第1話 第一章「大ニュース」


『はじまりの村』のグレゴリオ教会では、村に一台しかないテレビに向かって、村人たちが顔を突き合わせていた。

 人間が流星群を落とした、その瞬間が報道されているのだ。しかし、彼らが衝撃を受けているのはそこではない。


「ねえ、これってプラムだよね?」

 テレビを指差して、パフェはそう言った。


「ああ、たしかに似てるな」

 村人の一人が呑気に答える。


「似てるなんてものじゃない! だって、こんなにそっくりなんだよ……?」


 思わず声を荒げたパフェは、もう一度画面をまじまじと見る。

 記録映像の画質はかなり悪い。が、しかし、髪の色も、体格も、着ている服も、彼女の知っているプラムという少年に相違ない。ように、見える。


「いやいや落ち着きなって。プラムが宇宙にいるワケないでしょ。てかそもそも、この報道だって偽物なんじゃないの?」


 彼の意見は、教会に集まっている村人のほとんどの総意であった。


 宇宙服なしでは宇宙を生きられない、なんてことは子供でも知っている。加えて、人類を救う隕石があることは事実として受け入れていても、それを人間が落としただなんて本気で思っているのは、世間でもごく一部だ。ましてや、それをやってのけたのが自分たちの知っているプラムだなど、到底信じられるはずもなかった。


 しかし、義姉のパフェと、村での立場が高い者たちは、それぞれに深刻な表情を浮かべている。大半の村人と同じように、まさかそんなわけがない、と思いつつも、心の奥底では疑い切れないでいた。

