第2話 第一章「魔物パラダイス」


【古くから言い伝えられている神話がある。


 三千年ほど前、世界を脅かす恐ろしい厄災が巻き起こった。厄災は甚大な被害をもたらし、その跡地からは、魔の力を宿す動物が出現するようになったと言われている。


 ヤツらはなんの変哲もない獣、鳥、虫、魚の一匹であったが、突如としてその姿を変え、不可思議な力を操る怪物になり果てた。


 魔の力に魅入られた動物たちは、やがて人々を襲うようになったのである。】




 村の東側に広がる『梟の森』で初めて魔物が確認されたのは、十年前のことである。以来、魔物の出現頻度と数は、徐々に徐々に増え続け、今回でとうとう、


「三十? プラムがそう言ったのか?」

「はい。三十は超えているだろうと」


 村長代理のカールは、付き人の言葉に眉を寄せ厳しい面持ちになった。父親であるグレイが外出している今、緊急時の対応は彼にかかっている。


 ここ数年、森の魔物はだいたい週に一度の頻度で出現し、その数は四、五体が平均であった。それが突然三十だ。この数日で魔物化したとするなら多すぎる。まず間違いなく、森の中には巣ができている。


 現在、村を襲おうとしている三十体は、向かわせた戦士隊が対処するだろう。最悪、町にも応援を要請すればどうとでもなる。しかしこの先、百か二百か、巣の魔物にも対応しなければならないことを考えると、頭が痛んだ。


「それと」

 付き人がつけ加える。

「お客様です」


 執務室の扉が開き、一人の女性が姿を表した。薄紅色の髪が特徴的な彼女は、白い軍服を身に纏っており、その胸元のバッジが示す階級は、『少将』の地位である。

 カールは慌てて立ち上がる。


「軍の方がなぜここに」

「申し訳ありません。私のような人間が突然訪れるのは迷惑なことですが、どうか許していただけませんか」


 リンジェルは非礼を詫びると微笑み、手を差し出した。


「私はリンジェルといいます。よろしく」

「カール・グレゴリオです」


 二人は握手をする。


「たまたまこの村を通りかかると、『魔物が出た』という話を耳にしたものですから。微力ながら加勢させてください」

「たまたま通りかかった? 北の端にあるこの村にですか?」

「その話は後でしましょう。まずは魔物退治です」

「……わかりました。それで、加勢はどこに?」

「もう送っています」




 戦士隊は、後退を余儀なくされていた。

 すでに日は沈みかけており、森の中は薄暗い。十五人の戦士たちは剣を構え、敵を正面に見据えながら、じりじりと下がっていく。


 周囲には、黒く変色した木々や葉。十年前までは鮮やかな緑の色彩を見せていた森は、魔物の影響で黒く塗りつぶされている。視界の悪い中でもはっきりと見えるのは、怪しく輝く数十の目。人間サイズまで成長した、フクロウの魔物の黄色い目だ。その奥に、最も強い存在感を放つ、赤い目があった。その目は瞬きもせず、戦士たちをじっと見つめて離さない。


 黄色い目をした普段のフクロウが相手だったなら、何体いようと、戦士隊は問題なく対処ができただろう。しかし、あの赤い目のフクロウは別格であった。あっという間に三人が負傷し、劣勢に立たされた。


 逃げるには距離があり、この睨み合いの間にも、彼らは徐々に追い詰められていた。


 黄色い目の一つが動き、正面から戦士隊に突撃する。


「くっ」


 戦士長が迎え撃とうとしたその時、

 突撃したフクロウが、真っ二つに切断された。


 何が起こったかわからず困惑する戦士たちの前に、一人の女が着地する。ショートカットの黒髪を翻し、長剣を携えた彼女がフクロウを斬ったのだと、すぐに誰もが理解した。白い軍服を着ている。胸元のバッジが示す階級は『少佐』。


