第26話 第六章「惑星の支配者」
「華剣、サクラ」
大振りの一閃。
白光を帯びた斬撃は比較にならない威力をもたらす。
まるで花びらの雪崩に巻き込まれたかのように、魔物たちは次々に斬り飛ばされていく。
戦場を駆け抜ける。
加護によりさらに上昇した身体能力で、さらに縦横無尽に暴れ回る。
二、四、七。
一撃が重い。一つ振るうだけで、二体、三体と死んでいく。
十五、十七、十九、二十二、二十五、二十八。
剣技はさらに流麗になる。切断面には一切のブレもなく、流れる血液すら美しい。
東西南北、時には空にまで飛び上がり、八面六臂。
躍動している。
地下に潜むモグラすらも感知。
光の奔流を叩き込み、マナを砕いて絶命させる。
加護は勝利に宿る。リンジェルがかけた『決闘の儀式』は、その効果を倍増させる。
強力な術だけあって、『王と解釈できる者にしか扱えない』、『騎士と解釈できる者にしか与えられない』、『王は戦いを最後まで見届けなければならない』など、様々な条件があり、『敗北すれば敵が強くなる』というリスクも孕んでいる。
プラムは今の攻防の間に、四十七度勝利した。その分だけ、加護は大きくなる。
剣が纏う光は、大剣ほどにまで膨れ上がっている。
一振りで十体を切断する。
輝きが溢れている。
彼が踏んだ大地は息を吹き返し、光り輝く。
彼の吐いた息は大気を浄化させ、白く澄み渡る。
加護の領域が広がっていく。
魔物たちの体表は焼かれていく。
横薙ぎの一閃。
シロクマが立ち塞がり、両腕でガードした。
防御に優れたステージ4の個体だ。肉は斬られたが、骨で止めた。ようやく勇者の足を止めることに成功する。
少ない勝機を逃すまいと、周囲のヒツジが飛びかかる。
プラムは、八方から迫るその魔物たちに対応しなかった。
剣を防がれた格好のまま、左手を星空に掲げる。
そこには、凄まじいエネルギーが込められている。
超能力は加護の出力を高め、加護は超能力を支える。
サイコキネシス。
月の公転軌道上を泳ぐ宇宙ゴミたちを、念力で引き寄せる。今なら届く。
シロクマは蹴り飛ばされ、受け身も取れずに転がった。腕の傷に砂利が入り込み、鋭い痛みが脳を焼く。
のたうち回り、仰向けになった視界に、見た。
流星群。
大気圏に突入して燃え上がり、超能力と加護の光が混ざったことで、虹色に輝いていて夜空を照らしている。
破壊の雨が降る。
北極海で様子を窺っていたクジラの魔物「タイフーン」は、退却を決意する。
隕石を操りながら飛び回る勇者の姿に、分が悪いと判断する。
『逃げるのか?』
テレパシーが脳内に響いた。
念には言葉だけでなく、挑発の意思が込められていた。
クジラは今一度、村の方を振り返った。
紫の瞳が、こちらを見ていた。
もう一度、
『逃げるのか?』
クジラは怒りの嘶きを上げた。太い高音が大気と海面を震わせる。
超巨大生物の潮吹き。
高濃度のマナを含んだ水の塊が、数千ヤード先の戦場にまで飛ばされ、次々に落ちる。
光の奔流、流星群、潮吹き。
規格外の現象の数々を前に、プリンスは逃げ回るしかなくなる。
戦場が混乱している。滅茶苦茶だ。どこにどう逃げればいいのかもわからない。
攻撃に当たらないよう、とにかくデタラメに飛んでいる。ずっと全速力だ。体力が持たない。
全てを躱しきれず、羽が削れていく。飛行能力が落ちていく。
執拗に追いかけて来る隕石の一つを、直角に曲がって無理やり避けた。
しかし避けきれず、虹色の炎がかする。焼ける。落下する。
とうとう地べたに這いつくばる。
こんなはずではなかった。憎しみが、募る。
五年前からずっと思っていた。こんなはずではなかった、と。
プリンスは、ドクターを妬んでいた。奴さえいなければ、我こそが周辺一帯の王だったのに、と。
腹が立つ。腹が立つ。薄汚いネズミが、高潔な自分よりも遥かに優れていると理解しているからこそなおさら、腹が立つ。
だから屈辱を噛み殺し、これまでずっと、ドクターの手駒であることを受け入れてきた。
なのになぜ、なぜ自分は、無様に転がっている。
彼は赤い目で、地区を見渡した。
今この場で、支配者は誰だ?
