力を持っているように、野生の動物が魔力を持っている、それくらいの感覚だ。


 ただ、ゴブリンや、オークの様に知性の高い亜人種の魔物は別の話になるのだが。


 魔物もテリトリーや生活圏といった感覚があり、人里があるところは魔物も危険な場所と判断し、そこまで近づいてくることはない。傾向として人里離れた深い山奥に行くほど魔物の強さは段違いに上がっていくという。


 これはどういうことか。


 魔物にとっては人間は危険な生き物なのだ。より人里に近い場所は魔物にとっても危険な住みにくい場所と成る。魔物同士の力関係で、弱い魔物程そんな人里に近いところに生活圏を持つ。そうレクターは教えてくれた。


 それが、子供たちでもボーンラビットの狩りなどが許される根拠には成るのだが。




 村の外を歩くのに流石にいつものワンピースだと草木に擦れると、仁那はアニーに渡されたアラジンパンツのようなズボンを履いていた。


「あれ? いつもの猫は?」

「フィン? うーん。あの子気まぐれだからね」

「ははは、自由だなあ~」


 ここ数日フィンの姿が見当たらない。チェシャ猫は気ままなんだとアニーに聞いていたし、これまでもちょくちょく居なくなる事はあったので仁那も今更気にしては居なかった。



 テオはボーンラビットが居るという草原に向かって意気揚々と歩いていく。

 初めて歩く村の外に少しだけ解放感を感じながらも、振り返ると村はどんどん小さくなっていき、少し不安を感じた仁那が訊ねる。


「こんな村から離れて大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。ていうか、村が見えるような場所に魔物なんてほとんど出ないよ」

「そうなの? そんな離れるんだ」

「ははは。安心してよ、何が出ても俺が全部やっつけてやるさ」


 そう言いながらテオは腰に刺したショートソードを抜き自慢気にそれを見せる。


 これは冒険者だった両親の形見の品だった。流石に武器ということで孤児院を出る日までバスティーが預かっていた物だが、ナヴァロに剣を教わり始めたテオは、練習に使いたいからと早くに受け取ったものだった。


 初めて見る剣を興味深そうに仁那が見つめる。


 ――まあ、皆普通にボーンラビットを狩りに来ているんだしね。


 ひたすら機嫌のいいテオを見ていると仁那もあまり考えるのはよそうと思うことにした。


 ……


 ちょっとした林を抜けたところでテオが荷物を木の根元に置く。先には丈の短い草原が広がっていた。辺りの木には、木と木の間をロープで結んでいるのが何箇所かあり、まるで物干しの用になっている。不思議そうに見回すと、少し離れたところに同じ様に荷物が置かれていて、その近くのロープに一匹のボーンラビットが吊り下がっていた。


「あれ? ミザール達がいるのか」

「ミザール?」

「ああ、俺より少し上の兄弟だ。家は農家をやってるんだけどね、たまに同じ様にボーンラビットを狩りに来るんだ」

「へえ……」


 ボーンラビットは子供だけが狩るわけではない。村の商店で肉類も売っているが、安く手に入れるには自分で狩ったほうが安上がりだ。当然村の若者もここに来る。

 仁那は他にも人がいると聞いて、ああ、そういう場所なんだと納得しながら周りを見回す。


「この草原?」

「うん。この中に居るんだ」


 テオの背中にはいつも背中に背負う木の盾を手に取る。今日はもう一つ少し小さめの木の盾も持っており、それを仁那に手渡した。


「これ、ニナも使って」

「ありがとう……これテオが作ったの?」

「そうだよ、皆自分たちで作るんだ」

「へえ。すごいね」


 木の盾は丸い鍋の木蓋に釘で取っ手を付けただけのようなものだった。ただ突っ込んでくるラビットを受け止めるだけなのでこれで十分なのだろう。

 改めて手順などを教わっていると、先に入っていたと思われる若者二人が戻ってくる。二人共にかなり身長が高く、仁那は思わず二人を見つめる。

 先を歩いてきた一人の手にはボーンラビットがぶら下がっていた。


「お、テオか……。って! な、なんだその子は!」

「あ、ミザール。お、もう獲れたのか」


 ミザールと言われた若者はボーンラビットを手に、テオの横に立つ仁那を驚いたように見つめていた。


「と、獲れたじゃねえよ。もしかして……その子、薬屋の?」

「ああ、あれ? ミザール達は仁那に会ったことない?」

「ね、ねえよ……。あ、いや……ほら、うちは皆健康そのものだし……」

「ははは。確かにミザール達は風邪も引かなそうだ!」

「お、おい。どういう意味だよっ」


 二人の兄弟は、ミザールとアルコルと名乗った。二人共テオとは馴染みの様だ。二人は話しながらも手に持ったボーンラビットを吊るしてある他のボーンラビットの横に吊るす。


「はじめまして、仁那と言います」

「お、おう……」

「兄貴、なに固まってるんだよ。ゴメンな、ほら、村にこんな美人いた事が無いから」

「ちょっ。何言ってるんだよ、固まってなんて居ねえよ」

「兄貴はミザール。俺はアルコルっていう。ボーンラビットは初めてかい?」


 兄のミザールと比べ、アルコルは割と軽い感じだ。今は農業の植え付けなどで忙しい時期でしばらく肉を食べていなかった二人が我慢の限界とばかりに今日ここに来ていると説明する。


 二人共、テオと同じ様に木の盾を片手にボーンラビット狩りをしていたようだ。四人とも手作りの木の盾を持っている姿に、仁那は思わずクスリと笑う。なんともシュールな光景に思えた。


 少し話した後、ミザールとアルコンの二人は再び草原の中に入っていった。


「あれは、血抜きをしているの?」

「そう、シメたらすぐに血を抜かないと臭みが出ちゃうからね」

「へえ……」


 仁那が吊るしてあるボーンラビットを指差し訊ねると、テオが教えてくれる。


「じゃあ、俺達は別の方向行くよ」

「うん」


 ミザール達とは違う方向に進むテオに仁那はついていく。

 草原と言ってもあたり一面見えないくらいに草が生えているというより、ゴツゴツとした岩なども多く、むき出しの土も多く見える。

 そういった土に穴を掘りボーンラビットは暮らしているという。


 突然飛んできたら怖いなと、仁那は慎重にあたりの様子を伺いながら進んでいった。


「まず、大事なのは音を聞くことなんだ」

「音?」

「そう、奴らはまず自分のテリトリーに何かが侵入すると、びっくりして警戒音を出すんだ」

「周りの仲間に知らせるの?」

「いや、今はつがいの時期じゃないし、一匹で居るんだ。うーん。警戒音というよりビックリして歯を噛みしめる感じなのかなあ?」

「歯の音なんだ」

「そう、歯ぎしりのギリッって音がして、その後にすぐに跳んでくる。だからじっくり音を聞いていれば突然後ろから角が刺さるなんてことはまず無いよ」

「……やっぱ可愛い」

「そうかな?」


 おそらくボーンラビットとしては角での攻撃が最大、かつ唯一の攻撃なんだろう。しかしその前に場所がバレてしまう様なドジっぷりが、仁那には可愛い動物のように感じてしまう。


 二人は慎重に、音もあまり立てないようにそっと草原を進んでいった。



※月曜はお休みかな?

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