プロローグ②

「もー、なんでこんなに栄養士って理系なの?」


 文系のサトは大学に入ってからも悪戦苦闘していた。

 今は試験期間で、ふたりで大学の図書館で勉強をしている。


「どこがわかんないの?」

「どこがわかんないかもわかんないの」

「あちゃー、そりゃ重症だな」

「うぅー、川井咲良様〜勉強教えてくださいぃ〜」

「またフルネーム呼びかい。ったく、仕方ねーな。じゃあ、ここから始めるぞ。ノートと教科書開けー」


 なんだかんだで俺はサトと同じ大学、同じ学科に進学していた。俺に特にやりたいこともなりたいものもなかった。ただ、サトと一緒にいたかったから、同じものを見ていたかったから、同じ進路を選んでいた。親はニヤニヤと笑い、全てお見通しだったが。

 眼中にないからといって諦められる恋ではなかった。サトが彼氏のことが好きでたまらないのと同じように、俺もどうしようもなくサトが好きでたまらなかった。


「ほー、ふむふむ。なるほど」

「な、わかってしまえば簡単だろ?サトは難しく考えすぎ。サトは講義ちゃんと聞いてるんだから、慌てなくても大丈夫なんだよ」

「ありがとう、サク。サクがいてくれて本当に良かったよ」

「大げさすぎ。ほら、次やるぞ」


 そう答えた俺の耳はたぶん赤かっただろう。サトに気づかれなきゃいいんだが。


 大学はこんな感じで時間は過ぎていき、気がつけば就職活動の時期になっていた。


「もう、ひとりで頑張れよ、サト」

「そんなに心配しなくて大丈夫だよ、サク。でも寂しいなぁ。ずっと隣にはサトがいてくれたもんね」

「終わりみたいに言うなよ。俺はこれからもサトといるつもりなんだから」


 愛しい気持ちが溢れ出し、俺はぎゅっとサトを抱き締めた。


「ありがとう。でも、ハグはダメだよ?私には彼氏がいるんだから。サク、私じゃない人を好きになって?私に縛られちゃ、幸せになれないよ?」

「……サト、好きだよ。俺を、選んでよ……っ!」

「……ありがとう。でも、それはできないんだ。私たちは“親友”。ずっと一緒だよ?」

「本当に狡い女。でも、わかった。サトがそう望むなら、良い“親友”になるよ」


 あぁ、憎いなぁ。

 奥さんも子どももいるのにサトを捕まえて離さないあの男が。

 手放せよ。

 2番目なんかにするなよ。

 サトはそんな安い女じゃない。

 でも。

 サトがそれを“幸せ”というなら邪魔もできない。

 それがもどかしくて、悔しくて仕方がなかった。


 ☆


「久しぶりだね。最近どう?」

「赤点が多すぎてイライラしてる。講義をちゃんと聞いてたら出来るレベルのテストしか作ってねーのに」

「あはは。私はサクがいたから赤点は回避出来てたね。懐かしいな。卒業からもう2年が経つんだね」


 サトは老人ホーム、俺は大学に就職していた。ふたりとも無事管理栄養士になり、お互い忙しい日々を送っている。

 恋心は相変わらずだ。もう表には出せないからひた隠しにしている。


「あ、あのね、私ーー」

「やっと見つけた!この泥棒猫!」


 刃物がキラリと照明を反射する。

 スローモーションで刃がサトを襲う。


 アニメや映画では格好良く主人公はヒロインを庇うことができる。

 だが、現実は無慈悲で主人公はサト《ヒロイン》を庇うことが出来なかった。


 喫茶店は突然の凶行にパニックに包まれ、俺はサトに近寄った。腹を刺され、サトは苦痛に顔を歪ませていた。


「ーー救急車すぐ呼ぶから、絶対に死ぬなよ、サト」


 小さくサトは頷いた。

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