狡猾なネズミか?
海を制するクジラか?
領主グレゴリオか?
国を牛耳る王の血族か?
それとも――、
紫色の子供が躍っている。
戦場の何もかもを操り、誰よりも脚光を浴びている。
否!!
プリンスは黒い風を吹かせ、飛び上がった。
勇者へ、一直線に向かっていく。
「認めなイ! 認めなイ! ニンゲンごときガ――」
プラムはその行動も、感情も、全てを見透かしている。
光の奔流が炸裂し、呑み込まれる。
「――――ッ!!」
愚かなフクロウは、骨も残さず消滅する。
「あははっ」
笑顔が弾けた。
なんという全能感だろう。
プラムは迫り来る魔物と斬り結びながら、打ち震える。
細胞が、肉体が、爆発している。
光が、風が、土が、草が、花が、水が、世界の全てが、そこに宿る意思が、喜んでいるのを感じる。
地球はずっと、プラムが目覚めるのを待っていた。
「ははは、ああ……!」
凶暴な魔物に光を浴びせる。
心が弾む。
生まれた時から、使命感に駆られていた。
ようやくだ。プラムは三千年分の期待に、ようやく応えている。
こんな自分が、誰かの心を救えている。誰かの気持ちに寄り添えている。嬉しくてたまらなくて、肌が泡立つ。
歓喜する。
「ああぁぁぁ――――――――――――――――……………………っ!!」
こんなに星空が綺麗だと思った日はない。
チカチカ、じゃない。バチバチ。
バチンッ! と、瞬く。
瞬きの間に、魔物はプラムを見失う。
背後から放たれた光に呑まれ、消滅する。
バチンッ!
と瞬く度に、テレポート。
東へ。
バチンッ!
南へ。
バチンッ!
空へ。
移動する先で剣を振るい、隕石たちが追従する。
村全体を感知。あと百。
戦場の北西から南東へ一直線。残党どもを蹴散らしていく。
あと五十。
大地に加護が広がり、血や死体を洗い流していく。
十。
逃げ惑うウマも、抵抗を続けるフクロウも、まとめて斬り落とす。
一。
最後の一体――砲撃手のネズミを斬り伏せ、『ディアタウン』へ。
一番街を駆け抜ける。
敵を全滅させた分高まった加護を、町の大地に浸透させる。
魔法陣の黒が薄まっていく。
二番街を疾走する。
加護の光を個々に飛ばし、イヌのように、魔物になりかけの個体にぶつける。
一体も逃がしはしない。
三番街に入ったところで、大跳躍。
ふわりと飛び上がり、空中から町全体を見下ろす。
引き連れる隕石の一つを、構えた。
目標、東四番街の下水道。
自らの炎で小さくなった一発を、落とす。
轟音とともに、大地に風穴が空く。迷宮化していようと関係ない。虹の流星は岩盤を貫き、複雑怪奇な十五の階層をことごとく焼き潰していく。待機していた二体のネズミとともに、魔物の城は崩壊した。
着地。
足元から加護を展開し、再び町を駆ける。
魔法の領域を白く塗り潰し、刻まれた魔法陣を完璧に消し去る。
町の端へたどりついたその足で、東へ。
『梟の森』を縦断する。
緑の森を抜け、黒い森のその先まで。
変色した木々を浄化し、中にいたフクロウを斬りながら突っ切る。
翡翠色の木が見えた。集落だ。
極大の光を放ち、一撃で壊滅させる。
何体かのフクロウは早々に逃げていたらしく、遥か数千ヤード先の空にいるのを感知する。
隕石を三発飛ばす。
ぶつける。
始末する。
森を抜け、再び『はじまりの村』へ。
