彼女の償い編①

「ーーサトちゃん、こいつも診てやってくれるかい?」

「私で良ければ診ますよ。でも、何回も言いますが私は“医者”ではなく“栄養士”です。わかるのは栄養のことだけです」

「それで充分だよ。私らが診るより正確だよ。だから頼んだよ」

「はい!」

 今日も慌ただしい一日が始まる。


 ☆


 ーー木村理実きむらさとみ、君には罪を償ってもらう。一応聞いておくけど、罪の自覚はある?

 ーー……不倫でしょう?自覚はあるわ。

 ーー不倫だけじゃないよ。不倫をやめようとは思わなかったのか?止めてくれる人はいただろう?

 ーー……確かにいたわ。けど、私はあの人がどうしようもなく好きだった。彼も私を愛してくれていたのよ。遊びなんかじゃなかったわ。

 ーー君は死に際のことを覚えているかい?

 ーー……お腹を刺されたのを覚えているわ。確か女の人だった。

 ーーその人が“奥さん”だ。不倫に気づいて君を刺したんだ。君がひとつの家庭を壊したんだよ。

 ーー……彼も奥さんに刺されたの?

 ーーいや、刺されていないよ。責められてもいない。彼は君に付き纏われて困っていると言った。愛しているのは妻だけだと言ったんだ。だから彼女は邪魔者は私がどうにかすると君を消しに行ったんだ。彼はあっさり君を裏切っていたんだよ。


 知らなかった事実に私は言葉を失う。

 見捨てられたという事実を受け入れられずにぎゅっと拳を握る。


 ーー君は刺されて死んだ。君をずっと想っていた彼も君の後を追って死んだ。

 ーーえ……?サクが死んだ……?

 ーー君が殺したんだよ、彼を。


 私がサクを殺した……?

 そんなの嘘だ。

 私はただ恋をしていただけ。


「彼は異世界に転生して、君の記憶も消して穏やかに暮らしている」

「サクに会うことはでーー」

「会わせるわけないだろう。いい加減に自分の罪を自覚しろ」


 ぴしゃりとまだ若い男は言い切った。


「……地獄で拷問を受けさせるのが良いと最初は思っていたが、君の力は人を助けることができる。地獄にいさせるのは勿体ない。だから、君の力で1万人の命を救え。そうすれば一度だけ、川井咲良に合わせてやろう」

「ちょっと待ってよ!私の力って何?1万人の命って何?」

「“知識”だよ。武器になるのは何も“力”だけではない。“知識”も充分武器になり得るんだ」


 ぽわと男の手に光が現れる。


「この世界の食べ物の知識を君に与える。あとは君の使い方次第だ」


 頭に手が触れ、何かが直接脳に流れ込むという不思議な感覚に襲われる。


「ーー罪を償え、木村理実」


 こうやって、私は異世界に転生した。

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