「大丈夫ですか」


 女は表情を動かすことなく軍帽をかぶり直し、戦士たちを振り返る。


「加勢に来ました。メイジーといいます」


 なぜ軍人が、そう訝しむ戦士長はしかし、今の一瞬の動きから、メイジーの実力が自分たちよりも上であることを把握。速やかに情報を伝達する。


「敵は全てフクロウの魔物です。数は三十七。瀕死が五。飛行不能が七。奥の赤目の個体だけが桁違いに強い」

「かしこまりました」


 メイジーは剣を構える。その全身に、白い光を纏った。



【魔物の蹂躙により、人々はなすすべなく殺されていく。


 神は嘆き、悲しみ、激怒し、不条理な暴力から下界の民を守るため、自らの力の一部を人々に与えたと言われている。


 力を与えられた者の肉体は、やがて白く輝くようになった。人はその輝きを、加護と呼んだ。

 神が人に与え、人が人に与える、力である。】



 メイジーの加護は足元から伝わり、黒い森を白い輝きで塗りつぶしていく。


 彼女から森に伝わった加護の光は、森を通して戦士隊にも伝わる。光を受け取った彼らの加護は大きくなり、メイジーと同じように純白の輝きをその身に纏う。負傷した三人の傷は癒え、残る十二人には力が漲った。


「なんて加護だ……!」


 彼女の加護を受けた戦士たちはその純度に驚き、力を確かめるように拳を握り締める。そしてまた自らも、メイジーに加護を与え返す。

 十五人分の光を受け取ったメイジーの加護はさらに大きくなり、薄暗い森を照らし出すかのように、まばゆく輝く。


 魔物たちは、その黄色い目を細める。



【加護は補助の力であり、その輝きは万能であった。

 腕力を与え、走力を与え、病を退け、傷を癒す。人間の生命の格を一つ引き上げた。


 一人一人では微弱な加護の光を、人々は与え合う。戦う者には武力を、働く者には体力を、泣いている者には活力を。与え合い、支え合い、光は強く、大きくなる。】



 大きくなった加護を纏うメイジーは一歩を踏み出し、

 疾走する。


 すさまじい速度だった。

 人体の構造上の限界を遥かに飛び超えている。


 弾丸のように森を貫き、木々を飛び移り、その先にいたフクロウの一体目を、

 斬る。


 二、三、四、

 次々に斬り落とす。止まらない。


 しかしその進行上、待ち構えていた四体のフクロウに囲また。

 四方から、爪の、翼の、くちばしの、攻撃が来る。


 彼女は勢いを殺さず枝を蹴ると、空中で一回転。

 四体の魔物を一太刀で両断して見せた。

 八。


「続け!」


 戦士長の号令により、戦士たちは突撃する。

 身体が軽い。さっきまでより一回り強くなった、攻撃力、防御力、機動力、回復力、体力。

 フクロウたちは追い詰められ、その数を一体、また一体と減らしていった。


 勝てる。余裕を取り戻した彼らの表情を、巻き起こった黒い突風が吹き飛ばした。

 木々を根元から揺らし、半端な枝葉を破壊するすさまじい風だ。


 戦士たちは数十ヤード後ろに吹き飛ばされて転がり、メイジーは何とかその場に留まった。


 ズシンと、重い足音が踏み鳴らされる。


 一歩、一歩と、歩を進めるたびに大地を揺るがすそのフクロウは、果たしてフクロウと呼べるのか。鳥類の定義を脅かすような、すさまじい巨体であった。丸々と膨れ上がった腹に乗ったその頭部を九十度傾げ、赤い目でメイジーを睥睨している。その全長は、成人男性のゆうに三倍はあるに違いない。一軒家すら覆いつくせそうな翼を腕のように広げ、その先には、一本の長杖がある。先端には宝石がついており、ただの杖ではない。『キャンディ・プラネット』が製造する、魔法の杖だ。


