第18話 第五章「ディアタウン大侵攻」


『声』が町に響き渡る、数分前。

 プラムと合流したリンジェルは、彼に指示を出していた。


「テレパシーを地区の全員に送ってください」

「全員……」


 プラムは微かにたじろいだ。


「私は地区の全員を救うつもりですが、そのためには迅速な避難誘導が必須です。できますね?」


 リンジェルはパフェに振り返る。


「直接的な危険はありません。これくらいはいいでしょう?」

「……はい。でも――」


 パフェは義弟を窺う。

 彼は眉を困らせ、尻込みしていた。下水道に同行した際、再び突きつけられた無力が、まだ傷として残っていた。


「怖いですか?」

 そんなプラムに、リンジェルは試すように尋ねる。


「君がこれまで、どういう評価を受けて育ってきたかは大方想像がつきます。不安ですか?」

 フン、と鼻で笑う。


「くだらない。君はその程度のことで自分の力も疑ってしまうような、弱い人間だったのですか? ガッカリです」

「何だって……?」


 挑発されたプラムは睨む。

 するとリンジェルは彼の胸倉を掴み、強引にその体を引き寄せた。顔がつきそうな距離で相対し、紫の瞳に己の薄紅の瞳をぶつける。


「何をするの……!?」

 慌てて止めに入るパフェ。

 王女はそのパフェに目を向けた。


「彼女が無事なら、それで安心ですか?」


 プラムは目を見開く。


「大切な人さえ近くにいれば、それでいいのですか?」


 リンジェルは眉を歪め、わかりやすく嘲る。


「君は、今にも死にそうな人がいるとわかっていながら、簡単に見捨ててしまえる小さい人間なのかって、そう聞いてるんですよ」


 少年の心に怒りが灯った。不安を吹き飛ばすほどの火だ。

 睨む目をさらに鋭くし、奥歯を噛み、彼は否定する。


「違う……!」

「ならやりなさい。メイジーがサポートします」


 メイジーはすでに動いている。彼女は短い黒髪を翻し、地図や筆記用具など必要なものを用意して、プラムに尋ねた。


「プラム君、避難誘導を行ったことはありますか?」

「ない」


 胸倉を解放された彼はすぐに頭を切り替え、準備に移っている。


「では、手順を分割しましょう。まずは、①感知を使い、ネズミの位置を把握してください。それをすぐに発信するのではなく、②私に共有してください。可能なら、地図映像の形で伝えてくれるのが望ましいです。③そうしたら私は情報を整理し、町人に伝える内容を原稿に書き起こします。④君は原稿の内容をテレパシーで発信してください。いいですか?」

「わかった!」


 プラムは町に目を向け、すぐに感知を始める。


 パフェはその横顔を窺い、目を伏せた。彼らの邪魔をすることはできない。せめてと義弟の手を握り、加護を与えることに徹する。




 家から出たプラムたちは、村と町の境界線まで来ていた。

 少しでも近づいて、一人も取りこぼすことのないよう町の住民を感知し、叫ぶように念を飛ばす。


『ネズミは現在、北に五万、西に四万と二手に分かれて進行中。東三番街と、西四番街に住んでる人はすぐに、近くの教会に避難してください!』


 彼はメイジーが走り書きした原稿を、間違えないよう読み上げる。


『繰り返します! 東三番街と、西四番街に住んでいる人は避難してください!』


 リンジェルはトランシーバーで軍に指示を飛ばす。


「A、B隊は避難誘導。教会と協力し、避難所を確保した後、数名ずつ警備に残れ。C隊、敵戦力を迎撃。村にいるE隊の援護まで持ちこたえろ。D隊は待機。引き続き、グレゴリオの護衛につけ」


 了解、と短く返答が来る。

 チャンネルを切り、超広範囲にまで届く特殊な無線機に切り替えた。


「アックス」

 王都が誇る、極めて優秀な軍人の名前を呼んだ。


「どれくらいで着きますか」

『一時間ほど』

「では、持ちこたえます。到着次第、敵を殲滅しなさい」

『仰せのままに』


 通信が切れる。


 今日は風がよく吹いていた。フクロウが情報を集めようとしている。

 リンジェルはわかった上で、あえて屋外で軍の配置を口にしていた。フクロウの動きを限定するためだ。情報を開示し、手薄な場所を晒せば、奴らは必ずそこを狙ってくる。無差別に攻撃されるよりも、よほど守りやすいという判断だった。


