第16話 ルシアの病

「まぁ、お兄様から聞いていたけれど、こちらがアニーの本当の姿なのね」


 二十歳の姿に戻した私を見て、ルシア様が声を上げた。


「ルシア様は大丈夫なんですか? 気味が悪かったら言ってください」

「そんなことっ! 思うなんてあり得ないわ。どっちもアニーなんだから」


 そう言ってくれるだけでも嬉しいのに、ルシア様は私のところまで近づいてきた。

 ほんの僅かな距離だったが、気持ちが昂っているのだろう。その足取りが少しばかり速く見えた。


 ザカリー様からルシア様の病気を聞いているだけに、心配になった。


 ルシア様を治してほしいと言われても、私は医者ではない。魔女だ。それも万能とは言い難い。

 事前の情報が必要だった。



 ***



「レルシィ病ですか?」


 ルシア様の病名を聞いたのは、ディアス公爵家の事情を聞いた後だった。

 驚きのあまり、確認も兼ねて尋ねる。


「あぁ」

「終息したと聞きましたが」

「表向きはな。実際はまだ続いているんだ」


 レルシィ病。十年前に流行った疫病だ。

 感染力はけして強くないが、子供にしか発症しない、厄介なものだった。しかも、女児のみという特性を持っている。


 感染すると、足に赤い斑点はんてんが現れ、次第に動かなくなるそうだ。最悪、切断することもあるという。

 それでも、死に至るほどの病ではなかった。


 しかし、この疫病の発祥地はレルシィ教会。そう、レルシィという名は教会から取られているのだ。

 この国の教会は、孤児院と併合しているところが多いため、レルシィ教会も例外ではなかった。


 勿論、孤児院には子供……女児が多くいた。

 足が動かなくなったら、どうなる? その後の面倒を、誰が見てくれるというのだろうか。


 案の定、死者が多く出た。


「母上がレルシィ教会に慰問に行ったのだ。大人はうつらないからと」

「いえ、発症しないだけであって、感染はします」


 当時、私は十歳だったため、お祖母様から外部との接触を禁じられた。

 登山者や、お祖母様を訪ねてくる者は大抵、大人だったからだ。


 私が感染しないようにと、それは過敏なほどの対応だった。

 お陰で、私は大丈夫だったけれど。まさか、ルシア様が!


「そうだ。しかし、母上はご自分が感染したことを知らなかったのだ」

「もしかして、公爵邸で夫人を見かけないのは……」


 じ、自殺……!


「いや、母上は生家である伯爵家に帰ってもらっている」

「あっ、そうですよね。ルシア様と距離を置いた方が――……」

「多分、アニタが想像している内容ではない。王子の婚約者候補から外してほしいという、抗議の証だ」

「え?」


 何で、ここで抗議? 公爵夫人が?


「考えてもみろ。ルシアがレルシィ病にかかっていることを知っていたら、父上が家庭教師など雇うと思うか?」

「いいえ、思いません。が、本当にご存知ないんですか?」

「母上が断固として父上に知られたくないと言うのでな。誰も逆らってまで、父上に言う者もいなかった。だが、さすがにこのままではマズイと思ったのだろう。ルシアを婚約者候補から外してほしい、と自ら父上に進言したんだが、受け入れてもらえず……」

「それで抗議という名目で帰られたのですか……」


 ボロを出さないために。


 懸命な判断のようにも感じるが、それはそれでどうなのだろうか。

 目を閉じるザカリー様の横で、私も頭を抱えた。



 ***



「危ないっ!」


 私に近づいてくるルシア様の体が、前に倒れそうになった。

 急いで、その細い体に向けて手を伸ばす。


 やはりとも言うべきか。体が傾く寸前、右足の動きがおかしかった。突然、膝が曲げられなかったのか、足が床から離れず、つまずいたかのように見えた。が、それは違う。

 ルシア様がレルシィ病だと分かれば説明がつく。そう、足が硬直したのだ。


「ありがとう、アニー。私ったら、歩く時はゆっくりって言われていたのに。すぐに忘れてしまうなんてね」


 何でもなさそうにクスクス笑うルシア様の姿を見て、私はその小さな体をそっと抱き締めた。

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