第23話 詩興の魔女の歌声

「問題はない。むしろ喜ぶと思うぞ」


 そう言ってザカリー様は、私のお願いをディアス公爵様に伝えてくれた。



「黄金色に咲く花をでし乙女。天に祈り、甘露かんろの雨を降らす。

 乙女の願い。歌になりて空高く響き、風となりて草木を揺らす。

 黄金色の花は乙女を慰める」


 部屋中に響き渡る歌声。耳心地のいい声量と質感に、私まで聞き惚れてしまいそうになった。が、そこまでいかないのには理由がある。

 そう、歌詞だ。


「わぁ、素敵な歌。もっと聞きたいわ」


 どの辺が? と言いたい気持ちをグッとこらえた。嬉しそうにリノの歌を聞く、ルシア様の顔を曇らせたくなかったのだ。


 リノ・イグレシアスこと、アカデミーの友人でもある彼女を、ディアス公爵邸に呼んでもらう。

 これがザカリー様にお願いしたことだった。

 名目は、ルシア様の新たな家庭教師。科目は勿論、音楽だ。


「ありがとうございます。では、もう一曲といきたいところですが、休憩してもよろしいですか」

「私ったら、ごめんなさい。気がつかなくて」

「いいえ」


 ルシア様に一礼したリノは振り返り、扉の近くに座っていた私に近づく。

 長い黒髪に映える赤いスカートを優雅にひるがえし、隣にある椅子にふわりと座った。


 一つ一つの所作が美しいリノ。まさに歌姫とも思える彼女にも、欠点があった。


「可愛らしい方ね。あんたが助けたいって思うのも、無理はないわ」


 口が悪いのだ。


「そう思うのなら、真剣に歌って。何なのよ、あの歌詞。乙女って、まるで……」


 私のこと? と言うと、自意識過剰に捉えられそうなので、口を閉じた。

 リノはニヤリと笑い、顔を近づけてそっと言う。


「いいじゃない。言葉をわざわざつくろうより、そのまんまを歌う方が、効果が強くなるの。つまり、あんたが我慢すれば、うまくいくってことよ」


 詩興しきょうの魔女め! ルシア様の前では口に出せないため、心の中で悪態をついた。

 そう彼女は詩興といって、歌で魔法を紡ぐ。私が星を読むのと同じように。


 問題なのは、吟遊詩人のような詩を作ることだ。


「だからってあんな恥ずかしいことを」

「ルシア様は喜んでくださるし、体調も良くなっているわ。それは私の歌だけじゃない。あんたが調合している薬のお陰でもあるのよ。良いこと尽くしなのに、そんな顔をして水を差さないでくれる?」


 リノの言葉にも一理あった。その証拠にルシア様は、椅子に座らずに部屋の中を歩いている。


 私は返事もしないまま立ち上り、ルシア様に近づいた。


「お疲れではありませんか?」

「大丈夫よ、アニー。お兄様にも、そろそろ体力をつけるように言われているから」

「ザカリー様に、ですか? それはちょっと気が早いように感じますが」


 これは抗議案件だろうか。


 風浪ふうろうの魔女から届いた薬草を私が調合して、ルシア様が服用されてから、一カ月。

 二週間前からは、リノの音楽療法というべき魔法を受けている。


 明らかに元気だと思えるほどの回復振りだった。しかし――……。


「失礼致します」


 私はルシア様の前に跪き、おみ足に触る。

 赤い斑点は見え辛くなるほど薄くなっているが、まだ凹凸があった。


 完治するには、あと一カ月はかかるだろう。


「ルシア様。ザカリー様が仰るように、体力をつけることは大事です。レルシィ病とはそういう病ですから」


 風浪の魔女の情報と、リノが持ってきたアカデミーで保管されているレルシィ病の研究データ。

 この二つから、原因と発症条件が分かったのだ。

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