『一人暮らしの人や体の不自由な人に積極的に協力してください!』


 原稿を読み、プラムは念を飛ばす。



       ♦1



 東三番街の住人は最低限の荷物を持ち、駆け下りる。度重なるフクロウの襲撃で慣れており、避難は迅速だった。


 二児の母親が息子の手を引き、一歳の赤子を抱えている。通りかかった男たちが二人の子供を引き受け、彼女の手を引いた。

 学生たちは、できる限りひと塊になって移動する。

 目が見えない者や足が悪い者を、それぞれ二人がかりで運んでいく。


 彼らは落ち着いていた。落ち着くように努めていた。


 地鳴りがする。

 大地から伝わり、脚が小刻みに動き、膝が震える。膝が、震える。


 背後の通りから、黒い群れが姿を現した。個体ごとの動きに合わせてうねうねと流動する様はまるで液体であり、濁流のように迫り来る。


 ネズミが襲う。逃げる。追いつかれる。


「聖剣」


 剣閃が走る。光の連撃により、先頭を走っていたネズミが斬り刻まれた。白い軍服を着た、二人の軍人によるものだ。


「こちらC―〇七、C―一二、東三―四四地点にてネズミと接触した。迎撃を開始する」

 一人がトランシーバーに連絡する。


「光をください!」

 もう一人が、逃げる人々に呼びかける。


 人々は応え、自らの加護を分け与える。軍人の剣に宿る光が、大きく、大きくなっていく。


「聖剣」


 再び、二閃。

 先程までとは比べ物にならない白の奔流が、ネズミを呑み込む。


 しかし、数が多い。正面は退けたが、横から、建物の隙間から、次々に軍人の前を抜け出す。

 ネズミの牙が動けない老人に向こうとした、その時、


 一人一人の加護が突如として膨れ上がり、襲いかかる魔物を弾き飛ばした。

 大地に宿る加護がより鮮烈に輝き、人々を守ったのである。生半可な魔法では傷一つつかないだろう純度の光が、大気に充満している。



        2



 それを成したのは、グレゴリオの儀式であった。


 村の中心に建つグレゴリオ教会に、光の柱が立つ。光は地区全体を照らし、領域内の者たちを守る輝きとなる。


 祭壇には、村長のカール・グレゴリオをはじめとして十三人のグレゴリオが集まっており、手を組んで祈りを捧げている。


 庇護の儀式が展開される。大地から光の粒子が溢れる。



        3



 西四番街の教会に、ネズミの群れが迫る。

 避難所として開け放たれている教会の一つであり、A隊に誘導された大勢の町人が駆け込んでいる。


 逃げてきた人々を守るべく、祭服を纏った修道女、修道士たちが横三列に並ぶ。目を閉じ、手を組み、呼吸を合わせる。聖歌を合唱する。


 美しく、流麗な歌声は、魔物にとっては業火であった。


 浄化の光が声に乗る。神の言霊は耳から入り、罪深いネズミどもの身体を内部から焼いていく。もがき、苦しみ、それでも突撃してくる哀れな魔物は、教会に辿り着く前にボロボロと崩れ落ちる。