端にあるキルシュ湖に光を放ち、グリムフィッシュの魔物を全滅させる。
モグラの穴に残った僅かなマナも、その余波で消し去っていく。
村を抜ける。
さらに北へ一直線。
『ヲルドー山』へ。
麓に形成されたヒツジの集落に隕石を落とし、全滅させる。
ウマの集落も斬り刻み、全滅させる。
標高五百メートルの山を登り、軽々頂上を飛び越える。
反対側の麓の、ヤクの集落も叩き潰す。
さらに北へ、走る。走る。
地面が雪で白い。村はもう遥か後ろにある。
氷を踏みしめながら、大陸の端まで。
跳躍する。
両腕を広げ、大きく飛び上がる。北極海へ。
タイフーンが大口を開けた。
口内の並ぶ髭が不気味に蠢く。
「オォォオオォォォォ――――――――――――ォォォォオオォォッッ!!」
海面が渦巻き、水の柱が、氷の礫が襲いかかる。
プラムは剣を両手で掴み、大上段に構える。
残り少ない流星を従えながら、落下していく。
遠くで、聖歌の合唱が響いた。
地区の人々が歌っているのだ。小さいが確かに聞こえている。加護がさらに大きくなった。
勝って。助けて。倒して。無事でいて。
テレパシーだけではない。加護が宿った分、皆の想いをより鮮明に感じ取る。
任せろ。
光を集中させる。蓄えてきた、大きな大きな加護を、全て、一本の剣に乗せる。空を覆い尽くすほどの莫大な輝きとなって、月を照らす。
それは大昔から伝わってきた、基本にして古の技。初めて使う。けど、できる。
何度も憧れた。何度も羨んだ。
見よう見真似。
「聖剣」
純白の一閃。
虹色の流星が、胴に突き刺さる。
動きを止めたところに、光が叩き込まれる。
超広域の加護が、巨大なクジラを呑み込んだ。天の輝きが太い柱となって、冷たい海を貫く。
光は、マナが混じった水も、氷も、魔物の肉体――全身の細胞の一つ一つまでも、ボロボロに砕いて浄化していく。
真っ白に、真っ白に、極夜を照らす。
光が止むと、巨体が頭から尾にかけて、真っ二つに両断されている。
同じく、二つに斬り開かれた北極海。徐々に徐々に、水は蠢き、元の形に戻る。
海は激しく揺らめき、高い波が立った。
波に飲まれ、クジラの死体は流されていく
怪物は、ここに沈んだ。
テレポート。
四度繰り返し、あっという間に村に戻ってきた。
立ち上がり、顔を上げる。
ネズミが単騎、待ち構えていた。薄汚れた白衣を纏い、無機質な表情をしていた。気配から、この個体が敵のボスだと悟る。正真正銘、最後の一体だ。
「仇討ちだ」
ソイツは流暢に言葉を扱った。
その、言葉の奥に宿る執念には覚えがあった。あの部屋のネズミだ。
「私は、お前に復讐したいらしい」
♦
復讐、という物騒な言葉に反して、ドクターの態度と感情は随分と理性的であった。プラムは一旦、剣を下ろす。
「ねぇ」
対話を試みる。
今さら和解なんてあり得ない。だが、尋ねたいことがあった。
「お前は多分すごく頭がいいのに、なんで人間を攻撃したの? 共存することだってできたんじゃないの?」
「あり得ないな」
ドクターは顔色一つ変えずに否定する。
「お前たち人間にはわかるまい。私たちは好きで下水道にいたわけではないのだよ」
彼は広々とした大地を見渡す。
何度目かの外の景色だ。広い。豊かな土が、どこまでもどこまでも広がっている。名残惜しむように、目を眇める。
手が届きかけた。あと一歩だった。