 その様子に、いったい何を心配しているんだ? と多くは首を傾げる。


 パフェは顔を上げ、あたりを見回す。


「あれ、プラムは?」

「そういえばいないな」

 誰かが答えた。さっきまで一緒に教会にいたはずだった。


「もう! もう! 目を離すとすぐいなくなっちゃうんだから!」

「いつものことじゃん」「宇宙にでも行ったんだろ」「ハハハ、それ笑える」

 と、冗談めかした会話が聞こえてきた。


 パフェは慌てた様子で立ち上がる。


「私、探してくる!」


 彼女は駆け足で扉に向かい、教会の外へ出た。すると、ちょうど人が通りかかったところで、ぶつかりそうになる。


「ああっ、ごめんなさい……!」

「パフェか、気をつけなさい」

「主様」


 通りかかったのは、村長のグレイ・グレゴリオだった。使用人として働いているパフェにとっては主人にあたる人物だ。

 背筋は綺麗に伸び、身体は引き締まっていて、高齢であることを忘れさせる。黒い礼服と同じ色のハット帽が、厳格な顔立ちによく似合っていた。外行きの格好だ。


「予定していた外出ですか?」

「ああ、しばらく留守にする。一週間はかかるだろう。その間、村を頼んだぞ」

「かしこまりました」


 短く信頼の言葉を言い残し、グレイは付き人をつれて背を向けた。

 パフェは丁寧に頭を下げてその背中を見送り、再びプラムを探すために駆け足になる。



       ♦



 件のプラムは、『はじまりの村』と隣り合う街、『ディアタウン』にいた。そこで彼は、


「おらっ!」

 殴られていた。


 子供の細い拳が飛んでくる。プラムは避け切れず頬に一撃を食らい、倒れた。


「ハッ、弱ぇくせに粋がってんじゃねぇよ。バカが」


 暴力を振るった少年――ニックスは、勝ち誇った笑みで地べたに這いつくばる弱者を見下ろす。その後ろには彼の友人が控えており、ケラケラと嘲笑していた。

 プラムはしかし、殴られた痛みも気にせず、正義感の宿った紫の目で、ニックスを睨み返していた。


「僕は間違ったことは言ってないぞ」

「はぁ?」


 ニックスは鋭い目を細め、額の血管を浮き上がらせた。座ったままのプラムの胸倉を掴み、腕を引き絞る。


「いい加減学習しようぜ、おい。勝てねぇクセに無駄に反抗すんのが、バカだってんだよ!」

「おい何してる、やめろ!」


 二発目が入ろうとしたところで、近くにいた大人たちが止めに入った。一人がプラムを介抱し、二人がニックスを掴んで引き離す。


「お前たちまた喧嘩したのか……今度はどうしたんだ」

 大人の一人が呆れながら尋ねた。


「俺は別に。コイツがいちゃもんつけてきたんだって」

「プラム、またか……」


 大人は呆れを一層深くして、ため息をつく。他の者たちも、やっぱりか、と言いたげな顔をした。


「プラム、いくら仲が悪いからって嘘はダメだろう」

「嘘じゃない!」

 プラムは声を大きくして噛みついた。

「アイツが本当に――」

「わかった、わかったから」


 大人は言葉を手で制し、落ち着くように促した。明らかに信じていない様子だ。


「お前もうすぐ成人だろう? そんな子供みたいなやり方してると、友達がいなくなってしまうぞ」

「本当だって! なんで信じてくれないんだ!」


 なおも聞き分けのないプラムに大人たちはもう一度ため息をつくと、今度はニックスに向き直る。


「ニックスも、いい加減暴力はやめるんだ」

「チッ、はいはい、わかりましたよ」


 ニックスは掴まれていた腕を振りほどくと、背を向ける。「おい、まだ話は終わってないぞ」という喚起の声も無視して、プラムを睨みつけた。


「役立たずの無能が」


 ムッと睨み返すプラム。「おいこら、待て!」と止める大人。

 友人を連れ、ニックスは離れていった。まったくよー、と愚痴をこぼしながら、大人たちもその場を去る。


 プラムだけが、ポツンと取り残された。

 彼は汚れを払い、服の乱れを直すと立ち上がる。


「大丈夫ですか?」


 ふと声をかけられた。振り返ると、綺麗な女がいた。

 鮮やかな薄紅の長髪と同じ色の瞳が、美しく輝いている。二十歳くらいに見える。優美な雰囲気から、お姫様のような印象を受けた。しかし、彼女は白い軍服を身に纏っている。軍人だ。それも、胸元のバッジの数から察するに、かなり地位が高い。


 その一歩後ろには、黒髪の女性が控えている。バッジの数が少ないので、部下だろうと推測する。


「大丈夫です。ありがとう」


 礼を言いながら、なぜこんなところに偉い軍人がいるのだろうと疑問に思った。




 疑問を感じていたのは、女の方も同じであった。彼女はプラムの装いを一瞥する。

 まず、安息日だというのに中学校の制服を着ているのが不思議その一。次に、装飾過多なのが不思議その二。上から順に、ピアス、ペンダントが二つ、胸元に羽飾り、花飾り、腕輪、指輪。よく見れば、薄く化粧も施してある。


 装飾だけでならば特におかしくはない。ただ、崩れたマフラーや化粧の乱れから察するに、美意識が高いようには見えなかった。

 違和感を胸にしまいながら、彼女は話を振る。


「彼、酷いことを言いますね。無能だなんて」

「それは別にいいんだ。本当のことだから」


 本当のこと? 心の中で首を傾げた。

 すると、「あ、間違えた」とプラムは突然ハッとした。そして「別にいいんです。本当のことです」と言い直した。


「かしこまらなくても構いませんよ」

「あ、あとそうだ。敬礼しなくちゃ」


 プラムはもう一度ハッとすると、背筋を伸ばして不慣れな敬礼を見せた。しかし、「あれ、右手だっけ? 左手だっけ?」と正しいフォームがわからず迷子になり、落ち着きがなくなる。


「うふふ、君は面白いですね」

 女は微笑み、手を差し出す。


「私はリンジェルと言います。初めまして」

「僕はプラムです。よろしく」


 プラムも手を差し出し、二人は握手した。その肌に触れて、リンジェルは驚いた。同時に、なぜ彼が無能と吐き捨てられたのかも理解した。


「僕、生まれつき加護がないんです。だから無能なんだ」

「……それは大変ですね。色々と不自由でしょう」

「ううん、そんなことないよ。村のみんなが助けてくれるからさ。あ、違う。助けてくれますから」

「そうですか」


 デリケートな話題にも、明るくポジティブに応じるプラム。

 リンジェルは冷静を装いながら、その胸は高鳴っていた。加護がない、その情報で、確信が強まる。目の前の少年こそが、自分の尋ね人かもしれない、と。


「さっきはどうして喧嘩していたんですか? ずいぶん怒っていましたが」

「あいつ泥棒したんだ。それを注意したら殴られた」


 喧嘩相手の少年――ニックスと呼ばれていた彼のことだろうな、とリンジェルは補完しながら聞く。


「泥棒ですか」

「アイツ見てたら、そんな感じがした」

「そんな感じ? 盗んだところを見たんですか?」

「ううん、見てない」

「ではどうしてわかったんですか?」

「なんとなく。でも絶対盗んだよ。間違いない」

「なんとなく……」


 今のやり取りで、ますます確信した。この少年に違いない。

 リンジェルは逸る気持ちを押さえて、努めて平静に振る舞う。


「プラム君、私たちは人を捜してこの町に来ました……聞いてますか?」


 本題に切り出そうとした矢先、突如としてプラムの注意が散漫になった。リンジェルを無視して、北東の方角をじっと見つめている。


「もしもーし」

「え? あ、はい!」


 気を取り直す。「メイジー」とリンジェルが呼びかけると、後ろに控えていた付き人が一枚の写真を取り出した。ニュースで報道されていた、隕石を落とした子供の写真だ。

 彼女は写真をプラムに見せ、これはあなたですね、と尋ねるところだった。


「え?」


 リンジェルは驚く。

 プラムがいなくなっている。



       ♦



 プラムは『ディアタウン』のメインストリートを急ぎ足で縦断し、『はじまりの村』に向かっていた。雪かきを終えたばかりの道は滑りやすいため、注意して走る。頬には一筋の汗が滲んでいる。