        4



 避難が済んだ町人は、天を指差し、唱える。

「【裁き】」


 ネズミはまだ遠く、落ち着いて避難準備を進めていた二番街、一番街の住民も天を指差す。

「【裁き】」


 村人たちも道中で足を止め、指を差す。

「【裁き】」


 子供たちも親に習い、真似て、指を差す。

「【裁き】」


 町が帯びる加護が、浄化の光に塗り替わっていく。

 ネズミのけたたましい金切り声がそこかしこから上がった。

 なおも前進しようとするが、動きが鈍くなっていく。やがて力尽き、倒れる個体も現れ始める。



        5



「特攻? 自棄になったか? こんなの死にに来るようなもんだ」


 ネズミを迎撃するC隊の一人は、敵の行動を無謀と評する。

 庇護の儀式を受けた軍人の継戦能力はかつてないほど高い。一方で、聖歌と浄化を食らうネズミは圧倒的に不利だ。


 群れを正面に見据えた彼は、中央突破。

 斬って、斬って、一人であっという間に、三十体殺す。

 全滅させるのも時間の問題だ。このままでは、ネズミは何の成果も残せず、ただ死体を積み上げるだけだ。敵の意図が読めない。


 別のC隊の一人は、建物を飛び移るようにして斬り落としながら、ネズミの動きを観察する。

 トランシーバーを手に取った。


「こちらC―〇九、敵の動きは野性的で、動物に近い。おそらく大半がステージ1、ステージ2の個体だと思われる」


 目を眇め、群れの後方に注目して、付け加える。


「幼体らしき個体も多数。群れの半数以上を占めていると推測される」



        6



「総攻撃ですね」

 トランシーバーからの報告を受け、リンジェルは断定する。


「ネズミには『増殖』という属性があります。産んで増やしたのだとしたら、この異常な数にも合点がいきます。半分どころか、七、八割が赤子なのではないでしょうか」


 パフェは沈痛な面持ちになる。生まれて間もない命が山のように死んでいると考えると、心が痛んだ。


 メイジーは、プラムの念と軍の報告を聞きながら、左手で広げた地図に印をつけていく。右手で地図の情報を原稿に起こし、適宜プラムに手渡した。


 彼は受け取った原稿を読み上げようとして、

 ――突如、直感が働く。


 テレパシーより先に感知を行ったプラムは、目を見開いた。

 切迫し、叫ぶ。


『コロン! 逃げろ!』



        7



 プラムの級友であるコロンは、西二番街の住宅街に住んでいた。


『ディアタウン』は四層構造であり、南から順に、四番街、三番街、二番街、一番街と並んでいる。四番街から現れたネズミが二番街に到達するまでにはまだ余裕があり、彼は近隣住民の避難を手伝っていた。

 隣の家に上がり、パニックに陥ってしまった幼子をなだめる夫婦の代わりに荷物をまとめている。


『コロン! 逃げろ!』


 声がした。

 コロン一人に向けられた警告だったが、プラムにそれを気にする余裕はなく、全員に伝わっている。

 その場にいた者たちが、一斉にコロンの方を向く。


「プラム?」


 彼は訝しみ、首を回す。

 すると、家の中に、一体のネズミがいた。


「は?」


 素っ頓狂な声を上げる。

 庭の排水溝にワープゲートが仕掛けられており、そこから現れたというのは、後に判明することだ。


 ネズミを見た全員が、

 真顔になる。徐々に目が見開かれる。ようやく口が開く。大声を上げる。


 足は、まだ動かない。


 一万の群れがリビングになだれ込む。

 コロンたちは、黒に呑まれる。



       ♦1



 西三番街6―27、東二番街9―32、東二番街5―04、民家、商店、公園から現れるネズミたちを、プラムは次々に感知する。


 十万体いる本隊とは別に十ヵ所、それぞれ約一万体の生命があった。合計二十万体。


 メイジーは報告を受けながら、地図に魔物の配置を起こしていく。テレパシーは切っている。情報が錯綜して、整理している段階だ。町の人々に伝われば、混乱を招く恐れがあった。


