第17話 三人の意思

「どうしたの? アニー」


 そう聞きながらも、ルシア様の表情は悲しげだった。

 私の感情など、お見通しなのだろう。

 咄嗟に、昨夜ルシア様が言ったことを思い出した。


『困った顔をされても、心配そうな顔で見つめられても、どうすることもできない。だから、私はここにいるの』


「何でもありません。私のことよりもルシア様です。意外とお転婆な方だったんですね」


 そうだ。今、私がすべきことは、ルシア様を知ること。


 ザカリー様にお願いをされても、ルシア様は?

 誰だって病を治したいと思うだろうが、それはエゴかもしれない。私は彼女の意思が知りたかった。


「ふふふっ、そうよ。でも、アニーだってそうでしょう。初めて会った時、あの木に座っていたんだから」


 体が離れた隙に、私はルシア様の身長を確認した。

 大体、私の胸の辺りだろうか。


 ザカリー様は、私の肩くらいだった。

 日中、邸宅内を歩いていた時、私の横、それも手を繋ぐほど、近くにいたから間違いない。


 双子とはいえど、十五歳。そろそろ差がついてくるだろう。それを差し引いても、ルシア様は小さ過ぎるような気がした。


「昨夜もあの格好だったのか」

「大丈夫ですよ。ルシア様以外には見られていませんので」

「随分、自信があるのだな」

「……これでも、魔女なので」


 バレないように気をつけている、とはさすがに言えなかった。


 ルシア様に見破られ、ザカリー様にまで知られてしまったのだから。どんな返しが来るか、分かったものではない。


 というよりも、ザカリー様が怒っているように見えるのは気のせいだろうか。まぁ、ご自分の敷地内で、変な格好で歩き回られれば、そう思うのは当然のことだった。


「ザカリー様。私のことよりも、今はルシア様のことではありませんか?」

「あ、あぁ。そうだったな」

「私?」


 可愛らしく首を傾けるルシア様。

 本当に、ザカリー様と双子なのかと思ってしまう。けれど、顔がそっくりなのだから、否定しても意味はなかった。


「はい。私は魔女ですが、ルシア様の病を治せるほどの力は持ち合わせていません。しかし、私はアカデミーで薬学を専攻しています。そのため、何かの役に立つかと」

「まぁ、アニーはアカデミーの先生なの?」

「いえ、まだ学生の身分です」

「でも、お兄様は家庭教師だって……」


 ルシア様が勘違いされるのは無理もない。

 普通、アカデミーの学生を家庭教師に雇わないだろう。ディアス公爵家なら尚更だ。


「それは後で俺が説明してやる。アニタ、先にルシアを診てくれ」

「ですがその前に、確認してもよろしいですか?」

「構わないが、何だ」

「ルシア様の意思です。病を治したいですか?」

「当然だろう」

「ザカリー様。私はルシア様に聞いているんです」


 始めは乱暴な口調に驚き、印象の悪かったザカリー様だが、今は違う。

 ルシア様のためにアレコレしていた彼だ。悪い人ではないと断言できる。

 しかし、意思を尊重しないのは、また別の問題だった。


 私はザカリー様には一切視線を向けずに、再びルシア様に聞いた。


「先ほども言ったように、私では力不足かもしれませんが、ルシア様が願ってくださるのなら、精一杯助力致します」

「ありがとう、アニー。でも、お兄様を嫌いにならないでね。いつも私を気にかけてくださるのだから」


 勿論だ。そうでなかったら、わざわざルシア様の格好などしないだろう。

 王子の婚約者候補から外すために、ディアス公爵様が用意する家庭教師を追い出すことも含めて。


「大丈夫です。意見の相違で嫌いになるほど、幼稚ではありませんから」

「それなら良かったわ。あと、私の答えはお兄様と一緒よ。治るのなら治してほしい」

「治った後のことを考えても?」

「そんな先の未来より、今を生きる方が大事ではなくて?」


 この瞬間、魔女だとバレたのが、この二人で良かったと思った。

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