第4話 第二章「ずっとお前を見ていた」
「さぁ、会議を始めましょうか」
村役場の会議室にて、リンジェルは音頭を取った。この場には、村と町の幹部に加えて、大聖堂や教会の司教、司祭までがそろっているが、当然、仕切るのは王族のリンジェルである。
上座にある村長の席を奪い取り、我が物顔で腰かけている。メイジーはその数歩後ろだ。村長代理であるカールは、隣の席に追いやった。二人は軍服を脱ぎ、簡単なドレスとメイド服に袖を通している。
「本当に協力していただけるのですか?」
尋ねたのは、追いやられたカールだ。
リンジェルは今回のネズミと、ついでにフクロウの件について、自ら助力を宣言したのである。もちろん、魔物の事件に国が力を貸すのは当然のことであるが、王女自身が現場に残り、その私兵を動員するというのは異例である。
「もちろんです」
しかしリンジェルは、不敵な微笑みを浮かべて首肯する。
「『はじまりの村』も『ディアタウン』も、アメジスト王家が治めるカーネリアン王国の一部です。私の国の、一部です。つまり魔物たちは、私の所有物に手を出したということになります。許されることではありません。奪われたのなら奪い返す。それだけのことですよ」
彼女の独自の理論に苦笑いをしつつも、会議室に集まった幹部たちは安堵していた。どういう理由であれ、王都の勢力が協力的なのは心強い。
カールの心境は複雑であった。彼は村民の身柄を要求されている身だ。要求してきたその相手に借りを作ることは、さらに立場を悪くすることを意味する。
ふと見ると、リンジェルはカールに目を向けて、微笑んでいた。
生唾を飲む。含みのある笑みだ。逆らうな、と言外に告げている。この状況で王族を拒むことは、彼にはできなかった。
意識を切り替える。彼女は横暴な権力者ではない、協力者だ。そういう態度で、カールはリンジェルに進言した。
「リンジェル様、会議の前に、お耳に入れておきたいことがあります」
「なんでしょう」
「魔物に知られてはならない重要な話は、すべて屋内でしていただきたい。外での会話はフクロウに聞かれています」
「ほう」
「奴らは魔法で『音を拾う風』を生み出し、それを操ります。精度は高くないようですが、油断できません」
「なるほど、いいことを聞きました」
リンジェルは忠告を受け入れると立ち上がり、移動した。メイジーは楚々とした歩みでそれに続く。意図がわからず、幹部たちが一様に訝しんでいると、彼女は会議室の窓に手をかけ、開けた。顔を出す。深呼吸。
「バーカバーカ‼」
一同は、唖然、とした。
リンジェルは振り返る。
「皆さんもどうですか? 一方的に罵倒するチャンスですよ。さあ」
誰も返事をしない。
彼女は、冗談です、とばかりに笑い、窓を閉めると、何でもないように席に戻り、再び音頭を取った。
「始めます。まずは情報共有から」
カールは、改めてリンジェルに恐怖を抱いた。
♦
グレゴリオ教会の地下室では、殺害された村長グレイ・グレゴリオと、その付き人二人、回収したネズミの魔物八体の解剖が行われていた。パフェはその助手として、主に魔法に関わる痕跡の分析をしている。
宗教上、亡くなった者を傷つける行為は忌避されている。しかし、やらなければならない。魔物との戦いにおいて情報は命だ。過去、敵の手の内を把握しきれず、人類が敗北した例はいくつもある。
パフェの顔は青白い。主の遺体に向き合うには、まだ彼女が心に受けた傷は新しすぎた。それでもパフェがやらなければならないのは、村に彼女以外の適任者がいないからである。
「大丈夫?」
主任の解剖医は声をかける。パフェはうつむいていた顔を上げ、可能な限り気丈に振る舞った。
「……大丈夫です。続けます」
笑顔は弱く、痛々しい。
三人の死因は毒殺であった。傷口から侵入するタイプのものであり、ネズミの魔法で間違いない。マナの属性は「汚れ」。
マナとは、魔法を構成する最小単位であり、空気中に漂っている。このマナを一定以上取り込んだ動物が、魔物化するのである。
魔物が放出するマナには、それぞれの動物に対応した属性が付与され、魔物たちは自身のマナを他の物質に混ぜ合わせることで魔法を構築している。
例えば『音を拾う風』は、冬フクロウの属性である「集音」のマナを、大気中に流れる風に混ぜることでできている。
今回現れた新種は、リグランド黒ネズミの魔物であると断定された。王都が提供しているデータとマナの形が一致している。専門の検査がまだなので確実ではないが、八体のネズミはおそらく二代目か三代目であり、種全体で見ても、魔物化したのは比較的最近であると推測される。
リグランド黒ネズミの属性で判明しているのは、「汚れ」、「夜行」、「増殖」、「雑食」。