 地図を見る。『ディアタウン』を囲むようにドーナツ状に配置されたネズミは、内側へ、町を絞めつけるように進行している。


 突如町中に出現したネズミたちによって分断され、避難所への道を断たれた人々が大勢いるはずだった。


 危機的な状況だがリンジェルは冷静だった。素早く結論を下す。


「村の教会を開けましょう。一番街、それから二番街の北部の方々には少し遠くまで移動してもらいます。町の教会の収容人数に余裕を持たせるのです」


 メイジーはその指示を原稿に書き起こし、プラムに手渡す。


「よろしくお願いします」

「うん」



        2



 B隊の役割が変わる。避難誘導をA隊と到着したE隊に預けると、彼らも迎撃に加わる。


 二番街から出現したネズミと交戦しながら、B隊の一人は目聡く変化を察知する。 


 黒い群れの中に、毒々しい緑色の個体が混ざっていた。

 緑色の個体が通ったところから、道が僅かに柔らかくなっている。


 B隊の三人が目で合図を送り、緑に三方から攻めかかる。

 肉壁となる黒ネズミを斬りながら道を開く。

 銀の刃が、緑の首、腹、背を狙う。


 破裂。


 緑のネズミは飛び上がり、花火のように破裂する。

 骨、内臓、血が八方に散らばり、軍人たちは腕で顔を覆う。


 肉片たちは家々や道、人に付着し、加護を貫通して染み出す。

 そこから、体組織がボロボロと崩れ出す。


「腐食」の魔法。



        3



「二番街方面はすでに囲まれている! アラミア大聖堂の方へ避難するんだ! 早く!」


 北に逃げようとする町人たちをE隊の軍人たちは止め、誘導する。


「え!? 何だって!?」

「アラミア大聖堂へ!!」


 地鳴りがする。

 軽いネズミの体と言えど、二十万も集まれば凄まじい震動だ。

 鼓膜から入った足音の群れが頭蓋骨を揺さぶり、ガンガンと脳にまで響き渡る。


 北から黒い波がせり上がってきた。

 町人たちの心臓は跳ね、鳥肌が立つ。


「さあ急げ!」


 E隊は声が通らなくてもわかるよう指で行き先を示し、応戦する。

 人々は軍人たちに加護を渡し、足をもつれさせながら逃げていく。


「腐食」の爆弾が炸裂する。


 飛び散った肉片が地盤を崩し、町人が逃げた先、左右の家屋が傾き、倒れ、道が塞がれる。


 遠回りしようとした先にはすでに、ネズミが迫っている。

 囲まれた。


「コルト教会前、AG」


 軍人が何事かを、トランシーバーに伝達する。



        4



 西四番街の民家から出現したネズミが躍りかかり、町人たちは逃げ惑う。

 寝起きで寝間着姿の女は橋を渡り、教会に逃げ込もうとしていた。


 その真下で、破裂音が連続する。

 緑の肉片がこびりついた橋は腐り、崩れる。


「ひっ」


 女を含め橋の上にいた五人が、落下する。

 地面に叩きつけられるだけではない。今まさに腐り落ちている道路に足をつければ、ひとたまりもない。死ぬ。


 寸前、凄まじい跳躍力でA隊の二人が飛びかかり、さらうように全員を助けた。


 彼らは橋の上の避難所を諦めさせ、最も近い別の教会を指差し、誘導する。

 まだ逃げなければならないのかと町人たちは絶望するが、従うしかない。震える足を叱咤し、走る。


 A隊はトランシーバーに口を近づける。


「西四の橋下、BD」



        5



 東二番街の小学校。

 学校は教会に次いで避難所に指定されている施設だ。中では幼い子供たちが身を寄せ合い、震えていた。


 そこに、一万の群れが襲いかかってくる。


 教員たちは校庭に横一列で並び、手を繋いでいた。

 加護は接触により大きくなる。若い男性教員の加護は、隣の高齢の女性教員へ、高齢の女性教員の加護は、さらにその隣の修道士へ。

 与え合い、支え合い、校舎を覆うほどの、一枚の壁が現れる。


 衝突する。


 ネズミどもは加護の壁にぶつかって、その動きを止める。

 何度も体当たりしてくる小さな体を、光が弾き返す。


 教員たちは息を合わせ、一歩、また一歩と、前に進む。黒い群れは押し返されていく。


 このまま校舎から引き離せば、子供たちの安全は確保されるかに思われた。


 一体のネズミが、大空へと飛び上がった。

 壁の高さを悠々と超え、校舎の真上へ。緑色の個体だ。


 そのネズミは薬を一錠飲み、空中で巨大化。

 破裂。


 超特大のネズミ花火だ。

 飛び散った脳、胃、腸の破片、大量の血はそれだけで重く、建物を大きく軋ませる。

 加えて、腐食。


 校舎はドロリと溶け、さながらショートケーキのように簡単に形を崩していった。子供たちが潰れる。


 直前、駆けつけた五人のE隊が急いで補強と浄化の加護をかけ、何とか崩壊を防ぐ。


 しかし、すでに二体目が宙を舞っていた。巨大化する。二撃目が来る。


「アラミア小学校、CFI」



        6



 危険度の高い緑色の個体。プラムはその一体一体の位置を全て感知し、メイジーに伝えようとした。


 ズキンと、脳細胞が死んだ音がする。


「づっ……ぅぅ……」

 頭を抑え、その場にうずくまる。


「プラム!」

 パフェが叫んだ。


 メイジーは一旦手を止め、氷水、糖分、痛みを止める薬を即座に用意する。


 限界を超えて力を使った、当然の反動であった。発現したばかりで慣れないテレパシーを地区の全員に送り、感知ではかつてない超広域の範囲を把握しようとしていた。その上で、敵を危険度に合わせて分類しようとしたのだから、パンクするのも無理はない。


 ズキズキと頭が痛んで、涙が出る。涎が出る。


 パフェは氷水を当てて頭を冷やし、薬を差し出す。

 プラムはぎゅっと目を瞑っていて、義姉がどこにいるのか手で探っている。頭痛が目にキている。開けられない。

 ようやく薬を掴んで、口に流し込むようにした。


「これ以上は……」

 パフェの止めようとする声を、


「痛くないっ!」

 プラムは大声でかき消した。


「痛くないっっ!!」

 もう一度繰り返す。


「お、大声出しちゃダメ! 頭に響くでしょ! わかったから……」


 彼の顔は脂汗にまみれており、明らかに強がっていた。

 開いたその目は、僅かに黒く濁っており、危うい予感もする。しかし、


 ――プラムを、好きにさせてやってくれないか?