蘇るのは、初めて下水道から顔を出した時の記憶。世界の広さに圧倒され、強く目に焼きつけた。絶対に奪い取ると、その時に誓ったのだ。
ああ思い出した。それが、ドクターの描いた初心だった。振り返る暇もなく研究に没頭していたから、すっかり忘れていた。
「こんなに美しいなら、欲しくなってしまうじゃないか」
プラムは失恋にも似た、苦い寂寥を感じ取る。
「そっか」
ドクターは命を削り、文字通り己の全てを投げ売って、狭い世界から飛び出そうとしたのだ。
敬意を表する。そして、確実に殺すと決める。
「お前は、生きるために僕たちを殺そうとした。だから僕も皆を守るために、お前を殺すんだ」
剣を構えた。敵も杖を出す。
「謝らないぞ」
「ああ、それは無駄なことだ」
ドクターが杖を振る。
その先端から、毒煙が噴き出した。下水道で浴びた「毒」の劣化版のようだった。
加護を持つ今のプラムに生半可な毒は効果がない。ガスによる目くらましが目的か。少年は腰を落とし、感知を働かせ、様子を窺う。
煙から小さな爆弾が四つ、飛び出してきた。
よく見ると、表面には魔法陣が描かれている。
大きく後ろに飛び、巻き込まれる範囲から逃れると同時に、連鎖爆発。
火薬とマナが尽きるまで炎を吐き出し続け、小型の爆弾はサイズに見合わない破壊を周囲にもたらす。
爆風に煽られ、ガスが八方に散っていく。
煙が晴れると、ネズミがいなくなっていた。
ガスと爆弾のせいでマナが充満し、敵が感知しにくい。
闇討ち。
少年がマナに気を取られているうちに、ドクターは背後に回っていた。
息を潜め、物音を立てず、針を構える。
跳躍し、無防備な背中に突き刺そうとする。
が、
プラムは身を捻り、軽く躱す。
この程度の攪乱では、超能力者を欺くことはできない。
念力で空中に留め、拳をネズミに食らわせた。
ドクターは弾き飛ばされて転がる。今の一撃で、骨が何ヵ所も折れているはずだ。
しかし、彼はまだ立ち上がろうとする。
立ち上がる暇なんて与えない。
プラムは距離を詰めた。
「華剣、ラベンダー」
鋭い一閃が胴に走った。
赤い花を咲かせ、ドクターは倒れる。
ドクドクと、血が流れ出る。体が冷たくなっていく。死が迫っている。
「遺言はあるか?」
プラムは見下ろし、尋ねた。
「…………じゃあ、少し時間をくれ」
ドクターは言うと、震えて力の入らない腕で、なんとか上体を持ち上げる。近くにあった石に寄りかかり、座った状態を維持する。
彼は白衣から、葉巻を取り出す。友からもらった一本だ。
習った通り、杖で火をつけ、口にくわえて、煙を吸う。
副流煙が漏れ出た。空気中に漂ったそれは、加護に浄化されてすぐに消えてしまう。
生まれて初めて経験する、娯楽の味だ。
正直、よくわからなかった。最初から最後まで苦いだけ。一瞬、肺に苦しい重みを感じて、最後に少し、ほんの少し、脳が喜ぶだけ。
まるで自分の生涯のようだと、ぼんやり思った。
「ふふ」
どこか清々しい顔で、笑う。
「最悪だ」
首を刎ねる。
ドクターの頭が地に落ち、それで全てが終わる。
プラムは剣を納め、天を見上げた。
「おじいちゃん、仇は取ったぞ」
手を組んで黙祷する。天国で、幸せであるよう祈る。
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