 一刻も早く村人たちに伝えなくてはならないことがあった。


 前方、村の方からも誰かが走って来ていた。白い髪をしていた。パフェだ。


「あ! プラムいた!」

「パフェ!」

「もー、どこ行ってたの? ずっと探してたんだよ」


 プラムを見つけたパフェは安堵した様子で立ち止まり、彼の手を取ろうとした。

 しかし、プラムは速度を落とさず、差し伸べられたパフェの手をひったくるように掴むと、そのままの勢いで村に向かおうとした。当然彼女は引きずられるような形になり、慌ててバランスを取り直すと、プラムに合わせて駆け足になる。


「パフェ、一緒に来て」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 私も大事な話があるの!」

「それ後で聞くよ。今は急がなきゃいけないんだ」

「だ、ダメ! 止まっ、て……!」


 パフェは足でブレーキをかけ、両手で腕を引くと、ようやくプラムは立ち止まった。彼は、何するんだ、という目でパフェを見る。


「ごめんね。でも、ほら約束。『大事な話をする時は、ちゃんと聞いて』。ね?」

「そっか。そうだった」

「うん。いい子」


 彼女は聞き分けのいい義弟に優しく微笑むと、すぐに彼の頬を見て動揺する。


「どうしたの、そのケガ?」

「ああ、これは」

「ちょっと待って。すぐに治すから」


 パフェは慌てふためく。


「あ、でも話さなきゃ、えっとえっと……ごめんね。治しながら話すね」


 彼女は左手をプラムと繋ぎ、右手を白く光らせる。光を殴られた頬に添えると、傷跡も痛みもみるみる引いていった。並ぶと、パフェの方が少し背が高い。年上だからだ。


「さっきテレビで、宇宙に子供がいるってニュースが流れてたの。その子供の写真もあったんだけど、プラムにすごく似ててね、もしかしたら皆が勘違いしてプラムに色々言ってくるかもしれないから、そのことを注意したかったの。気をつけてって」

「そうなんだ」

 と呟いて、プラムは思い出す。


「さっき、軍の偉い人に声かけられたよ」

「軍人……?」


 パフェは驚いた。報道と軍隊とが結びつくのかはわからない。ただ、嫌な予感がした。

 プラムはそこで、ハッと顔を上げる。


「あ! あの人のこと忘れてた!」


 戻ろうと回れ右する彼を、パフェは再び引き留める。


「いいの、大丈夫だから。むしろ大正解! お手柄! 偉いぞ! 本当はよくないけど、今回は特別」

「いいの?」

「そう。またその人に何か聞かれても、とりあえず知らないって答えて。いい?」

「? わかった」


 治療が終わる。パフェは光を抑え、頬から手を放す。傷跡は綺麗になくなっていた。プラムは段々と落ち着きがなくなっていた。しきりに北東の方を眺め、そわそわと足は動き、意識が村に向いている。


「ごめんね。短く済ませるから、もうちょっとだけ待ってね」

 パフェは少し言葉を選ぶと、おずおずと言う。


「あのさ……昨日、宇宙とか行ったりしてないよね?」

「宇宙? 僕が? そんなの無理だ」

「本当に?」

「本当に」


 パフェはプラムの顔をじっと覗き込む。嘘をついているようには見えない。


「そう、だよね」


 パフェは白い目を伏せて、ホッと息を吐いた。鼓動を確かめるように、胸を押さえている。深く呼吸すると、切り替えた。


「はい、私の話は終わり。プラムはどうしたの?」

「魔物が来てる」

「え?」

「森の方から来てるんだ。たくさん」

「え、たくさんって」


 パフェは両手を使って、小さく円を描くようにする。

「普段がこれくらいだとしたら、どれくらい?」


 プラムは両腕をいっぱいに広げた。

「これくらい」

「え? え?」

 

 パフェは慌てふためく。発作的に身体が動いて、身振り手振りが激しくなり、一番の動揺を見せている。


「大変、ど、どうしよう……!」

 彼女はプラムに向き直る。


「どうして早く言わなかったの!」

「パフェが先に話すって言ったんじゃないか!」




 大空に、荘厳な鐘の音が響き渡る。

 一度でも十分に聞こえるところを、九度。今日はさらにその倍の十八度、鳴る。

 それは、村と街に住む人々への警鐘である。『敵襲』の合図。九度は『警戒』、十八度は『厳重警戒』。緊張が走る。


 日照時間の短い空には、すでに夕日が差している。

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