三人を殺害した魔法は、「汚れ」属性のマナを、ネズミの歯に付着した歯垢と唾液に混ぜ合わせることで構築されていた。歯垢と唾液を極限まで汚すことで毒物化し、噛み傷からその毒を侵入させて、殺したのである。
加護を貫通するほどの毒はネズミにとっても有害なのだろう。八体のネズミは、三人と同じ毒によって死亡していた。実際、検出された「汚れ」のマナには様々な加工を施された痕跡があり、既存の魔法にはない殺傷能力を誇っている。この魔法はオリジナルとして新たに記録されるだろう。
研究、開発の形跡。ステージ4の存在が確定する。
ただ幸いなことに、この毒は複雑化された高等魔法であり、扱える個体は限られる。その証拠に、自殺した九体目のネズミのマナは練度が低く、基準に達していない。
ならどうやって自殺したのかという問題がますます際立つが、それは考えても仕方のないことだ。なぜなら、もう死んでいるのだから。この個体が何の役割で現場にいたのかも、もはや知る術はない。
「あれ?」
妙なものに気づき、パフェは声を上げる。
「どうしたの?」
解剖医が尋ねる。
「『汚れ』とは別のマナが検出されました。微量ですが」
パフェは村長の皮膚から発見したマナを、再び顕微鏡で確認する。形のみから判断するなら、ネズミのマナによく似ていた。ただし、まったく別の生物のマナと溶け合っている、ようにも見える。
これはいったい、何だ?
♦
魔物に関する報告を受け、リンジェルは称賛した。
「すごいですね。ここまでの分析ができるなんて」
カールは堂々と胸を張る。
「この村でパフェ以上に魔物に詳しい者はいません。フクロウの魔物への警戒態勢も、あの子の助言で大きく改善されました。『音を拾う風』の発見も彼女の功績です。自慢の使用人です」
「とても優秀ですね。彼女も欲しくなってきました」
「え?」
「冗談です」
とても冗談には聞こえず、カールの肝が冷える。
リンジェルは解剖の資料を手元に残し、次の話に移行する。
「必要な情報の共有は済みました。これからの行動の方針を定めましょう。優先すべきは、ネズミの巣の発見、そして解体です」
村の人々は、強力な魔物との戦闘経験に乏しい。いよいよ示された指針に、場の緊張感は一つ高まる。
「赤目のフクロウは、ネズミを助けるような動きを見せました。奴らはこの地区の魔物と連携しています。巣は必ずある。それもかなり近くに」
リンジェルはテーブルに広げられた地図に身を乗り出し、『ディアタウン』の東エリア全域を指で示す。
「町には大きな廃墟があるという話でしたね」
『はじまりの村』と『ディアタウン』で構成されるイーグル地区では、古くからとある問題を抱えており、そうした事情から数年前、大勢の町人が地区を出て行ったという出来事があった。その跡地である東四番街は現在、巨大なゴーストタウンと化している。
「廃墟に巣を作られたということはありませんか? 地方にはよくあることです」
人の住まなくなった土地の加護は次第に弱まっていく。その隙を魔物に突かれた可能性をリンジェルは言及していた。
回答したのは町長だ。
「都市部から専門の清掃業者を雇い、住み込みで働いてもらっています。問題はないかと」
「その清掃業者は、仕事ぶりはいかがですか?」
「はい。『ディアタウン』の警察署長とそのチームが、定期的に巡回調査しています」
「警察署長はどなたですか? 意見が聞きたいです」
「警察署長は、本日は欠席すると連絡が……」
「欠席、ですか」
会議室に、沈黙が訪れる。
「理由は?」
「それが先程から連絡が取れなくなっていまして」
妙だ。巣の第一候補と目されるエリアの責任者が、このタイミングで姿を消すなんて。
全員が、悪い予感を共有していた。
リンジェルが口を開く。
「清掃業者の身辺データが知りたいです。持ってきてください」
「はい、戸籍と加護の証明書を」
町長が答え、対応しようとする。
「その戸籍と証明書は、一番古いものですか?」
リンジェルが待ったをかけた。
「いえ、それは……」
「あと、それだけでは足りません。加護の純度の検査はしましたか? 体内のマナの量は?」
「そこまでの検査は……してません」
「会議を中断します。清掃業者と警察署長宅に信用できる人員を向かわせてください。また、全員その場で待機。今から述べる検査の証明ができるまで、私も含め、この部屋から離れることは許されません」
一同は少なからず動揺し、ざわめきが場を支配する。
急な事態に拍車をかけるように、会議室の扉がノックされた。
「失礼します」
現れたのは、解剖を終えたばかりのパフェだった。彼女は丁寧に頭を下げ、格式ある場での作法を順番に済ませると、真っ直ぐにカールのもとへ向かう。