 パフェは義弟に、癒しの加護を送る。送り続ける。それくらいしかできない。


「がんばれ」


 メイジーも背中に回り、プラムの頭に手をかざして癒しの加護を送る。


 手が空かなくなった彼女は脳内で地図を展開し、トランシーバーから流れ続けている情報を印していく。紙を使うのは確実性を担保するためであり、イメージだけでも処理できる。


 プラムはメイジーの頭に地図を伝達する。

 緑の個体の位置も伝えようとしたが、頭痛がした。精度が悪い。位置が大雑把、動きが不正確、数にも漏れがあるだろう。


「クソ……!」


 歯噛みする。



        7



「十分だ。よくやった」


 町を一望できる時計台の屋根に立ち、シルバーは呟いた。


 腕を広げて、深呼吸。大気中に、極めて純度の高い加護を感じる。

 雪とともに舞うのは、グレゴリオの光の粒子。大地には、輝かしい白の領域。耳を澄ませば、聖歌の合唱が聞こえてくる。


 眼下を見下ろすと、軍人と町人たちが精一杯戦っている。町を、国を守りたいという忠誠ゆえだ。

 加護は忠誠心に宿る。湧き上がる光を、シルバーはいっぱいに浴びる。


 手を合わせる。詠唱。


「【パァレス】」


『ディアタウン』に、三百枚以上の光の壁が次々に展開される。


 壁は通路を塞いでネズミの侵攻を妨げる。腐食を阻害して町と人々を守る。壊れた橋を補強する。教員たちの壁をさらに高くする。


 研鑽された技量により、町の地形そのものを作り変える、シルバーだけに許された離れ業だ。


 各地の軍人たちが伝達していたのは、ここに壁を設置してほしい、という位置情報であった。さらに、テレパシーによって伝わった危険個体の動向を加味して備えつけられた壁は、実に効果的な役割を果たしていた。


 ネズミにとっては邪魔で攻めにくく、軍人にとっては守りやすい。また、複雑な道や破壊された道をあえて一部塞ぐことでルートを限定し、逃げる町人たちが避難所に向けて迷わないよう誘導もしている。


 敵地ではない、加護の領域で発揮されたフルパワー。王族の護衛に選ばれた男が、その実力を見せつけた瞬間であった。



        8



 ならばと、ネズミは手段を切り替えた。


 ほとんどが幼体で構成された群れに紛れるステージ3。彼らはトンカチを手に持ち、人間ではなく建物の方に向かって行った。


 振り下ろす。叩きつける。何度も何度も。

 鉄と石がぶつかる重い音が響いた。


 そして、平屋の家屋が粉々に砕け散る。

 奇妙な壊れ方だった。トンカチによる衝撃を受けた壁面だけでなく、その反対の壁、天井に至るまで、均等にバラバラになっている。物理法則を無視した現象だ。


 それは、「破壊」のトンカチ。

 叩いたものを必ず破壊する、『キャンディ・プラネット』製の魔道具だ。


 加護の領域ゆえに威力は落ちている。だが、

 ネズミは頑丈な商店を、叩く。叩く。叩く。

 何度も打ち込めば、確実に壊れた。


 トンカチを持ったネズミが暴れ回る。


 槌を振り、通りかかった花壇を、看板を、銅像を、辻斬りのように破壊していく。それぞれには歴史があり、作った者の愛と情熱がこもった品々だった。


 卵の飾りが、麦の編み物が、ガラスの魔除けが破壊される。極夜祭に向けた人々の労力が、粉々に打ち砕かれていく。


 光の壁を設置され攻めにくくなったのなら、壁と並んで道を塞ぐ建物の方を壊してしまえばいい。


 トンカチに向けて、魔法の杖を振る。

 トンカチが巨大化する。


 十体がかりで柄を持ち、引きずるように振り回す。横薙ぎにする。


 家が六軒、丸ごと粉々になった。

 道が開ける。


 黒い群れが、進撃を再開する。

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