 しかし、一番重要なのはそこではない。そのフクロウは、服を着ていた。

 黒を基調とした、燕尾服のような形の服だ。それは、その魔物が知性を持つことの、何よりの証明である。


「オ、ノレ……ニンゲン」

「しゃ、喋った……!」


 戦士たちが動揺する中、メイジーは冷静に赤目のフクロウを見つめ、指示を出す。


「みなさん、もう一度私に加護をください」



【やがて加護は、人々の間だけで与え合うものではなくなる。

 長い歴史の中で、光は作物に宿り、剣に宿り、生活に宿り、文化に宿っていった。】



 メイジーは自らの加護を剣に集中させる。

 磨き上げられた鋼が、さらに美しく鋭い輝きを放ち、研ぎ澄まされる。



【人は大地に加護を与え、大地は人に加護を与え。

 神が人々に与えた小さな光は、二千年の時を経て、少しずつ豊かになり、やがて地球は、光の惑星と呼ばれるようになった。】



 戦士たちの加護が再びメイジーに集まり、彼女はさらに強く、まばゆい輝きを放つ。



【そうして人々はついに、魔物を打ち倒したのである。】



 赤い目が、ギロリと光った。

「今日コソ、滅ベ」

「残念ながら、滅びるのはあなたです」


 激突する。



       ♦



 アラミア大聖堂には、一時的に大勢の村民や町民が集まり、すし詰めになっていた。魔物の被害から避難するためである。ここだけではなく、村と町のあらゆる教会が開放されており、戦えない大勢の人々を受け入れている。宗教にまつわる建物は多くの加護が集まるため堅牢であり、避難先として選ばれやすいのだ。


 祭壇では、司教や修道士たちが儀式を行っており、大聖堂に宿る加護を強化し、シェルターに作り替えていた。避難してきた人々も、祭壇に加護を送ることで儀式を補強しており、防御を支える一助となっていた。聖堂内には、白い粒子が漂っている。


 加護のないプラムは何もすることができず、歯がゆい思いをしていた。隣のパフェは彼の手を繋ぎ、守るように身を寄せている。


『梟の森』の方角に目を向ける。プラムはそこに、三十を超える邪悪な生命と、十と少しの精強な生命を感じ取っていた。

 戦っている。二つの勢力が互いの生命を削り合っている。強まったり、鋭くなったり、消えたり、忙しくて落ち着かない。戦いとはそういうものだった。


 彼にはすでに戦いの趨勢が見えていた。精強な生命の一つが、ものすごい勢いで邪悪を削っている。さっき会った軍人の部下の気配だとわかった。邪悪の側にも強い気配が一つあるが、徐々に追い詰められているようだった。戦士たちが勝つだろう。


 安心したプラムはそこで、

 ゾクッ……。

 と、背筋を舐められたかのような悪寒を覚えた。


 振り返る。森とはまったく別の方向だ。遠い。『ディアタウン』の出入り口、南門の少し先。そこに、フクロウよりもよほど恐ろしい生命を感じた。数は十くらい。


 なんだこれは。存在を知覚するだけで、息が苦しい。危険信号がうるさくて、頭がじわじわと痛む。

 意識すればするほど、毒々しい。毒々しすぎる。


「なんかいる」

 町が危ない。

「なんかいる……!」


 プラムは走り出した。

 人ごみをかき分けて、とにかく必死に前に進む。自分以外の人の存在を、これほど煩わしく思った日はない。


 なんとか扉にたどり着くと、飛び出した。


「プラム!」

 手を振りほどかれたパフェは、慌てて後を追う。


「ごめんなさい、通して」


 儀式を助ける人々の間をすり抜けていく。邪魔になっている罪悪感を押し殺しながら、入り口に立つ修道士の制止を振り切り、外に出た。

 プラムの背中を発見する。もうあんなに小さい。町のメインストリートを南に上っている。


「待ってプラム! どこに行くの⁉」

 加護の力で脚力を高め、全速力で追いかける。


「クソ!」


 プラムは自身の鈍足を呪った。まったく進んでいる気がしない。足が遅い。加護がないせいだ。もし加護があったなら、この倍は速かった。

 必死に足を動かす。とにかく急ぐんだ。でないと間に合わない。危ない。何が危ないのかはわからないが、このままでは酷いことが起きるという予感だけがあった。


「やばい。本当にやばい」


 白い息を吐きながら、走る。




「終わりです」


 メイジーの目の前には、血まみれになった赤目のフクロウがいた。

 全身が斬られている。魔法の杖も折った。もう動くことすら難しいだろう。メイジーの勝利である。他の魔物もすべて絶命しており、戦士隊に犠牲者はいない。あとはこのフクロウにとどめを刺すだけだった。


