プロローグ④

 サトが死んでも、何もなかったかのように世界は回る。

 そりゃそうだ。サトはどこにでもいる普通の女の子だったんだから。逆に影響があったほうが驚くだろう。


「……母さん、ありがと。けど、これ以上仕事休んでられないし、家に帰るよ」

「もう少し家にいなさい、咲良。まともにご飯も食べれてないし、眠れてもいないじゃない。理実ちゃんが亡くなってあんたが平気なわけがないって父さんも母さんもちゃんとわかってるから、少しは親に甘えなさい」

「ん、ありがと。でも、大丈夫だから、本当にさ」


 俺がそう言って笑うと、母さんは諦めたように溜息をついた。


「……絶対に無理はしないこと。いい?」

「……わかった」


 返事は明るく元気に。

 心配をかけないように。

 それが今できる最高の親孝行。


「また、来るね」

「待ってるわ」


 そうやって俺は実家を後にした。


 ☆


「……ふう。やることが多いなぁ」


 部屋を整理し、銀行口座を解約してきた。


「あ、水道と電気とガスも解約しなきゃ」


 俺は今、“死ぬ”準備をしていた。

 他人はバカだと俺のことを笑うかもしれない。

 両思いなわけではなく、片思いをしていた彼女の後を追うだなんて。


 でも、仕方ないんだ。

 サトのいない世界で俺は生きられない。

 俺にはサトが全てだった。


「……ここで死んだら、事故物件になっちゃうな」


 わがままを通すのだから、出来るだけ人に迷惑をかけないようにしよう。両親にはどうしても迷惑をかけてしまうから、胸が痛む。


「外に行こう」


 机の上に遺書と全財産を置いて、時間を潰してから夜中に外に出た。


「……また一緒にいよう、サト」


 サトは海が好きだった。

 海で死ねば、なんとなくだけれど彼女に会える気がした。


 海の水はまだ冷たい。

 じゃぶじゃぶと俺は深みに進んでいく。

 足につけたおもりが仕事をするまで。



 ーーじゃーん!ダイエットのために足につけるおもりを買っちゃいました!

 ーー……それ、効果あるの?てか、サト太ってないじゃん。

 ーー効果はあります!お腹がぷにぷになんだよ〜

 ーーそれで鍛えられるのは足なんじゃない?

 ーー!?お腹はどうしたら痩せるかな!?

 ーーとりあえず、コレやめろって。

 ーーあーっ!サクが私のクレープ食べた!

 ーー間食、やめような?



 身体が沈んでいく。

 息が苦しい。

 でも、不思議と心は晴れやかだった。

 今から行くから待ってて、サトーー。


 ☆


「……あれ?ここはどこだ?」


 眩い光に俺は目を覚ました。

 何も物のない、みたことのない場所に俺はいた。


「……俺は生きてるのか?」

「いや、お主は死んでおるよ」


 問いに答える声に俺は顔を向ける。

 そこにいたのは年老いた男だった。


「お主のことは見ておった。自殺してまうとは実に悲しい」


 よよよと泣く老人に俺は苦笑する。


「自殺は本来“罪”だ。転生出来なくなる。だが、お主は転生させようぞ。生きていた世界ではなく、異世界にはなるがの」

「あなたは誰なんですか?」

「わしはお主らが“神”と呼ぶ存在じゃ」

「あなたが神様……?」

「転生するにあたって、何か希望はあるかの?」

「サトといたいです」

「……すまないが、それは出来ぬ。彼女は“罪”を犯した。だから、“罪”を償うまで転生は出来ぬ。……お主は彼女のことを忘れ、幸せに生きると良い」

「……俺は忘れたくありません」

「ほっほっほ。なかなか強情じゃな。でも心配は要らぬよ。良い転生をーー」

「待ってくださーー」


 強い光に包まれ、俺は意識を手放した。







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