「パフェ、会議中にどうした?」
「カール様、プラムを知りませんか? どこにもいないんです」
「プラム? 平日は学校だろう?」
彼女は泣きそうな様子で、首を横に振る。
「マナを吸い込んだ恐れがあるから安静にしているよう、主治医に言われていたんです。念のためにグレゴリオ邸に預けてたのに。リリビィ様も、昼頃には家にいたって」
会議室が再びざわつく。
特に、プラムをよく知る面々は、嫌な予感に冷や汗をかいた。
リンジェルだけが期待に口角を上げた。
アラミア中学校の教室の一つで、プラムとニックスは、険悪な雰囲気で向かい合っていた。
重苦しい空気に他の生徒たちは声を潜め、迷惑そうに顔を歪める。またか、と。
ニックスはニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべ、挑発するように言った。
「なんだよプラム、遅れてきたクセにまたいちゃもんか? 今度は何言われんだろうなぁ!?」
同意を求めるように大声を上げると、友人の二人がケラケラと笑った。
プラムは気にせず、細目の少年を睨みつける。ニックス・ライマン、警察署長の息子を。
「ニックス、お前人間じゃないだろ」
「は?」
ニックスの笑みが消える。
♦
「俺が、何だって?」
ニックスは苛立った様子で、一歩詰め寄った。
プラムは怯まない。
「初めて会った時から、ずっと変だと思ってたんだ。ようやくわかったよ。魔物だったんだな、お前ら三人とも」
「てめぇ……」
「何を言い出すんだ、プラム!」
そこに割り込んできた声があった。同級生のコロンだ。金髪に青目の彼は小柄な肩を怒らせ、ニックスたちをかばうようにする。
「君とニックスの仲が悪いのは知ってる。けれど限度があるぞ! なんの根拠もなしに人を貶めるなんて!」
「僕は根拠があって言ってる」
「だからそれはなんだ⁉」
「勘」
「また君は……!」
「ハハッ、やっぱ頭おかしいぜコイツ!」
余裕を取り戻したニックスは、目いっぱい侮辱するように笑う。
「いつもいつも妙な事を言って輪を乱しやがって、たまったもんじゃねぇよなぁ!!」
教室に響き渡るように叫び、その場にいる人間を煽るようにする。
各所から賛同の声が上がる。
「ニックスもやめるんだ。そういうことをするから堂々巡りになる」
「止めんなよコロン。バカにはバカって言ってやんねぇとわかんねぇんだぜ?」
ギャハハハハ、とニックスはわざとらしく笑う。
プラムはやはり小揺るぎもしない。劣勢であるにもかかわらず、いっそ冷たいほど冷静だった。正義感を紫の瞳に宿し、言う。
「これから、東四番街に行く」
ニックスの笑みが再び消えた。
「あそこもずっと変だった。だから確かめに行く」
頬がわずかに痙攣している。痛いところを突かれた、噓がバレた、そういう顔だ。プラムは生物の感情を読む。胸の内を覗き見て、疑惑が確信に変わる。
踵を返す。
「おい、どこに行く?」
プラムは呼びかけを無視する。追うべきか、普段通り振舞うか、ニックスのその葛藤が、背を向けていても手に取るようにわかった。
「……なんだアイツ、行こうぜお前ら」
彼は後者を選んだ。
ならばと足を止め、プラムは振り返った。
「どうしたんだ?」
皮肉を込めた声で、侮辱するような口調で、神経を逆撫でするように、煽る。
「かかってきなよ、無能」
ニックスの表情が壊れた。
血管の切れる音が聞こえてくるようだった。
「……………………ずっと、てめぇが嫌いだったよ」
低く、心底の憎しみがこもった声がする。
「誰にも、神にも、正体は明かせない。加護だって再現して見せる。それが、俺たちの誇りだったんだぜ? なのにてめぇは……」
ニックスは、プラムと初めて会った時のことを思い出す。
よろしく、と差し出し手が勢いよく払われた。お前、なんか怖いぞ……? と眉をひそめて言われた。
「最初から見破ったよなぁぁ……!!」
ニックスの纏う加護が薄れていく。その皮膚が、ぺりぺりと音を立てて剝がれていく。後ろの二人も同様だった。
コロンや他の生徒たちは目を見開き、一歩二歩と、後ずさる。
三体の身体が縮んでいく。サイズの合わなくなった学生服がずり落ちた。
陽炎のように姿が揺らめき、変身魔法が解かれる。その正体が露わになる。
現れたのは、朱色の毛並みをした、二足歩行のキツネたち。マダラキツネの魔物だ。分類はステージ4。
プラムは持ってきたナイフを構える。
「大正解だプラム! おめでとうなぁ!」
「死ね」
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