 剣を両手で振りかぶり、首を狙う。その時、フクロウの耳がピクリと動いた。


 壊れた杖の宝石が光り、黒い風が吹く。当然威力は落ちていたが、最期の抵抗かとメイジーは警戒し、念のために距離を取る。

 すると、赤目のフクロウは翼を大きく広げ、羽ばたいた。


 まだ動けたのか、というのが驚きその一。どこへ行くんだ、というのが驚きその二。

 フクロウは巨体を浮き上がらせ、森の外まで高度を上げると、そのままメイジーも戦士隊も無視して明後日の方向へ飛び立っていった。




 外で森の様子を窺っていたリンジェルも、同じものを見た。


 巨大なフクロウは真っ直ぐにこちらに飛んでくると、村の本丸であるグレゴリオ邸のことを歯牙にもかけず、その上空を通りすぎていった。『ディアタウン』の方へ向かっている。

 少し遅れて、メイジーが駆けてきた。


「申し訳ありません。取り逃がしました」

「追いますよ」

「かしこまりました」


 リンジェルは走る。メイジーは彼女の指示に二つ返事で応じ、その後を追う。




 背後にパフェの気配を感じ、プラムは立ち止まり、振り返った。


「パフェ、何で来てるんだ!」

「だって――」


 言いかけて、パフェは口を噤んだ。プラムの顔色は、かつてないほど切迫していた。代わりに尋ねる。


「この先に何があるの?」

「わからない。でも多分、すごくやばいのがいる」


 それだけ言うと、プラムは向かって行こうとした。その手を、パフェは今日何度目か引き留める。


「止めないでよ!」

「待って、わかったから。だから、私も一緒に行かせて?」


 本当は止めたかった。だが、こういう時のプラムが止まらないことをパフェは身に染みて知っている。自らの意思を極力抑えて、折衷案を出す。義弟を心配するその表情は悲痛の一言である。


「プラム一人じゃ危険。私も連れて行って。お願い」

「……わかった。ごめん」

「いいよ」


 二人は駆け足になる。しかし、さっきよりも慎重だ。いつでも急ブレーキをかけて、全力で反対方向に逃げられる速度を保っている。もう近い。すぐそこだ。何が出てきてもおかしくない。


 パフェはプラムと繋いだ手を、強く握った。できるだけ多く、加護を送り続ける。劇的な効果は見込めない。多少加護を帯びたところで、攻撃を受ければプラムは簡単に傷ついてしまう。だが、パフェにそれをしない選択肢はなかった。


「もう、本当に近くまで来てる」


 プラムが苦しみを抑えるように言った。

 二人は歩く。じりじりと、近づく。


 町の出入り口、門を通りすぎた。そこから先の道はまだ雪かきが済んでおらず、一歩進むたびに、ザクッと、足音がする。音を立てることすら恐ろしかった。靴の中が溶けた雪で濡れた。何かが侵入したのではないかと、肩を跳ねさせる。


 もう完全に日が沈んでいて、暗い。前が見えない。パフェが加護の光で周囲を照らす。


 まず目についたのは、白い雪を染める、赤い血。

 点々と連なっているそれを、追う。追った。その先に、人が三人倒れていた。見覚えのある格好をしていた。


「主様‼」

「おじいちゃん‼」


 その死体は村長、グレイ・グレゴリオのものであった。そばにある二つの死体は、その付き人だ。

 死体。そう、死体だ。脈を確かめるまでもなく、プラムにはそれが死体だとわかった。なぜなら、生命をまるで感じない。


 抱き起こす。すぐに、抱き起さなければよかったと後悔した。

 酷いありさまだった。顔を含め、皮膚がぐずぐずに崩れていて原型がない。内出血のような紫色の発疹があちこちにできていて、そこから膨張したり、破裂したりした形跡があった。


「な、なんで……こんな、こ、こん、なの……ひどい……」


 パフェは口元を押さえ、吐き気を堪えるようにしている。


「うわっ」


 そしてプラムは気づいた。祖父の死体の周りに、黒い鼠が転がっている。数は八。その鼠たちの身体にも同じように発疹が浮かんでおり、肉体のあちこちが溶けだしている。

 死に体だ。生命の灯も、徐々に消えゆくようにしている。


 いや違う。九匹目がいる。ハッキリと生きた気配を感じる。隠れて、この場から離れようとしている。

 プラムは気配に向かって、拾った石を投げつけた。


 雪とともに小動物が弾かれ、転がる。それは、不自然に捻じれた尻尾をした鼠だった。ネズミの魔物だ。フクロウだけではない。とうとう二種目が現れた。


 ネズミが逃げる。


「待って」


 パフェは手から白い光を放ち、ネズミに直撃させる。光は、ネズミを丸ごと覆う檻のような形になって拘束する。加護は人間を強化するが、魔物のことは浄化する。捕まった時点でネズミは力が抜け、動けなくなった。


「どうして? どうしてこんなことしたの……?」


 彼女の声に怒りの響きはない。力ない面持ちで、弱々しく尋ねるだけだ。

 プラムはパフェを支えようとして、


 ゾッ……。

 森で感じた邪悪の気配、その中で最も強力な一体が二人を追って来ていたことに、ようやく気づいた。


 振り返る。恐ろしく巨大なフクロウがすぐそこまで迫っている。


「パフェ!」


 叫び声とともに、ズンッと、巨体が着地する。雪煙が舞い、風圧が襲い、プラムたちは顔を覆う。赤目が睨む。


「見ラレタ、ナラ……殺ス」


 ボロボロのフクロウが、分厚い翼を振りかぶった。


 プラムは応戦するために立ち上がり、拳を構えた。が、横からパフェが抱き着いてきて、押し倒される。二人は重なって倒れた。パフェが上、プラムが下だ。彼女は盾になろうとしている。加護の光を強め、プラムへのダメージを最小限にしようとしている。


「パフェ、どいて!」


 彼女をどかして助けたかったが、間に合わない。

 トラックよりも重い一撃が叩き落される。

 その直前、



「聖剣」



 白き一閃が光り、フクロウの首が飛んだ。

 着地した女の黒髪が翻る。追いついたメイジーの一撃だった。


「無事ですか?」

 駆け寄ってきた彼女は安否を問いかける。


 プラムは放心していた。

 助かった、らしい。

 声が出ない。色々なことが一度に起こりすぎて、感情が追いつかない。


 パフェがゆっくりと体を起こす。彼女はフクロウが死んでいるのを確認すると、疲弊した様子でプラムに向き直る。


「ケガ、してない?」


 かろうじて首を縦に振る。

 無事を確かめた彼女は、しなだれかかるようにプラムを抱きしめた。


「間一髪でしたね」


 凛とした四人目の声が響いた。

 その人物は薄紅色の髪を風に躍らせ、プラムたちの前に立つ。メイジーは剣を納めると、そのすぐ後ろに控えた。暗闇であってもその加護は強く、彼女の存在を見せつけるように照らしている。リンジェルだ。


「軍人さん」

「申し訳ありません。騙していたわけではないのですが、私にとってその肩書きはあまり重要ではないのですよ」


 彼女はプラムの言葉を否定すると、改めて背筋を伸ばす。薄紅の瞳に、高貴な光が宿っている。


「カーネリアン王国第十二王女、リンジェル・アリア・アメジストと申します」


 プラムは目を見開き、驚愕のあまり固まった。パフェもその素性を聞いて、口を開けることしかできない。


 リンジェルはネズミの死体に目を向ける。捕まえた一体にも目を配り、最後に、プラムを見る。


「これを最初に見つけたのは君ですか?」

「うん、そうです」


 答えると、彼女は口の端を釣り上げた。微笑みとは違う、欲望を感じる笑みだった。


「うふふ。やっぱり、私が捜していたのは君だったんですね」


 彼女は二歩、距離を詰め、まるで運命の相手を見つけたかのように、手を差し出した。


「迎えに来ましたよ。プラム・ブルー・オーリオー」

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